第6話 カグヤとアマツキ ⑥ 継承者はアマツキに染まる

「……みんな、アリサが一番にやらせてもらうからね!」


 アリサの宣言に誰も何も応えず、何人かが無言でうなずくのが見えた。アリサはまた鼻を鳴らすと、スマホを隣の人に渡して台座の前にやって来る。……またリアル配信するつもりなのか? そう思って俺はスマホの通知を確認したが、「アリサ・ピュアハート・ユニバース」のリアル配信開始通知は来ていなかった。何だ、単に撮影してるだけか。


「いくよ……」


 アリサは真剣な表情で細い手をアマツキへと伸ばした。仲骨が重なった軸のところまであと数センチのところで躊躇い、けどすぐに人差し指で親骨をとんと叩いた。


 冬の満月のような扇の表面を、青白い筋が迸る。


「うおっ……」


 俺は声を出してしまいつつ身を乗り出した。前の席の魔法少女たちもどよめきつつも食い入るようにその様子を見ている。アリサはまた手を引っ込めていたが、一呼吸おいてから、今度は手のひらをアマツキの下に差し入れるようにした。


「あつっ!?」


 アリサが悲鳴と共に手を引っ込める、また青い筋がアマツキを輝かせる、暗闇で見る静電気みたいだ。AIカグヤは微笑みながらアリサを見ていて、渡辺大佐は心配そうにアリサの手許を覗き込んでいる。サクラは──興味ないとか言ってたくせに、真剣な表情でアリサの方を向いていた。


 アリサは顔をしかめ、もう一度手を伸ばした、今度は両手で掬い上げるようにしてアマツキを持った!


「あっ……つぅぅううううっ……!!!」


 ぱちっ、ぱんっ、と、アマツキから火花がはじけるような音がして、青白い筋は縦横無尽に扇の表面を走る。アリサはアマツキを顔くらいの高さまで持ち上げたが、その両手はぶるぶると震え、手のひらからは大量の煙が上がっている。


「おい……あれ、火傷してないか!?」

「ぐぅうううっ……うあっ!!」


 俺が言うのと、アリサが叩きつけるように扇から手を離したのはほぼ同時だった。アマツキの表面の青白い光は消え失せ、もとの冷たい月のような白い扇に戻った。アリサは肩で大きく息をしながら胸の前で両手を押さえている。その手からはまだ煙が出ていて──指先から手首のあたりまでが、まるでアザーズのように真っ青に染まっていた。


「何よ、これ……!」

「心配ない、一時間ほどで戻る」


 渡辺大佐がアリサの手にタオルをかけ、肩を押して元の席に座らせてやった。アリサは大人しく座っている、さっきよりずいぶん小さく見えるのは気のせいじゃないだろう。渡辺大佐は苦しそうな顔でアマツキを見てため息をつくと、魔法少女の方に向き直った。


「見ての通りだ。初代魔法少女カグヤは、触れたところに熱を感じることもなく、指先が変色することもなくアマツキを扱ったという。だが天羽家の人間でも、アマツキに認められない人間は今のアリサと同じような反応だそうだ」

[アリサはん、よう頑張り貼りましたなあ。十五秒もあれば、アマツキで一撃を放つには十分な時間どすえ]


 AIカグヤがニコニコ笑いながら話す。


[先の評価チャート、カグヤはすべて十点満点どす。アリサはんは魔法少女はんの中では一番高得点やけど、十点の項目は知性の一つきりどすなあ]

「……何点だろうと構いやしないわよ! 点数を上げるか、あの熱に耐えれば、アマツキを使っていいってことでしょ!?」

[そないどすわ。他の魔法少女はんも試してみておくれやす]


 アリサが苛々と叫んだのを全く意に介さず、AIカグヤが微笑みながら言った。他の魔法少女たちは互いに顔を見合わせるばかりで誰も前に出ようとしない。そりゃそうだ、魔法少女世界一のアリサでさえあんな目に遭ってるんだ、彼女よりスコアが低い自分はどうなるのか、想像しただけでもゾッとする。あーよかった俺魔法少女なくて! エリカのせいで女装させられてるだけのアラサーのオッサンで良かった!


「……やります」


 隣の席のサクラが、すっとその場に立ち上がった。


「サクラ!?」

「サクラちゃん!?」


 俺とアリサが悲鳴のような声を上げる。


「お前、評定最下位だったんだぞ!? やめとけって、アリサのやつ見てただろ!」

「そうだよ、サクラちゃん、無理しないで! 痛いのはアリサだけで十分だから!」


 サクラは俺をちらりと見て、泣きそうなアリサを見て──にこりと微笑む。


「だからやる。最下位のサクラがやってみれば、みんな自分はどれくらいなのか、やらなくても分かるでしょ」

「いっ……イケメンムーブはやめろ!」

「ナオうるさい」


 サクラは俺には塩対応しつつ、長机の間を狭そうによけながら前に進んだ。見ろ、アリサの奴、完全に目がきらっきらのハートになってるぞ!? お前そんなイケメンムーブしてアリサあんなにして、その後あれやそれや責任とれるんだろうな!? なんなんだホントにお前は! ……喚きたい俺がわなわなしながら見送るサクラの背中はいつだって広くて逞しいんだ。チクショウ。


 サクラは威風堂々とアマツキの前に立った。長い黒髪、凛とした眼差し、整った顔、ゆったりと構えた全身は信じられないくらい鍛え上げられている。改めて見ると、一か月前より更に仕上がってるんじゃないか? 何の修行をしてたんだよお前……。


[ブシドー・サクラはん、お気張りやす]


 AIカグヤの声援はAIらしく淡々としすぎていて、俺は少しだけ腹が立つ。サクラはスクリーンの方をちらりと見たが何も言わず、渡辺大佐に軽く頭を下げると、アマツキの前に立った。


「……行きます」


 サクラは宣言すると、ゆっくりと右手をアマツキに指し伸ばす。指先が扇子の下に差し入れられると、さっきのアリサよりは随分と弱々しく青白い閃光が走る。線香花火の終わりかけみたいだな。サクラは顔をしかめたがそのままアマツキを持ち上げると、左手に打ち付けるようにしてぱたぱたと折りたたんだ。えっ、何で畳んだ!? あの手つき、妙に扇子の扱いに慣れてないか!?


[……んん?]


 AIカグヤが目を見開く。

 サクラは右手を少し持ち上げて、水平に押し出すようにする。ぱたぱたぱた、と扇面が広がり、小さな火花が散る──


「……痛い」


 サクラは呻きながらアマツキをもとの場所に戻した。張り詰めていた部屋の空気がほどけ、魔法少女たちがため息をついたりどよめいたりしている。アマツキからそっと話したサクラの指先は、アリサと同じようにコバルトブルーに変色してしまっていた。



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