第6話 カグヤとアマツキ ④ 天羽家が受け継いだもの
スクリーンの中で、お雛様みたいな服を着た女がニコニコ笑いながらこちらを見ている。あれは単なるアバターなのだろうか、それとも向こうもカメラか何かでこちらをモニタリングしているのか? それにしても何で修繕にAIが必要だったんだ? 俺が首を傾げていると、最前列のアリサがひょいと右手を上げるのが見えた。
「はぁーい。カグヤさんにしつもーん」
[なんどすか、アリサはん]
……渡辺大佐の仲介なしに答えた。顔認証つきで、俺たちのことは事前にデータとして把握してるってことか。アリサの様子は背中しか見えないが、左手は頬杖、右手は挙手したままひらひらさせているあたり、あまり良い面してないってことは分かる。
「なんでカグヤさんのAIが必要なんですかぁ? 本物のカグヤさんは死んじゃったんですかあ?」
アリサの問いに渡辺大佐が少し焦ってカグヤを見上げた。カグヤは本物の人間みたいに大佐の方を見るとにこりと微笑み、それからアリサの方に視線を戻し、着物の裾を整えた。
[ええ質問どすなぁ。うちはAIどすさかい、生身のカグヤはんが今どないしはるかは分かりしまへん。けど、このAIカグヤは、生身のカグヤはんが定期的にバックアップしてはったアーカイブをもとに作られておりますえ。せやさかい、アマツキについての質問にはお答えできますえ!]
「……ふうん」
アリサの声は不満げだ。
「じゃあ早速教えてよ、アマツキのこと。天羽家の人しか使えないものを、他の魔法少女が使えるわけ? どうして青の十日間で、アザーズの武器になるって気が付いたの?」
[ええ質問どすなぁ、アリサはん]
AIカグヤのAI丸出しな返答に、俺はちょっと笑いそうになってしまって堪える。
[アマツキいうんは、天羽家に代々伝わってきた特別な舞を舞うための檜扇どすえ。天羽家は、このアマツキと舞の振り付けを長いこと大事に守ってきはったんや。天羽家の伝承によれば、アマツキには月の
「何、その、月の……すえ?」
[ええところに気がつかはりましたなあ。月の末いうのは、天羽家に代々伝わる魔除けの灰のことどす]
AIカグヤが空中を掴むような動作をすると、画面が切り替わり画像が一枚表示された。それは古ぼけた素焼きの蓋つき皿で、蓋は外されて横に置かれている。皿の中には粒子の細かそうな真っ青な粉が、富士山のようになだらかな山形で盛られていた。
[見ての通り綺麗な青い色をしてはるさかい、『藍なるもの』なんて名前もついていますえ」
その青い色は、この部屋にいる人ならみんな見覚えがあっただろう。目の醒めるようなコバルトブルーがぼろぼろと崩れていく様子を何度も見ているはずだ。
「この月の末は煎じてヨシ、塗ってヨシの万能薬や言われてまして、天羽家でそれはそれは大切に守られてきましたんや。ほんまに大事な時だけ、耳かきひとすくいほど使わしてもろうてきたんどす」
室内はざわざわと騒がしいほどになった。ねえ、あれって……どういうこと? 大きくなる囁きに、プロジェクターの脇の渡辺大佐はしかめ面で腕組みをしている。
「時の帝がご所望になっても、お使者の方を門前払いしたいう記録も残ってはりましてなあ。それだけ天羽家が重用されてきた、いうことなんどす]
画面がAIカグヤに戻った。アバター特有のあたりさわりのない笑みは、浮かんだ疑問を聞くんじゃないぞと圧をかけてきているような気にさせられる。でも、どう見てもそうだよな……地球防衛軍がそれに気が付いていないわけがないよな。それに、もしそうなら最初から説明があるんじゃないか? 俺が首を傾げていると、隣でサクラが動く気配がした。ちらりと様子を見ると、右手を耳の横にぴっと真っ直ぐに立てている。
[おや、サクラはん、質問どすか?]
「……はい。ブシドー・サクラです」
AIカグヤに名指しされて、サクラはその場に立ち上がった。座って見上げると天井にぶつかるんじゃないくらいの迫力だ。道着姿のサクラは真っ直ぐにAIカグヤを見ると、ゆっくりと頭を下げた。
[まあまあ、お行儀のよろしいことやわ。何なりと聞いておくれやす]
「その……藍なるもの、アザーズじゃないんですか」
ド直球に聞いたーっ!!! 探りとか忖度とかそういうの一切なしに真っ直ぐ切り込んでいきやがった! だよねえ、やっぱり! 私もそう思ってた! 部屋は大いにどよめいて、魔法少女たちの私語も全く遠慮のないボリュームで交わされる。
[ええ質問やわ、サクラはん。月の末の色合いいうのは、確かにアザーズと名付けられた宇宙外来生物のそれとよう似ておりますえ。せやから天羽家と地球防衛連合軍は、月の末とアザーズの成分が同質、あるいはほぼ同質やないか、いう仮説を立てて、アザーズの原理解明を進めておるんどす]
「アザーズは宇宙から来たんじゃないんですか? どうして同じものが、そちらに昔から伝わっているんですか?」
畳みかけるサクラ、いいぞもっとやれ!
[アザーズが宇宙から来たんは間違いないどす。せやけど、この月の末がどないして天羽家に伝わっとるのか、その詳細は、天羽家の人間以外には話さんよう禁じられておりますえ]
「アザーズは触ったものを溶かしますけど、その月の末は溶けないんですか?」
俺たちには出来ないことを平然とやってのける、そこにシビレる憧れるぅ!
[月の末には、アザーズのような周囲への腐食効果は確認されておりまへん。どなたもご安心しておくれやす]
「それなら、アザーズと月の末は同じものではないんじゃないですか?」
[それは今、調べている最中どすえ、サクラはん]
AIカグヤはにっこりと笑う。サクラが更に何か言おうとした時、最前列のアリサ・ピュアハートが乱暴に立ち上がり、こちらをばっと振り向いた。
「サクラちゃんっ、みんなのために聞いてくれてありがとうっ!」
サクラは一瞬きょとんとして、それからぺこりと頭を下げると、何も言わずに席に座った。……アリサ・ピュアハート、なんかすごく泣きそうな顔でプルプルしてるけど良かったのか……? 隣のサクラを見てもケロリとした顔で、最初と同じように大人しく背筋真っ直ぐに座っている。俺はアリサがどうにかなってしまうかとハラハラしながら見守っていたが、世界ランク一位の魔法少女は首を振って気を取り直すと、スクリーンのAIカグヤをぎろりと睨んだ。
「大体のことはサクラちゃんが聞いてくれたから分かったわよ! だからいい加減とっととアマツキ継承を始めなさいよっ!」
[ほほほ……よろしおすえ]
AIカグヤが、初めて人間味ある不敵な笑みを浮かべて見せた。
===============
読んでいただきありがとうございます! カクコン10参加中です。
気に入っていただけたら評価・フォロー・応援よろしくお願いいたします!
↓ ↓ ↓
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます