第6話 カグヤとアマツキ ③ アマツキの継承
「先日の横須賀襲撃で居合わせた者が何人かいるな……よくアザーズを撃退してくれた。地球防衛軍一同、感謝申し上げる」
渡辺大佐は胸に手を当てて深々と頭を下げた。サクラがやるみたいに真っ直ぐの背筋で、頭を下げた姿勢のまま悠に十秒は経過しただろうか。魔法少女たちは少しだけざわついて、俺の隣でサクラは軽く頭を下げた。やっぱりこいつ武士だ。俺はさっき出しかけたメモ帳を広げる。
大佐は顔を上げるとごほんと咳払いをする。
「先日の招集では謎の黄色い衣服を着用した人間型アザーズの対策として諸君を招集したが、人間型アザーズは、コールム軍なる組織の総司令官、レグルスと名乗った。その後の横須賀襲撃は防衛軍に甚大な被害をもたらした」
大佐が手元のリモコンを操作すると、レグルスの画像がスクリーンに映し出された。銀の髪にコバルトブルーの肌のガチムチマッスルが黄色いブーメランパンツを履いている絵面は、いつ見てもちょっとだけうへえってなるな。どういう色彩センスしてるんだこいつらは。
「一方で、皆もマルカくんの配信で見ていただろう、レグルスの他にも人語を解するアザーズが出現し、コールム・ジェット3などと名乗った。……驚くべきことに、我々には日本語で聞こえる奴等の言語は、聞く者の母語で聞こえるらしい。それは動画配信の音声でも変わらないようだ」
へえ。ホントかな。すごい。キモい。魔法少女たちが隣の人とひそひそと囁く雰囲気は、大昔の学校の授業のようだ。確かにあいつら、謎の生物のくせにくっきりはっきり日本語喋るって思ってたんだよな。
「今までよりも、対アザーズ地球防衛が激化することは簡単に想像できるだろう。世間は不安に晒されている。そこで我々地球防衛軍は、君達の再招集を待たず、アマツキの公表に踏み切ったのだ」
列の前の方で、アリサが頬杖をついたのが見えた。視線を壁の方に向けてあからさまに不満げな顔をしており、隣に座る防衛庁の事務方の制服を着た人がオロオロしている。渡辺大佐はその様子をちらりと見て少しだけ苦笑いしたが、面差しを厳しくすると、またしても咳払いをした。
「見るがいい」
渡辺大佐の隣にあったデカい何か──それにかかっていた布を、ばさりと取る。
「これがアマツキだ」
美術館にあるような土台つきのガラスケースの中に、真っ白い扇が置かれている。室内がざわめき、部屋の照明が暗くなる。渡辺大佐がプロジェクター機器の投影口のシャッターを閉ざすが、それでも会議室は暗くならなかった。扇は何かに照らされているように、いや、それ自身が光っている。冷たい印象の光で、冬の満月みたいだ。
「……すげえ……」
感嘆が声に出てしまい、俺は慌てて口をつぐむ。
「青の十日間の後、初代魔法少女カグヤから地球防衛連合軍に託されたのだ。当時はまだ国連軍という名称で、連合軍発足とともにアマツキも受け継がれた。扇は破損していて修復が必要だったが、当時はどう修復したらいいのか、そもそもどんな原理でアザーズを倒せるのか、何も分からない状態だった」
渡辺大佐の顔は険しい。この人が何歳かは知らないが、十年前の青の十日間の頃はきっと現役の自衛官で、あの青いどろどろから湧いて来る化け物どもとも対峙しただろう。
「この十年間は、アマツキの修繕が連合軍の悲願だった。青の十日間の後、カグヤの消息は分からなくなってしまったが、我々はアマツキを代々管理していた天羽家の協力を得て少しずつその原理を解明し、牛歩の歩みながらもアマツキを修繕してきたのだ」
当時の自衛官や他の国の軍隊の人たちは、銃弾もミサイルも溶かしてしまう相手なのに、俺たちを守るために前線に立ち続けてくれた。現実的な対処としては、アザーズの周りのものを撤去する江戸時代の火消しのようなことしかできず、武器はもう使い捨てと割り切って、ただの鉄の板を投げつけたりしていたという。何も分からない中でも戦ってくれた彼らには感謝という言葉では足りない、本当にありがたかった。俺たちがメディアでカグヤを見ただけでも彼女に世界の希望を託すような心地だったんだ、アザーズに溶かされる恐怖と隣り合わせだった彼らにとって、カグヤはどれほど輝かしく見えたことだろう。
「だが一つ、問題があった」
渡辺大佐の顔が険しくなる。
「誰でもアマツキに触れるというわけではないのだ。アマツキは天羽家の者しか触れることが出来ないと言われていて、修繕のためでも、天羽家の血筋ではない者が触れようとすると、電撃のような衝撃が走った。修繕に時間がかかったのはそのためだ」
再び会議室がざわついた。部屋の照明がうっすらと戻り、皆の様子が見えやすくなる。隣のサクラをちらりと見ると、神妙な顔をして腕なんか組んでやがる。
「我々はどうしたものかと思案し、天羽家の協力を得て──天羽家に残る記録をもとに、カグヤの人格をAI化した」
ん? AI? 俺が首を傾げた頃、渡辺大佐が拳をぐっと握る。
「……ん?」
「AIカグヤに対処の方法を尋ね……それでようやく、修繕する糸口が見えたのだ!」
大佐は熱がこもった様子で拳をぷるぷるさせながら熱弁した。おいおいAIって……ここは流れ的に、イタコがカグヤを呼び戻したとかそういう展開じゃないのか? 天羽家に残る記録ってのは信頼できるソースなのかよ? 魔法少女なんて漫画かアニメそのものなんて世界中で言われているが、こういうところは妙に現代的に攻めて来るじゃねえか。
「横須賀襲撃さえなければ、AIカグヤによって君たちの誰がアマツキの継承者となるのか決定し、継承者と共に発表としたかった。だが被害の甚大さから世界的に不安な空気感が蔓延している、それを払拭するためにアマツキの存在を先日公表したのだ」
前列の方で、頬杖をついているアリサがわざとらしくため息をつく。「どうせアリサが使うことになるのに」という大きい独り言が後列の俺のところまで届いた。渡辺大佐は動じず、アリサに向かってにこりと微笑んで見せる。
「もちろんだ、アリサくん、君がアマツキ継承の最有力候補だよ」
「どーもぉ。前置きは飽きたから早く本題出して」
「ははは、そうだな。では諸君に紹介しよう」
渡辺大佐はプロジェクター機器投影口のシャッターを開け、リモコンを何度か操作した。スクリーンに映し出された映像の中に、3Dモデリングされた女性のアバターが映し出される。黒くて長い髪で、お雛様みたいに何枚も着物を重ねていて、眉毛が変な位置に書いてあって──でも、目許の涼やかな美人だ。
[魔法少女はんたち、ようおこしやす。うちが初代魔法少女カグヤどすえ]
スピーカーから聞こえてきたのは、誰か声優を当てたのかなと思いたくなるような澄んだ声だった。
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