第6話 カグヤとアマツキ ② 厚木基地にて


 ヘリコプターにアリサ達が乗り込んで移動した先は、神奈川県の厚木基地だった。サクラはヘリコプターには乗らずに横を並走していって、渡辺大佐の指示通り同じヘリポートに着陸した。俺か? 俺は個人的興味でヘリコプターに乗せてもらって、本物の計器やら操縦桿やらを見せてもらえて大満足だ! 軍事設備は男の永遠の憧れだぜ! ……あとサクラが俺をおんぶしようとしたところを、アリサが番長皿屋敷の幽霊みたいな目で睨んできたので腰が引けたのもある。着陸してから俺がはしゃいでいると、渡辺大佐は気をよくしたのか、航空機の名前やら、対アザーズ装備の導入やら、いろいろと(たぶん一般人に話しても差し支えない範囲で)話してくれた。


「軍事兵器が一切通用しないのが、アザーズどもの頭の痛いところでな」


 屋上のヘリポートから直接入った基地舎は横須賀基地のような華やかな建物でなく、コンクリートの無骨な印象だ。渡辺大佐が先頭に立ち、あちこちのドアの前で手をかざすと、生体認証で次々と開いていく。サクラに同じヘリポートに来いと言ったのは、別ルートだと商人が面倒だからなんだろうな。


「青の十日間以後、とにかく奴らに有効な攻撃手段を開発するのが防衛軍の急務だった。政治方のお偉方は、核を使えばどうかなんて極論を言う奴もいたが、たとえ効いたとしても、地球にばらまく毒の種類が変わるだけだと我々は突っぱねたのだよ」

「ネットでは核論者は根強いですからね……でも今はこうしてサクラたちや防衛軍の皆さんが対処してくださるわけですし、有難いことです!」


 俺が生真面目にこたえるのが面白いのか、渡辺大佐はニコニコと笑っていた。廊下を何度か曲がり、階段やエレベーターを降り、どこまで下がるんだ、今は何階なんだと思い始めたころ、重厚な鉄の扉の前で渡辺大佐はぴたりと立ち止まった。


「魔法少女諸君、お待たせしたな。生体認証して入り給え」

「はい」


 ずっと無言でついてきていたアリサが、またしても俺をぎろりと睨み、ドア横の生体認証に手をかざした。重そうな扉は音もなく開き、アリサは躊躇いなく進む。すぐに扉が閉まり、マルカが、残りの魔法少女二人が順番に続く。サクラは一番最後に入る心づもりのようだ。


「ところで紀伊国さん、この先の会議は前回とは違い、魔法少女以外は極秘扱いで立ち入れないのだが、君はどうするかね?」

「えっ、じゃあ外で待ってますよ」

「えっ、ナオ来ないの」


 俺が答えるのとサクラが答えるのはほぼ同時だった。


「来ないのって……サクラ、お前別に平気だろ?」

「メモ持って来てない」

「メモくらい俺の貸してやるから、ほら」

「鉛筆もない」

「鉛筆……ボールペンならあるから。……別にメモならスマホでもいいだろ」

「スマホ充電切れた」

「あ!? ならやっぱりメモ貸すから」

「配信のこととか話されても分からない」

「ごちゃごちゃうるせえな、ちょっとメモするだけだろがよ! ほれ!」


 仏頂面のサクラと、俺がリュックを下ろしてメモやら鉛筆やら出しているのを見ていた大佐が、急にぶはっと吹き出して爆笑する。


「ははははは、誓約書にサインしてもらえれば紀伊国さんも入室できるよ、ははは、安心したまえサクラくん、はははははは」

「それでお願いします」


 俺が答える前にサクラが答えてしまう。大佐は目尻を擦りながら自分のスマホを操作し、誓約書を表示した状態で手渡してきた。……長いし字が細かすぎて読む気になれない。


「……これは、この中で話すこと全部秘密ってコトですかね」

「そうだ。配信でうっかり……なんてことにならないように気を付けてくれ」

「もしうっかりしたら?」


 好奇心で尋ねた俺に、渡辺大佐はにーっこりと笑うだけで何も言わないので俺はゾッとしつつスマホの電子署名をサインした。


「ありがとう、それでは一人ずつ生体認証して入り給え」


 サクラはニコニコしながら先に認証して入室する。……くそっ、急に中学生ムーブしやがって、サクラめ。続いて俺も入室すると、渡辺大佐もニコニコしながらその後に続いた。この人絶対俺も一緒に入室するって思ってただろ。さっきの茶番は何だったんだ……。


 短い廊下が続いた奥にもう一つ扉があり、それはセキュリティがついていないようだった。その先の部屋は二十メートル四方ほどだろうか、壁が白い何の変哲もない会議室で、長机がいくつも並べられている。席にはこの前のように魔法少女と、あとそのサポーターやらアシスタントっぽい人がたくさん座っていた。……何だ、脅しやがって、魔法少女以外もいるじゃないか。俺たちは渡辺大佐が勧めるままに後ろの方の席に座った。前の方でちらちらこちらの様子を窺っていたアリサが、あからさまにがっかりするのが目に入った。


 空調の効いた室内の空気は少し乾いている。正面にはプロジェクターの映像が投影されるようだが、まだ光だけでスライドは表示されていない。室内の照明は抑え気味だで、プロジェクターの投影の横に、なにか四角いものに布がかぶせてあった。一メートル四方、高さ二メートルくらいか? あれだ……国民的泥棒一味のアニメスペシャルで、警察側が「今度のルピンが狙うお宝はこれです!」ってやるやつだ……。だとするとあの中身はたぶん……。


「諸君、よく集まってくれた」


 渡辺大佐が正面に立ち、マイクを持って話し出した。




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