第6話 カグヤとアマツキ ① やり直しの会議招集

 コールム・ジェット3とかいうけったいな奴が逃げてしまったので、俺たちは地表を目指して降下する。


「なんなんだおいコラサクラ! てめえさんざん前振りしてどの魔法少女参考にするのかと思いきや、何でそこでそっち方面に転がってくんだよ! フィジカル強い魔法少女いっぱいいただろうが!」

「見たけどピンと来なかった」


 俺がマルカの後ろから思うさま怒鳴り散らしても、サクラはニヤニヤしているだけだ。


「しかもお前この前は俺に相談しながら考えたいとか言ってたのに結局一人で解決しやがって! メンタルつよつよ侍ってかぁ!? 上様だしなあつよつよだよなあ!?」

「うん、上様は強い」

「そーじゃねぇーんだよぉーおっ!!!!」


 マルカはさっきから震えっぱなしなので多分笑っているのだろう。彼女も巻き込んでダブルスでサクラをぐいぐい攻めたいところだが、彼女のポテンシャルが分からないので俺はそこをグッと堪える。


「大体だな、山にこもるにしてもな!? 既読無視はいかんだろうが、今何してるとかそれくらい送ってこいや女子中学生だろメッセ大好きだろ!!!」

「毎日稽古で変わり映えしないからいいかと思った」

「俺はしょっちゅう送ってたからお前も送れや!!!」

「気が付いたらナオが本当に女の子になってたよね」

「そうだそれそれ、テメェがいない間に俺はどんだけスポンサー様に気を揉んだことか! ブシドー・サクラのチャンネルが今の順位を維持してるのは俺の汗と涙の滲む努力の賜物なんだぞ!」

「もともとチャンネルには興味ない。アザーズを倒すのが一番」

「て~め~え~は~ぁっ……!」


 絶対コイツ煽ってるだろと俺が確信してはらわたをぐらぐら煮えくり返らせていた頃、ようやっと魔法少女たちは地表に降り立った。マルカのホウキも静かに住宅街の駐車場に降りたので、俺は慌ててそこから降りる。


「マルカさんありがとうな、急に乗せてもらっちゃって……こんなオッサンで嫌だったよな」

「いえ……オッサンって思ってないですし」

「ええーそこはちゃんとオッサン扱いしてくれよ……」


 頭を下げた俺に、マルカは妙にニコニコしながら答えた。俺がサクラに直に文句を言ってやろうと周囲を見回すと、サクラと他の魔法処女も同じ駐車場に降り立ったところのようだ。俺がサクラのところに行こうとすると、不意に上空からものすごい音と暴風が降り注いできた。


「サクラちゃーん!」


 見上げた空いっぱいに広がるのは、地球防衛軍と銘打たれたヘリコプターだ。開いた扉からアリサが身を乗り出して手を振っている。ヘリコプターも少しずつ高度を下げ地表まであと十メートりあたりまで来ると、その場でぴたりとホバリングする。さすが防衛隊の細やかな操縦技術! 俺が感心している間に、アリサがデッキをぴょんと飛び出した。何か魔法を唱えながらふわりと地表に着地すると、一目散にサクラのところに駆け寄った。


「サクラちゃん! 復帰したんだね!」


 ぴろんぴろん、と急に俺のスマホの通知が酷くなる。構えているのを忘れていたので見てみると[ナオたんそこしっかり映して!][もっと寄れナオ][キマシタワァァァァ]とコメントの嵐だ。……どうも画角が少しずれていて、アリサがちゃんと映らないから映せ、ということらしい。魔法少女姿のアリサはあの真夜中の配信の時のように、顔を真っ赤にして、目を潤ませて、手で口許を隠しながらじっとサクラを見上げている。


「あの……サクラちゃん……見てくれた……?」


 ヘリコプターのプロペラ音がうるさくて、アリサの音声は殆ど拾えてないようだ。[ヘリで駆けつけちゃうアリサは可愛いけどさすがにプロペラうるさいな][顔真っ赤……可愛い][サクラ×アリサ待ったなし][何話してるんだろう]とコメント欄も賑やかだ。まあ、かくいう俺も二人の会話は気になる。あの匂わせ配信だもんな……俺は気取られないようにじりじりと二人の方に接近していく。


「見たって、何を?」


 サクラが首を傾げる。


「だから……アリサの、メッセージと、……配信」

「アリサ・ピュアハートはピュアハートの名に恥じない健気さで俯きました……彼女はこれから一体何を言うというのでしょう」

[ナオうるさい]

[ナオうるさい]

[ナオたんちょっと黙ってようか]

[y12oMK:余計なことしなくていいです]


 ……せっかく実況しようと思ったのにコメントが酷くて俺は黙る。プロペラ音がうるさいからいいと思ったんだよ……。マルカが向こうの方で口を押さえて震えている。うるせー好きなだけ笑ってろ。


「メッセージは見た。配信は見てない」

「えっ」

「ごめんなさい、山の中にいたから」


 サクラは礼儀正しく頭を下げた。相変わらず真っ直ぐな背筋のいいお辞儀だ。アリサは自分の目の前に突き出されたサクラの頭を呆然と眺め、その瞳がきりきりとつり上がっていく──


「べっ、べっつにっ、大したこと言ってなかったから、いいんだけどおっ!!!」

「……そうなんですか?」

「そうなのっ!」


 顔を上げたサクラが首を傾げたが、アリサはものっすごいわざとらしい言い方をしつつポケットからスマホを出し、爆速で操作をした。たん、と最後のタップを決めると、はぁぁぁあああ、と地獄の底をなめるようなため息をつく。


[あっ、アリサちゃん真夜中のお喋りの動画消した]

[ほんとだ消えてる]

[見てないって言われて消しちゃったかー]

[あれ可愛かったのにな]

[誰かダウンロードしてるやついる?]

[サクラちゃん見てあげてよ~]

[キマシ……テナイ?]


 俺のスマホに来るコメント通知が阿鼻叫喚になっていく。俺はパクチーを生まれて初めて食べた人みたいな顔をしながら二人とスマホを交互に見る。ヘリコプターが旋回して降下していくので、どこかに着陸場所を見つけたのだろう。


「さっ、さっきの、武器とか!? 初めてにっ、してはっ、すごいじゃん!?」


 天下のアリサ・ピュアハートは、ガッチガチのぎっくしゃくになってしまって、真っ赤な顔でサクラを直視できずに明後日の方を向いている。


「でっでもっ、まだまだ改善の余地ありだからぁっ、魔法少女ランク一位のあひっ」


 ……声裏返った。


「アリサがっ!」


 涙目になっちゃった。


「おしっ、教えてあげてもっ、いいけどおっ!!!???」


 何故か腰に手を当ててふんぞり返った。


[アリサちゃん……アリサちゃあああん!!!!]

[これはっ……古き良きツンデレっ……!]

[キマシタワアアアアア]

[y12oMK:サクラさんの剣技素晴らしかった]

[匂わせ配信見てもらってなくてツン化するアリサ・ピュアハート]

[ありさちゃんどうしたの? いつもとちがうよ]


 ……俺のスマホでコメントが嵐のように流れていく間、サクラは首を傾げたまま、アリサはふんぞり返ってプルプル震えたまま、体感ではたっぷり、実際は五秒ほど時間が経過しただろうか。


「ありがとうございます。でも、稽古は自分でやりたいから」


 サクラはにこりと微笑むと、軽く会釈をして踵を返し、俺のほうに歩いてくる。


[サクラちゃんそこは受けたげてよお!!!]

[ナマモノ百合がもどかしいと聞いて]

[FujimotoMama:久しぶりの戦い、お疲れさまでした。みなさんも素晴らしかった!]


 サクラの微笑みはイケメンだから殺傷力が高いんだ……案の定、アリサはへなりとその場に座り込む。


「マルカさん、ナオをありがとうございました」

「あっ、いえ、こちらこそ、助けにきてくれてありがとうございます」

「間に合って良かったです。……じゃ、ナオ、帰ろうか」

「ええー……今この状況で俺に帰ろうって言うぅ……?」

「何が?」


 サクラは首を傾げ、離れたところでアリサは打ちひしがれて俯いてプルプルと震え、マルカは何故か目をキラキラさせながら慌てている。これは……アリサの意図を大人の俺様が代弁してやるべきか。いやでもアリサは俺みたいなオッサンに思いの丈を語られたらキレそうだよな? かといってああいう子はあの状態で放置したらそれはそれで絶対キレ散らかすぞ? 見ろよ今だってスマホ取り出してなんか打ってる、絶対SNSの裏アカウントとかに愚痴かくんだぞアレ……。俺がどうしたものかと脳内を忙しくしていると、駐車場の入り口の方から地球防衛軍の方々が走ってくるのが見えた。


「サクラくん!」


 数人いる隊員の中には渡辺大佐もいて、真っ先にサクラのところに駆けて来ると、ばんばんとその肩を叩いた。


「いやあ見違えたよサクラくん、素晴らしい殺陣だった、まるで暴れん坊上様を見ているようだったよ!」

「分かりますか、大佐」


 サクラがぱっと顔を輝かせる。


「もちろんだとも! かねてから君のストイックな姿勢は武士道に通じるものがあると思っていたんだ、名前からしてブシドーだからな! これからますますの活躍を期待しているよ、是非その技に磨きをかけてくれたまえ!」

「はい」


 はっはっはっと笑いながら大佐はばしばしとサクラを叩く。アリサはうつむいたままプルプルと震えている。ああっダメだっ、陽気なオッサンが傷ついた少女に声をかけると大抵なんかが拗れるんだ!


「さあ、アリサくん、急ぎ戻りたまえ。もともとサクラくんを迎えに来たのだから」

「……はい」


 予想に反し大佐の口調は事務的で、アリサも爆発せずにのそりとその場に立ち上がった。そのまますたすたと歩き出し、地球防衛隊員たちが走って来た方に向かう──俺たちの横を通りざま、涙目でサクラをちらりと見上げ、俺のことをガン睨みして舌打ちしていった。


「さあ、サクラくんも。マルカくんたちも良ければ来たまえ。サクラくんは飛んでいくのでも構わないが、我々と同じヘリポートに着地してくれるかね」

「何かあるんですか?」

「ああ。……横須賀で招集した話の続きだよ」


 ニコニコと人の好い笑顔を浮かべている大佐の声が不意に沈んだのが、俺は妙に気になったのだった。


 

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