第5話 サクラの不在 ⑨ブシドー・サクラの新境地

 身長190cmを超えたガチムチ女子中学生が、道着を着て、刀を持って、空中でアザーズどもを滅多切りにしていく。


「うおおおおおおおおっ!!!!」

「すっ、すごい!!!!」


 叫ぶしか能がなくなった俺と一緒にマルカも叫ぶ。気を利かせてくれたのか少し上空に移動して、サクラが戦う様子を俯瞰できるような位置をゆっくりと旋回している。


「あのミサイルみたいなの、早くて……! 避けるのも全力で、それでギリギリだったのに……!」

「サクラぁぁぁああああああっ!!!!」


 ミサイルはもはや他の魔法少女は相手にせず、サクラに集中砲火を浴びせている。バカでかいミサイルが突っ込んでくるのは、世界的大人気配管工ゲームの黒い弾丸を思い出さなくもないが、速さがとにかくとんでもない、上から見てても目で追いきれない速度のそれが次々襲い掛かって来るんだ、サクラはそれをとにかく斬って斬って斬って斬りまくっている!


「押せ押せ押せ押せぇー押すのよーっ!」

「押してぶっ潰しちまえー!!!」

「数で押し切るでヤンスー!!!」


 ジェット3は少し離れたところでギャーギャー騒ぎ、それぞれの手のひらからミサイルをどんどん生み出している。初めは野球ボールくらいだったミサイルが空中でずんずん大きくなっていくのを見ると、この戦いが無限に続くような気がしてうんざりさせられる。……きっとマルカとあと二人の魔法少女も同じような気分になって、俺よりもずっと怖くて絶望したことだろう。


「私もっ……サクラさんっ……マルク・ファイアアロー!」


 俺の前に座るマルカが片手を掲げ、ジェット3めがけて炎の矢を放った!


「うおっ! すげえ!」


 炎の矢は唸りを上げてジェット3に迫るが、ヒョロ黄緑のグリンとかいう奴がそれに気付き、拳で直接粉砕した。こちらをぎろりと睨むとお返しとばかりにミサイルを放ってくる!


「きゃーっ!?」

「うおっ!!!?」


 マルカは急いで逃げる、急旋回したホウキに振り落とされそうになって俺は慌ててホウキの柄にしがみつく。ミサイルは俺たちのほんの数ミリ横を通過し、俺の魔法少女服の端っこが擦れて溶け落ちた。


「ごっ、ごめんなさいナオさん!」

「いやいいよ大丈夫!」

「マルカ! アンタはナオさんいるから無理しないで!」

「あたしたちが出来るだけやってみる!」

「うん、ありがとう!」


 残りの魔法少女がこちらに向かって叫ぶと、それぞれ雷やら光の鎖やらでジェット3を攻撃し始めた! ミサイルはそちらめがけて飛ぶ、マルカは更に上空の少し離れたところまで避ける。


「ありがとうな、ごめんな俺がいて、邪魔だよな」

「ううん、いいんです! サクラさんを連れてきてくれてありがとう!」

「健気なこと言うんじゃねえ泣いちまうだろ!」

「あははっ」


 笑いながらマルカが目のあたりをごしごし擦ったのには気が付かないふりをした。


 サクラは二人の援護に気が付いたようで、戦いの手は止めずに二人の方を見上げる。あのミサイルも見る限りそれなりの硬さがあるだろうに、サクラの刀にかかると豆腐みたいにすぱんすぱんと斬られて爆散していく。そしてあいつは至近距離の爆風にも体勢を崩さず、空中だってのにまるで時代劇の殺陣みたいに緩急ついた戦い方をする。直前までじっとミサイルを睨み、切っ先が動いたと思ったらもう斬っている。


「……それにしてもアイツ、刀なんて使えたのか? 空手一本だと思ってたぜ!?」

[サクラちゃん新境地]

[人類最強魔法少女が人類最強の武器を手に取った]


 コメントが流れるのがいつになく早いし、桜の絵文字のピンク色がたくさん咲いている。これだ、これだよ、このチャンネルのあるべき姿! 女装オッサンの筋トレプロテイン配信じゃねえ、サクラが敵をばったばった倒していくのを配信するのがこのチャンネルと俺の本分なんだよ!


「アイツ、武器より空手のほうがいいって言ってたはず……じゃあこの期間で、刀が使えるように稽古してたってのか?」

「サクラさんならあり得ます!」

「だよなあ!」


 マルカが相槌を打ってくれたので俺も何度も頷いた。


[Fujimoto.Mama:サクラちゃん頑張れ]

[頑張れサクラちゃん!]

「でも……私、剣道ができる魔法少女と仲がいいんですけど……あれは剣道の動きじゃないです! 似てるけどなんか違うんです!」

「だよなあ……なんか、でも、妙に見たことある気がするというか……」

「ですよね!?」


 魔法少女二人は攻撃と攪乱・防御を分担して遠距離からジェット3を狙っている。それが功を奏し、サクラに襲い掛かるミサイルの数が目に見えて減っていく。やがてサクラはミサイルの弾幕を突破して、直接ジェット3に対峙した。そのまま斬りかかるのかと思いきや、何故か仁王立ちになってぎろりと三人を睨みつけ──


「成敗っ!!!」


 なんでか知らんがそう叫んだ。


「な、なによ!」

「ミサイル蹴散らしたからっていい気になるな!」

「コールム最速のボクチンが相手してやるでヤンス!」


 睨まれたジェット3は気圧されてびくりと震えたがすぐに気を取り直し、ヒョロ黄緑グリンがサクラに向かって飛び出した。その爪がじゃきんと伸びてぎらりと光る、そのままサクラに襲い掛かる、がきん! 硬質な音がしてサクラの刀とグリンの爪がぶつかった、こいつ確かに早い! 二人とも本当に目に見えない速度で何度か切り結んで音だけが響く、だがほどなくしてグリンは後ろに飛び退くと、ちっ、と舌打ちをした。


「長引きそうでヤンス、アズリオンが切れる前に退くでヤンス!」

「オッケー!」

「戦略的撤退だ!」


 マゼンタピンク女のフェリナと、デブシアンのガルンが頷くと、三人揃ってサクラを睨み──


『バイバイジェットー!!!』


 よく分からん事を叫んでくるりと宙返りをすると、上下が元に戻る前に、シャボン玉が割れるようにその姿が消えてしまった。


「……倒し……た……?」


 ミサイルも次々と粉になって崩れていく様子を見て、マルカがぽつりと呟く。


「いや、逃げたんだろ」


 サクラが構えを解いて、ふう、とため息をついているのが見える。


「すごい……私、生き残ってる……すごい、サクラさんすごい!!!」


 マルカは震える声で言うと、急にものすごいスピードで発進した! 魔法少女二人と合流し、泣き叫びながら互いの無事を喜び、三人でサクラの周りをくるくると回る。サクラは微笑みながら刀を振り、弧を描くようにして──本物の日本刀なら左の腰につけているであろう鞘に戻す動作をする。刀身は見えな鞘に納められるように切っ先から姿が見えなくなっていき、最後の鍔鳴りの音と共に完全に消え失せた。


「サクラさーん! すごかったです! 本当にありがとうー!!!」

「サクラが刀を鞘に納めると消えましたね……新しい武器について、サクラにいろいろ聞いてみる必要がありますね! まずはあの刀に名前がついているかどうかから聞いてみるとしましょう!」

[y12oMK:サクラちゃんおめでとう、大勝利]

[すごいものを見てしまった]

[ナオたんサクラちゃん戻ってきてよかったね、嬉しいね]


 マルカさんが叫ぶ後ろで適当なことを実況しながら、俺は首をひねる。刀、刀、あの動き。日本人だから当然と言えば当然なのかもしれないが、あの顔の横でちゃきっとやったり、参るとか成敗とか……なんか、妙に、既視感がある。平日の昼間のしょうもないドラマの再放送の時間帯とか、年末の特集番組とかで……昔懐かし、昭和の名作とか、ああいうので、見た気がする……。


「サクラさん、刀持って本当に武士みたい! お侍様カッコいいです!」


 お侍様。


 俺の脳裏に、海岸を白馬で駆ける威風堂々とした侍の姿が蘇る。


「おい……まさか……」


 二百六十年続いた江戸幕府、中興の名君と名高い八代将軍、徳川吉宗。彼が貧乏旗本の三男坊として身分を偽り江戸城下に出向き、市井を苦しめる悪を秘かに成敗する。主役俳優がものすごいイケメンで大人気でロングラン、本格的な殺陣も見事、あまりの人気すぎて主役俳優がサンバの楽曲を出すなど、カオスなブームを巻き起こしたらしい伝説の時代劇。


「……サクラ! おいサクラ、てめえ! お前まさか、参考にしたのって……!」


 俺の叫びに応じて、サクラがこちらをちらりと見上げてきた。口許に湛えた得意げな笑みが、「分かった?」と俺に語り掛けているようだ。


「暴れん坊上様じゃねえかあっ!!!!!!」

「……名乗るほどの者ではない」


 俺の渾身の叫びに、サクラはまるパクリの台詞を言いながらニヤリと笑ったのだった。



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