第5話 サクラの不在 ⑦ コールム・ジェット3

 サクラが不在の間も、アザーズはどこからともなく湧いて出て街並みや自然を破壊する。だから魔法少女はかわるがわる出撃してアザーズを倒す。それは「青の十日間」以後、ある種の当たり前となった光景だ。けれど、横須賀基地襲撃前と後では、アザーズの様子が違っていた。襲撃前のアザーズは基本的にあたりのものを溶かして取り込んでいるだけで、魔法少女に対しては攻撃してくるから反撃する、というスタンスだった。出現も一か所あたり一体が原則だ。前にサクラが倒した丸い奴みたいなのもいるが、同じ性質の個体が群れあるいは分身として連れ立っている、ということらしい。


 ところが襲撃後は、別の性質を持つ個体同士が連携したり、魔法少女を騙したりおびき寄せたりするような動きが増えた。形もよく分からない無機質や動植物に似たやつだったのが、人間や猿のような、知性を感じさせるフォルムの奴が多くなっている。魔法少女たちは連携攻撃を仕掛けてくるアザーズに苦戦を強いられるようになり、近隣の魔法少女同士で助け合って撃破するような「コラボ出撃」が生まれた。


 そんな状況でもアリサの活躍は目覚ましかった。単独で連携アザーズもやすやすと撃破するし、他の魔法少女とのコラボも積極的に行う。……というか出番をほぼほぼ奪ってアリサが倒してしまう。世界はアリサに熱狂し、初代魔法少女カグヤの武器、天月之煌扇を継承するのはアリサが最有力候補、というのが世間一般の見通しだった。……俺は身内びいきもあって、サクラが継承してもいいと思うんだけどな。どういうタイプの武器かは知らないが、もともとのフィジカルの強さは絶対に武器の性能を底上げしてくれるだろ? それはアリサにも他のどんな魔法少女にもない強みだと思うんだけどな。俺がそんなことを考えながら魔法少女服を着て筋トレ配信をしていると、コメントに急に[ヤバイやつ来た][ヤバイ][マルカのとこでリアル配信してる]というのが殺到した。


「なんだあ?」

[ナオたんやばいよ!]


 挨拶もそこそこに配信を切って、マルカという魔法少女の配信を見る。ランキングは十五位、場所はどうやら宇都宮近辺のどこかの山らしい。カメラはどうやら小型カメラをヘッドギアで固定しているようで、ヘリコプター中継のような絵面の中央に、ホウキっぽい棒とそれを握る華奢な手が映っていた。


[どうしよう……]


 マルカが呆然と呟くのが聞こえる。彼女の視界の先、カメラの向く先には──大量発生して飛行しているミサイルみたいなアザーズと、それらの中央でふんぞり返る、人型のアザーズ三体だった!


[よく聞け魔法少女、地球人どもぉ!]


 三体は左がヒョロ、右がデブ、真ん中がぼんきゅっぼんのおねーさんだ、肌真っ青だけど。三人とも色違いのハイレグレオタードを着ているが、体型のせいで同じ服に見えない。


[アタイたちはレグルス総司令官から地球侵略を任されたコールム軍精鋭、コールム・ジェット3だァ!]


 腰に手を当てて高笑いしながら喋っているおねーさんはまっピンク、いやこれはプリンタのインクにあるようなマゼンタ色か?


[アズリオンもろくに使いこなせないお前らなんかボクチンがひとひねりでヤンス!]


 左のヒョロが言いながらケケケと笑う、こいつのレオタードは目が痛くなりそうな蛍光黄緑。


[なんならレグルス様復帰の前に、オレサマ達だけで地球侵略を完了させてしまうのだ!]


 右のデブはコバルトブルーとの対比が眩しい水色だ。アレだ、昭和に始まって何度もリメイクされたり実写化してるあのアニメ、今週のびっくりどっきりメカが出てくる奴、あれに似てる……と俺が思ったあたりで、デブがその手を振り下ろした。


[オレサマの攻撃を食らえ────いっ!!!]

[きゃああ!]


 悲鳴と共に画面が揺れた。カメラマイクが風を切ってがしゃがしゃと音が乱れる、画面の端の方には、あのミサイル型のアザーズがこちらに向けて押し寄せている!


「危ねえ逃げろ!!!」

[きゃーっ!!!]


 俺は思わずスマホにかぶりついて叫んでいた。マルカは体勢を立て直せたようだが、ミサイル一つ一つがバカでかくて小型ヨットくらいあるんだ、彼女は逃げるので精一杯だ。避けたミサイルはあちこちの山間に墜落して爆発し、コバルトブルーの煙と化す。それが数え切れないくらい一気にマルカに襲い掛かる、しょうめんからだけじゃない、上からも下からも背後からもだ! マルカはとてもじゃないが反撃できるような状況じゃない、誰か近くの魔法少女とコラボしないとヤバイ! アリサとか強い奴はいないのか!? 俺がここで慌てふためいても何が出来るってわけじゃない、ああ、危ない、今かすったんじゃねえか、すごい揺れたぞ!?


 ──不意に、メッセージの着信通知が、ぽんと画面上部に出た。


[不二本櫻:配信みてる?]

「……はっ!!!???」


 俺はスマホにかぶりついて、それから秒で通知のメッセージを開いた。既読の吹き出しばかり並んでいたチャットルームに、相手からの着信を示す新しい吹き出しが届いている。サクラだ、サクラが返事してきた! 配信ってこのマルカの配信のことか!? 俺は返信しようとしたが、指が思う通りに動かなくてめちゃくちゃな文章になってしまう。そうこうしているうちにもう一通メッセージが届いた。


[今から行く]

「ハアァアッ!?」


 俺は馬鹿みたいに叫ぶ、文章は諦めてスタンプ履歴からパンダがOKしているやつを探してそれを何とか送る。すぐにパンダにも既読がついて、スマホにはそれきり何も届かなかった。


 サクラが来る、サクラが来るってここにくるんだよな!? マルカを助けに行くってことだよな!? えーとサクラ出撃の時って何用意してたっけ、服はあのTシャツ……じゃない、この魔法少女服だ、それからプロテインだろ、スマホと自撮り棒、全部キッチンに置いてある! 充電がやばいじゃねえか、モバイルバッテリーどこだ!? あと何がいるっけ、ええいもう思いつくままリュックに全部放り込んでけ!


 俺はリュックを背負い、ぼろ靴をひっかけてアパートの外に出る。準備は十分もかかっていないはずだ。かかとを引っ張って靴を履きながら空を見上げると、飛行機にしてはあり得ないシルエットがぐんんぐんと近づいてきて、俺の前に降り立った。


 あちこち泥で汚れまくった道着を着て、顔も手も真っ黒なサクラ──サクラが、ぷわーっとしてぴゃーっとした服を着たオッサンを見てぷっと笑う。


「何その格好」

「……うるせーよ!!!」


 俺は怒鳴りながらリュックを下ろし、鞄の中を漁る。確かタオルかウェットティッシュを入れたはずなんだ。俺は見つけたタオルを引っ張り出すとサクラに投げつける。タオルはサクラの腰辺りにぽふりとぶつかり、落下する前にサクラがひょいと摘まんだ。


「……顔くらい拭け! みっともねえぞ!!!」

「……ありがとう」


 サクラはあのイケメン極まりない笑みを浮かべると、タオルでごしごしと顔を拭いた。言いたいことがいろいろありすぎたが、話すには喉が痛いし鼻が詰まって、もう少し後にした方がよさそうだった。




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