第5話 サクラの不在 ⑥ アリサの真夜中の告白


 アリサ・ピュアハート・ユニバース。

 突発配信☆アリサの真夜中のお喋り。


 いっかにも学生インフルエンサーがやりそうな奴……。でも配信主がアリサなら有象無象のファン共が湧いて結構なPVとスパチャになるんだろうな……。こいつはこいつなりに魔法少女やってるんだな。そう思ったところで腹がぐうと鳴ったので、俺は買い置きのカップ焼きそばを食べることにした。テレビをつけてアリサのチャンネルを表示させてから、焼きそばの個包装フィルムを剥がし、電気ケトルでお湯を沸かす。


[世界をカワイイで守っちゃう! みんなにとびきりのスマイルを、アリサ・ピュアハートです!]


 お湯が沸いたころ、いつものキメ顔挨拶と共に配信が始まった。俺は焼きそばにお湯をかけながらテレビを見る。白い壁の前、赤とピンクのふりっふりのベッドの上に座り、大きな薄ピンク色のテディベアを抱き締めたアリサが手を振っていた。服は少女漫画に出てきそうなふりっふりのパジャマ、髪も降ろしてタオル地のヘアバンドなんかつけてやがる。


「はいはい、可愛いですね~」


 俺は軽口を叩きながらシンク横で焼きそばを三分待った。アリサは最初に沸いたコメントやスパチャにお礼を言っている。左下に表示される同時接続数……五万。五万! さすが天下のアリサ・ピュアハートだ……。俺がぼやいたところでスマホのタイマーが鳴り、お湯を切ってキッチンのテーブルに座った頃、それでね、とアリサが切り出した。


[今日は……みんなに相談したくて、配信することにしました。魔法少女のことじゃなくて、アリサのことなんだけど、いいかなあ?]

[いいよ!]

[なんだろう? 何でも聞くよ]

[アリサちゃんでも悩むことあるんだ、意外]

[くまさんかわいい、ありさちゃんだいすき、ままがとくべつにおきてていいって]

「あはは、ありがとう、でも小さい子は眠くなったらちゃんと寝て、明日アーカイブで見てね?」


 こいつでも悩むことはあるんだな、って俺も正直思った。まあでも人間だしまだ高校生だし、悩みの一つや二つもあるよなあ。何より魔法少女なんて重責を負って、KAGUYAカグヤの武器も公表されて。世間はやっぱりアリサがAMATSUKIアマツキを継承するべきっていう意見が多い。こいつはこいつなりにプレッシャーと戦ってるのかな……。俺が謎の親戚のオッサンムーブを発揮しながら焼きそばを食べると、アリサは頬を赤くしながらテディベアの後頭部に顔を突っ込んだ。


「あのね……アリサね、好きな人ができたかもしれないの」

[!!!!!!!!!]

[マジか!!!!!!!!]

[誰!!!!!?????]

[魔法少女が恋したら魔法が消えたりしないの?]


 アリサはしばらく顔を埋めたまま、くまをぽふぽふと叩き、足をぱたぱたさせていた。ようやっと顔を上げるとその顔は真っ赤で、それを見てまたコメントが盛り上がる。


[この顔はガチだ]

[そうなの……ちょっと、やばくて……]

[それで誰なんですかアリサちゃんのハートを射止めた野郎は]

[さすがに配信では言えないよお]

[向こうはアリサちゃんの気持ちを知ってるの?]

[知ってたら夜中に悩んで泣いたりしないよお]


 世界ランク一位の魔法少女が、夜中に悩んで泣く。そのキラーワードがコメントを爆発させ、同時接続数を一気に押し上げてあっという間に十万を超えた。


[わあ、みんなすごいコメント……流れるの速すぎて読めないや。ありがとう、ちょっと元気出た……]


 目を潤ませたアリサがぐすっと啜る。


[その人のことは、もともと知ってて、別に好きとかじゃなかったんだけどね、この前初めて会ったの]


 くまの手を持ってぽふぽふさせながらアリサは話す。


[別にその時も、好きとかじゃないし……今もね、この気持ちが、ほんとに好きかどうか、自分でもよく分かんない。こんな気持ちになったの初めてだから……でもね、その時のその人が、……]


 アリサはくまを抱き締めて、また顔を埋めた。


[……アリサを……助けてくれてね]


 くまともども、アリサはぽふんとベッドに倒れ込む。


[それが……ものすごく、カッコよくて……]


 膝から先、パジャマから出た足がじたばたともどかしく動く。


[アリサ、魔法少女でしょ? 人に助けられることってまずなくて……それが、あんな……あんなのずるいよ……気になっちゃうよぉ……]

「……ん?」


 俺はやきそばを食べる手を止めた。魔法少女のアリサは物理的に強いから人に助けられることはまずない。それは分かる。これは話の流れ的に、そんなアリサが誰かに助けられたってことなのか? アリサが誰かに助けられたって……。


[サクラちゃん?]

[サクラちゃんかな?]

[ヒーローとお姫様の奴だ]


 スクロールが早すぎるコメント欄でも残像で分かるくらい、サクラの名前が飛び交っていく。ピンク色の桜の絵文字が花吹雪のように大量に流れる。


[ちょっ……! サクラちゃんに迷惑だからみんなやめて!!!]


 アリサは起き上がり、真っ赤な顔でカメラの前で両手をぶんぶん振って見せる。


[ほらこの動画]

[やだっ、ちょっとっ、やだっ恥ずかしい、ちょっと、やだっ、やめてよお!]


 ……サクラがアリサを助けてお姫様抱っこした瞬間の画像やショート動画リンクが大量にコメント欄に沸く。アリサは真っ赤になっていろいろ言っているが、一言も「違う」とは言ってない。


[ねえ、やめてよぉ、サクラちゃんに迷惑だから! アリサの相談聞いてほしいの!]

[そうだったそうだった]

[百合が咲いたと聞いて馳せ参じました]

[何に悩んでるの?]

[……それでね……アリサ、お礼が言いたくて、その人の連絡先を知り合いの人に教えてもらったの。それで、メッセージを送ってみたんだ。だけど……既読にはなったけど、お返事がなくて……]


 アリサの瞳に涙がいっぱい溜まり、ぽろり、と一粒が零れ落ちる


[アリサ……嫌われるようなこと、し、しちゃったかなあって……]


 ぽろり、ぽろり、女子高生魔法少女の綺麗な頬に、涙は競うように流れ落ちる。


[一人で……思い詰めちゃって……っ]

[うおおおおおおお百合だああああああ]

[アリサちゃんなかないで]

[サクラちゃんだよね? これサクラちゃんってことだよね?]

[今まで観測された中でアリサを助けた奴はブシドー・サクラしかいない]


 呆然とした俺の手から箸がポロリと零れ落ちて、慌てて拾って次の一口を食べた。


[ねえ、アリサ、どうしたらいい……? これって片想いかな……?]

[恋だよ! 恋!]

[あんなことされたら男でも惚れる]

[ここに教会を建てよう]

[サクラちゃんのどんなとこが好きなの?]

[アリサちゃん、すきなひとがいるの?]

[だから……サクラちゃんに迷惑だから、やめてよお……!]


 涙を流して、必死にカメラの前で手を振るのは、全世界を背負って戦う魔法少女ではなく、一人の恋する女の子の素顔──そう感じさせるには十分な配信だった。あとはコメント欄がサクラを連呼し、アリサがきゃーきゃー騒ぐだけで大したことは言っていない。その配信では結局好きな人が誰なのかがアリサの口から発されることはなかったが、荒れ狂うサクラコールをアリサはただの一度も否定しなかった。これは……これが、女子学生がよくやる伝家の宝刀、匂わせ配信ってやつなのか。


[こんな気持ち初めてなの……仲良くなれたらいいなって、メッセージ送ったんだよ……]


 ……アリサ・ピュアハートが、サクラのことが好きだって?


 ……あまりの事実に俺は茫然とする。サクラに日記のように送っては既読になるだけのメッセージのことを考えて、スマホでサクラとのチャットルームを表示させる。既読になるだけの一方的な吹き出しの羅列はさっき見たのと変わらない。いやいや……アリサ、お前、女の子だろ? 花も恥じらう女子高生で、配信でどれだけ取り繕ってても本性はアレで……もっと、こんなこと、慣れっこなんじゃないのか?


[アリサ、嫌われちゃったのかなあ……また会って、……会った時に、アリサと話してくれるかなあ……?]

[大丈夫大丈夫、ナオたんも連絡取れてないらしいから]

[サクラちゃんは籠って修行してるらしい、連絡来ないのアリサちゃんだけじゃないよ]

[お客様の中でブシドーサクラさんはいませんかあー!]

[サクラちゃん見てるー?]


 まあ、でも、……分かるよ、アリサ・ピュアハート。

 サクラは半端なくイケメンだからな。


「……ピュアハートってのは伊達じゃなかったんだな」


 俺は得意げに呟いてから焼きそばを啜ったが、ボヤボヤしていたせいですっかり冷めてしまっていたのだった。




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