第5話 サクラの不在 ⑤ y12oMKのコメント
「はいでは、何とかやり切ることが出来ました地獄のマウンテンクライマー! 今日もバトルシェイク社のバトルプロテインを飲んで締めたいと思いまっす! 今日はココア味な!」
……配信用に片付けたリビングで、魔法少女ミラクル☆ナオと化した俺は腰に手を当ててぐびぐびとプロテインを飲む。
[ジム帰りのジョニー:ナオたんいい飲みっぷり]
「……っかーうめえ! ココア味は格別だな!」
[クライム中のおみ足が綺麗だよナオたん]
[こんな足の男はこの世にいない、やはりナオたんは女の子]
「ははは馬鹿め、俺は完璧を求める男! たとえ不本意でもスポンサー様のご意向とあれば足のムダ毛処理だって完璧なんだよぉ!」
とんできたコメントに返事をすると、またいくつかコメントが飛んでくる。
[Fujimoto Mama:お疲れさまでした。力強い動き!]
[y12oMK:なんだかんだノリノリなナオたん]
「おうとも俺は資本主義に屈した男だ! スポンサー様がいる限り、契約期間中はこのチャンネルは俺が守るぜ! ……ということで今日の配信はこの辺で。今日もサクラ代理のミラクル☆ナオがお送りしました~またな!」
三脚にとりつけたスマホで配信停止を押すと、俺はさっさと魔法少女服を脱いでパンイチになり、ソファベッドの上にごろりと転がった。マウンテンクライマーほんとにきつかった……! それでプロテイン飲んでるんだから俺だんだんマッチョになってるよな? 少なくとも三十超えてから急につき出した腹回りの肉が減ってきた気がする。
俺のアパートのリビング部分は低めのロフトベッドが置いてあり、下段には今ゴロゴロしてるソファベッド、上段は手品グッズ置き場だ。俺みたいなのん兵衛はベッドが上段にあるとそこまでたどり着けなかったりはしごから転げ落ちたりするので下段がファイナルアンサーなんだ。これは経験談に裏付けされた生活の知恵ってやつだ。壁の反対側はハト野郎のカゴ置き場と配信用のスペース。「エンチャント・ナオのマジカルミラクルワールド」で手品配信するために広めに開けているスペースで、魔法少女服を着て筋トレする羽目になるとは思わなかったぜ。ちなみにチャッピーはサクラが見たら喜ぶかと思って、画面の端に微妙に映るような位置に加護を移動させている。
俺は三脚につけっぱなしだったスマホを外してもう一度横になる。配信についたコメントをスクロールして確認する。ナオたんナオたんまたナオたん、サクラは元気? ああ多分元気だよ、昨日既読になってたから。よくコメントやスパチャをくれる人の名前は俺も覚えてくる。なんなんだよジム帰りのジョニーとかたんぱく質大臣って……顔の濃いガチムチおっさんしか思いつかないわ。初期はこういう筋肉好きっぽい視聴者ばっかり集まってたんだよなあ。でも初期の視聴者は「ブシドー・サクラのチャンネル」だけでなく、俺の「エンチャント・ナオのマジカルミラクルワールド」にもコメントをしてくれる人が多いからその点は有難い。それからサクラのお母さんも律儀に配信の度にコメントをくれる。コメントもいいが娘さんの近況を教えて下さいお母さん……。それから、俺が配信を手伝う前からチャンネル登録していた最古参視聴者、y12oMK。こいつも相変わらずコメントしてくれるのだが、最近ちょっと気になることがあった。
[y12oMK:見せ方に何のひねりもない]
[y12oMK:手のひらの見せ方が不自然]
[y12oMK:このネタ使い慣れてなさそう]
俺が手品をするときだけ、こいつは何故かつっかかる言い方をしてくる。……というか、手品に対するダメ出しをしてくる。初めはイキッたコメントしがやってと思っていたが、これだけ続くとこいつ手品に詳しいんじゃないか、という気になってくる。……サクラのもともとのファンで、手品にも詳しいってことか? そんな奇特な奴が世の中にもいるもんだな。
どんなコメントもありがたく受け取る俺だが、それでも手品のことに言及されると胸に刺さるものがある。世間はハイテク技術を駆使した、ネオマジックと言われる新しいスタイルが大人気だ。俺の同期のルーク流星もネオマジックの第一人者だ。一方の俺は昔からの、手先の技術やトークの巧みさで観客を驚かせるタイプの手品が好きだ。こういうのは今はオールドマジックやクラシカルタイプなんて言われたりする。古臭い、どこかで見たような、と言われるのには慣れっこだが、y12oMKのように俺の技術に具体的なダメだしをされると……ちょっとな。俺だって十年間なんの努力もしてないわけじゃない。対面では魔法のように素晴らしい手品も、動画配信では面白さが伝わりにくかったり、魅力が半減してしまうものが多い……。こういうのは気にしないに限る。気にし始めると何日でもずっと考え続けて気分が沈んで何もいいことはない。
「あー……熱い……」
マウンテンクライマーのせいで、寝っ転がっているだけでも足がプルプルしている。パンイチ汗だくの姿で配信に登場すれば俺は女だと抜かすアホな野郎共の目も覚める気がしないでもないが、コメントがつくまえにセンシティブフィルターに引っかかってBANされるのがオチだろう。……まあいいや。どんなコメントでももらえるもんはありがたい。昔はアンチコメントにいちいちカッカしたもんだが、今じゃこれくらいどうってことない。夕方にエアコンの効いた部屋でゴロゴロするのは最高だ……。そう思っているうちに眠気が来て、俺はスマホを枕元に投げ出した。
……スマホの通知音で俺が目を開けた。汗はすっかり引いて体が冷えている。くしゃみをしながらスマホを取ると、部屋の隅でチャッピーがぱたぱたと羽ばたいた。今何時だ? ……げっ、もう二十三時。夕飯も食わないで寝こけちまったか……。俺はのそりと起き上がり、ベッド下収納からとりあえず適当なTシャツを出して着た。そういや何の通知だったんだ? 俺はもう一度スマホを手に取って、最新の通知を見る。もしかしてサクラか?
アリサ・ピュアハート・ユニバース。
突発配信☆アリサの真夜中のお喋り。
「……ハア?」
予想外の文字の羅列に、俺は思わず間抜けな声を出した。
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