第5話 サクラの不在 ③ 既読放置、既読即レス

 相変わらずサクラからのアクションは何もない。俺は真美堂と契約することになったことを書き、俺が映っているアリサのチャンネルの動画リンクを送ったが、やはり次の日に既読になっただけだった。返信の有無やら未読放置やら、気にしだしたらキリがない。俺はサクラのことが気になるのを忘れようと、手品の仕事をして、動画配信をしまくった。


 そう、エリカの金一封とスポンサー契約で、ようやく車を新調することが出来そうだ! 大破した前の車もワゴンと言いつつ軽ワゴンだったので、ちょっと奮発して三列シートのワゴンにした。これで大掛かりなネタもたくさん積めるし、何ならシートをフラットにして車中泊だってできる。荷物運搬の関係であまりにも遠距離の出演依頼は辞退せざるを得ない時もあるが、これならどこへでもいけそうだ。ついでにいくつか大きめの手品ネタも買って、営業用の手品ルーティンを新しういくつか作ったりした。


 納車までの営業先は相変わらずお子様やご年配の皆々様ばかりだ。スーツケースに入るネタだけやる以外は前と同じ……と言いたいところだが、ちびっこ共はは俺を指さして「ナオたんだ!」「サクラちゃんの友達!」「ねー服が違うよ、ミラクル☆ナオの服きて!」と言ってくるようになった。


「はいっありがとう~座ってね~、今日はサクラちゃんはいないんだぁ~」

「ええ~サクラちゃん来てよ~」

「全然配信しないからつまんない~」

「はいはいそうだねえ……エンチャントぉ! はいハト~」

「ハトだ!」

「ねーハト触らせて!」

「エンチャントってダサいよ!」

「はーいみんな座ろうね~、でないと次の手品しないからね~」


 ぶーたれるちびっ子どもを何人かおだててステージに上がらせ、いつの間にか手品の助手にしてしまう流れが大ウケする。どこに行っても子供向けならこの流れが使えるので、アリサのチャンネルの影響力を変な形でも実感することになった。


 俺のチャンネルでは引き続きエンチャント・ナオで、サクラのチャンネルから配信する時は観念してあのふりふりぴらぴら黄色いやつを来てミラクル☆ナオになる。くそっエリカめ、人の顔を札束ではたくような真似しやがって! 事情をいちいち隠すのも面倒なのでサクラのチャンネルで洗いざらい話すと、それはそれで[サクラちゃんより先にスポンサーつくとか][アリサちゃんのPならしごできの人間違いなし][y12oMK:よくやった真美堂][お披露目配信見てたよアリサちゃんとのツーショ可愛かった][ナオたんは女の子確定]とコメント欄が紛糾した。


「はいっブシドー・サクラのチャンネルです! 今日もサクラはこもり中なので、真美堂様に協賛された哀れな俺様ことミラクル☆ナオが、いただいた応援コメントを抜粋して読ませていただきながら、これですね、シンブルというとんがるコーンみたいな謎の道具を出したり消したりしたいと思いまっす!」

[ナオたん今日も可愛い肌キレイ]

「いやー髭が薄い体質で助かりますねフハハハハ!」


 もう切り返しにもいちいちキレ散らかさなくなった自分に成長を感じるぜ。俺は指先に黄色の手品用シンブルをつけて、手のひらの指を開いた状態で画面にしっかりと見せてやる。


「シンブルというのはですね、日本語で指貫、裁縫に使う道具ですね。分厚い布を縫う時、針のケツをぐいぐい押す時に重宝したらしいです。それがあ……ほいっと」


 画面上で手を振ると、俺の指についているシンブルが二本に増える。


「ほいっと、ほい」


 三本、四本。


[えっ普通にすごい]

「ほいっと」


 今度はどの指からもシンブルが消える。もう一回手を振ると、四本同時に現れる。


「はい、エンチャントぉ」

[えっどういうこと?]

[ナオたん今はミラクル☆ナオたんでしょ]

[y12oMK:漏れそうだったぞ]

「はーい不思議だねー、それではコメント読んでいきまっしょう! サクラちゃんの腕にぶら下がりたいです。おーいいな、あいつ三人くらいぶら下げてくれそうだよな! サクラちゃん空手の昇段試験受けたのかな? あーどうだろうな、受けるとは言ってたけど結果は聞いてねえな……」


 もう完全に単なる雑談配信とかしているが、それでもサクラ宛のコメントが途切れることなく届き続けた。みんな救世の英雄の再登場を期待しているし、自分の言葉が届いたらいいなと思っている。……俺も、届いたらいいなと思ってる。メッセージに返信はなくても、自分のチャンネルの更新ならスマホに通知が来る。サクラ、みんなお前のこと待ってるぞ。もうすぐ一か月も経つんだ、お前にとっての魔法少女が何なのかって分かったのか? サクラ……。


 二つのチャンネルで手品ばかりやっていたせいなのか、学生時代の仲間からちらほらと連絡が来るようになった。


[久しぶり、ナオ。お前最近、魔法少女コスしてマジックしてるんだって?]


 ファミレスでハンバーグを食べていた俺は、通知と本文を見てギョッとし、喉につかえたハンバーグを慌てて水で流し込む。SNSに送られたダイレクトメールのアカウントは、俺とエリカのサークルの同期にして超売れっ子マジシャン、ルーク流星だった。本名は芹沢流星、学生時代から既にプロとして活動していて、今やそこらの芸能人よりもメディア露出が多い。単独のマジックショー公演も瞬く間に売り切れるプレミアチケットらしい。ルークは背も高いしすらっとしてるし、何より目許涼やかなイケメンなのだ、それで手品も出来るならモテないほうがおかしい、そんな気取った奴だった。アカウントを知ってはいたがフォローはしていない。向こうは俺のアカウントを知っているかどうかも怪しい。そんなルークから連絡が来るなんて夢にも思わなかった。


[久しぶり。エリカに聞いたのか? 一緒に仕事してるんだってな]

[ああ、チャンネルも見た。魔法少女の方。似合ってるな]

「……さいですか」


 俺はため息をついて独り言ちる。古典的な手品が好きな俺は学生時代は鳴かず飛ばずだったが、ルークは3Dホログラムやマイクロ制御チップを使った、より華やかで複雑なイマドキの手品が得意だった。だからこその引き合いで、だからこその人気で、手品をマジックということもあまり好きではない俺とは対極のような存在だった。ナオ、お前も新しいことをどんどん取り入れないと人気出ないぞ。よくそんな風に茶化されては喧嘩したな……。俺は昔を思い出しながらじっくりハンバーグを味わい、食後のコーヒーもゆっくりと飲む。エリカと言いルークといい、思いがけないところから思いがけない縁がぶり返すもんだな。俺は会計を済ませて席を立ち、ファミレスの外に出て、それからようやっと返信した。


[うるせー、人をおちょくる暇があったら仕事の一つも回してくれや]

[おう、アシスタントとして使ってやるよ]


 そういやコイツ、いつも即レスだったな。

 

[絶対やらねー]


 俺は古き良き手品が好きなんだよ! 学生時代によく吐いたセリフは書かずに返信した。懐かしい記憶に笑いが漏れ、すれ違った子供が変な顔をしたので、俺は慌てて真顔を作ったのだった。





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