第5話 サクラの不在 ② 魔法少女(コス)ミラクル☆ナオ爆誕
最後の抵抗でピンクはやめてくれと伝えた結果、俺のために用意された魔法少女服は黄色になった。
「あははははっあははははははは、ははははっは、ふふ、あっはははははは」
「あら……やだぁ」
そもそも商談に行った時点で服が用意されてる時点でおかしいと思うんだが……とにかく黄色でぷわっとしてぴゃーっとしてフリフリしてる超絶可愛い衣装を渡されて、真美堂社内の更衣室で着替えろと言われて……出てきた俺を見てアリサはスマホを構えて爆笑し、エリカはニヤリと笑った。
「あっははははははは、ちょっと、なにぃ、エリカさんこいつ普通に女の子なんだけど! ウケる! やばい!!!!!」
「言ったでしょ、こいつ服のサイズ私と同じだから絶対着れるって」
「言ってたけどホントにそんなことってあるぅ!?」
「胸の分だけ私の方が大きいくらいよ」
「マージーでーえ!!!???」
女二人がスマホと俺を交互に覗きながらキャッキャとはしゃぐのを聞くにつれ、俺の中の最後の尊厳と羞恥心が込み上げてきて全身をプルプルと震わせる。
「…………やめだっ!!! やっぱり契約やめるっ!!!!! 世間様に変態姿晒す前にやめるっ!!!!」
「ダメダメぇナオたん、アリサもう撮ってるから配信してるから、あはははははは」
「ハァァアアアアアッ!!!???」
「ほらアリサ、並んで撮ってあげるわ、スマホ貸して」
「あははははははは、はははっ……ふふっ、ははははは」
私服姿のアリサはゆったりした形のカットソーにホットパンツ、それから厚底のサンダルという出で立ちなので、キレ散らかした俺の横に並ぶとかなり身長差が出る。俺の首に手を回し、カチューシャをした頭に頬を寄せながら、エリカが構えるスマホに向けて手を振った。
「みなさーん、ブシドー・サクラちゃんのアシスタント、ナオたんの魔法少女服が似合うと思う人ーっ!」
「わ、すごいスパチャよナオ、コメントもたくさん」
「ナオたんのお名前はぁ、エンチャント・ナオなんかじゃなくて、ミラクル☆ナオがいいと思う人ぉー?」
「オイてめえ何言ってんだ!!!!」
「ふふふ、ナオ、みんなエンチャントはダサいって言ってるわよ」
「うるせーうるせーうるせぇええーーーーっ!!!!!! やめるっつってんだろ一回配信されただけだろが! 俺はやめる! 今すぐ配信止めろクソエリカ!!!」
「やーん、怒鳴られて怖いいー」
「怖いってタマの女じゃねえだろ!!!」
「ナオたん駄目だよ、乱暴な言葉遣いしちゃ。女の子はいつもニコニコ、Stay Kawaii☆! だよ?」
「うぅぅるぅっせええええええっ!!!!」
……結局、アリサと決めポーズをしたら金一封と言うエリカに屈する形で、プリティポーズを決めさせられた俺の姿が全世界のお茶の間に配信された。衣装は予備兼洗い替えにもう一着用意され、紀伊国直虎日本男児、こんなにも惨めな思いで家路についたことは三十二年の生涯でただの一度もなかった。家に帰って自分のチャンネルとサクラのチャンネルに寄せられたナオたんコメントを見て、鞄に入っている電子契約書のチップを貴重品入れの引き出しに入れると、どっと疲れが出る。あーもういい。今日は飲む。俺は発泡酒でなくビールを冷蔵庫から出して開けると、一気に半分くらい飲んでやった。
【今をときめくブシドー・サクラちゃんだもの、スポンサー契約したがる企業はどんどん出て来るわよ。そいつらを押し退けて先行契約できるなら、元カレだろうと何だろうと利用してやるわ】
けけけ、と悪魔のように笑いながら、エリカは分厚い金一封を渡してきた。「お前は鬼だ、仕事に魂を売り渡した悪魔だ!」と罵ってやると「本望だわ」とエリカは高笑いし、アリサがはしゃいでいた。
……エリカは同じマジッククラブのサークル員だったが、俺よりずっと地に足ついて、就職先だってさっさと内定貰ってきてたっけ。「手品なんかやめなよ、このご時世食べていけないよ」なんて頭ごなしに言われた俺はカッとなって、内定祝いもしないで喧嘩別れしたんだった。そういえばアイツの内定先は真美堂だったような気がする。アイツのことだ、真面目にやって来たのが評価されて、アリサのプロデューサーとかデカい案件を受け持てるようになったんだろうな。
「……いい仕事してるじゃねえかよ」
可愛く笑っていた頃のアイツを思い出してふっと笑う。その一方俺だって、十年間プロの手品師としてメシ食ってきたんだ、何一つ恥じることはない。どんな仕事だろうといただいた金で飯が食えることには変わりない、こうなっちまったからには、サクラのためにもとことん利用させてもらおうじゃねえか。
「俺が男だってのは絶対に譲らねえけどな!」
目の前にいない視聴者どもとエリカに宣誓すると、俺は残りのビールの一気に飲み干した。
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