第2幕

第5話 サクラの不在 ① ナオの契約


 アリサのチャンネル「アリサ・ピュアハート・ユニバース」による地球防衛連合軍日本支部横須賀基地襲撃のリアルタイム配信は、同時接続数一億五千万、総PV数七億、総スパチャ日本円にして二億五千万ととんでもない数字を叩き出した。更には世界中のメディアがアリサのチャンネルから動画放映権を買って報道するので、その料金も防衛費に回されるらしい。もはやセンセーショナルな事件をいち早く世間に伝えるのは個人配信になり、メディアは事件の考察や公的機関の意見表明を掲げる意味合いが強い時代になったんだ


 アザーズ襲撃が日本支部だったのは偶然ではない、というのが世間の風潮だ。総司令官のレグルスが「一位の魔法少女を出せ!」と言っていて、ランク一位のアリサも、名指しされたサクラも日本で活動する魔法少女だから、というのは確かにその通りだ。奴らはネイティブレベルの日本語を話していたし、自分たちがアザーズと呼ばれていることも把握していたから、事前に魔法少女について調べていたのだろうとも多くの知識人が言っていた。奴らが名乗った「コールム軍」と「アズリオン」という謎の言葉も推測が飛び交い、SNSで何度もトレンド入りした。


 配信の内容も大いに話題になった。あんなに高飛車でキレ散らかしていたアリサ・ピュアハートは、画面の中ではキメキメの笑顔で、敗色濃く絶望する魔法少女を励まし、勇気づけ、細やかな指示からいくつもの連携技を成功させ、無限に湧き続けるアザーズを撃破しまくっていた。コメントでも[アリサちゃんのスキルは佐官並み][アリサ大佐に一個連隊を指揮してもらいたい][アリサちゃんがいればソウルジャムは濁らない]など彼女の指揮能力を絶賛するもので埋めつくされた。


 そう、それからサクラ! サクラのコメントも物凄かった。総司令官レグルスに名指しされたこと、アリサを一撃で吹き飛ばした奴に対し、劣勢ながらも退かなかったことが、そりゃあもう熱狂的なコメントの嵐とたくさんのショート動画と信じられないバズを生んだ。特にアリサをお姫様抱っこしてふわりと降ろしてやるシーン、その後の「アリサさんがみんなを守ってくれるって思えたら、サクラは全力で戦える」と言った時のイケメン顔。そして最後の「勝てなかった……」という独白。特に最後の台詞は、俺がスマホを構えるのを忘れて手に持ってただけなので、画面は瓦礫と化した地面ばかりで、サクラと俺の会話だけ配信されていたらしい。[かつてこんなひたむきな魔法少女がいただろうか][俺ジャンピング土下座するから泣くなサクラちゃん][筋肉魔法少女は流行る、待ったなし][マッスル☆マギカ][バトルプロテイン飲んでます!][y12oMK:サクラちゃん泣かないで、君は十分強いし美しい][So Coooooool!!! Lady Bushi-Do!!!!!][この子十五歳? 何食べたらこうなるの][相変わらず美しい正拳突き][これだけ身長差あるレグルスの筋肉に負けてない、階級合わせたら間違いなくサクラちゃんが勝つ]など、筋肉モリモリなコメントで埋めつくされた。ちなみにバトルシェイク社のバトルプロテインの売上が前年比の十五倍を叩き出したらしい。同月前年比じゃなく、前年の年間の売上の十五倍! とんでもない数字だ。サクラに出資することでちょうど増産を決定したタイミングだったらしく、広報の鈴木さんが社長とご一緒にわざわざ挨拶に行きたいとご連絡をいただいた。


 ただ……サクラはバトルシェイク社の二人と会わなかった。これだけ注目されて絶好のチャンスなのに、動画配信も一切断った。それどころかあの日レグルスが去った後、瓦礫の撤去と支援体制構築の指示をしている渡辺大佐に「しばらく一人になる時間をください」と頭を下げた。緊急出動要請スクランブルすらしばらく休みたいらしい。今や地球防衛の英雄であるサクラの渾身の願いを、大佐の立場では無下には断れなかった。


「お前……大丈夫なのか?」

「うん、怪我は治してもらったし」


 俺が話しかけると、珍しく弱気な雰囲気でサクラは笑った。


「ちょっと、一人になりたいだけ。魔法少女って何なのか、ちゃんと考えてみる」

「そうか……」

「さっサクラちゃん、魔法少女のことなら、アリサが教えてあげようかっ!?」


 俺たちの会話をちらちら盗み聞きしていたアリサが妙に焦った顔でサクラに話しかけたが、サクラは黙って首を振り、アリサは何故かがっくりと落ち込んでいた。サクラは俺をアパートまで舞宙術で送ると、自分も山梨の家に向かって帰って行った。サクラがしばらく魔法少女活動を休むとなると、アシスタントの俺のやることは上がったりだ。のんびり手品の仕事ばかりするのもいいが、これだけ注目されているし、アリサの動画や今までの配信を振り返って、世間様のニーズに答えてやるか。……そんな風に悠長に構えていた俺のプランを、一つのコメントが何もかもひっくり返した。


[y12oMK:ナオって、このエンチャント・ナオっていう手品師なんじゃない?]


 y12oMK、「ブシドー・サクラのチャンネル」の最古参フォロワー、こいつがっ、こいつがっ……! 俺のチャンネルのURLを、よりにもよってアリサのチャンネルのコメント欄に貼りやがったんだ!


 アリサの配信内でも俺が女だってコメントはないわけではなかった。でも[今日のヒロインはアリサちゃん][完璧な姫抱っこ震えて眠れる][アリサちゃんを守る騎士感がすごい]などアリサに注目が集まっていて、俺へのコメントは控えめだった。だがy12oMK、こいつがURLを貼った後の惨状ときたら……聞きたいか? 俺はもう聞きたくない……[ナオたんみっけ][ナオたん本当に手品師だった][ナオたん男装マジシャンとか推せる][ナオたんの大平原じゃ女性マジシャンのセクシー衣装着れないからね][ハトいる][y12oMK:失敗動画の失敗わざとらしい、やらせ][ナオたん今度は可愛いお洋服で手品見せて][ナオたんこの日も泣いてたね][サクラちゃん大好きナオたん]……アリサの動画にも、サクラのチャンネルにも、そして俺の「エンチャント・ナオのマジカルミラクルワールド」にもごっそりと湧いて出た。[エンチャントって何?][クラシカルな手品が多いね][エンチャントかけ声なのか、笑い堪えるのに必死][y12oMK:古典手品ばっかりで地味][ごめんナオたん、正直に言うよ。エンチャントってダサい][ミラクル☆ナオとかの方が可愛いよ][服もダサい、可愛い服にしよう]……あーあーあーあーあーあーくっそぉぉぉおおおおどいつもこいつもうるせえんだよ!!!! 限界に達した俺は自分のチャンネルでリアルタイム配信をすることにした。


「みなさんどうもこんにちは、エンチャント・ナオです! 今日も元気にエンチャントぉ!」

[ナオたんが配信してる]

[生ナオたんをいじれると聞いて]

[ナオたんお小遣いあげるから可愛いおべべ買いな──SuperChat:¥5,000]

「ああーはいどうもむさくるしいオッサン三十二歳にご課金ありがとうございまーす! そうです、俺は最近ブシドー・サクラちゃんのアシスタントをしています! それというのもサクラちゃんは俺の命の恩人でですね、何か恩返しがしたくてサクラちゃんのチャンネルのお手伝いを申し出たわけです!」

[ナオたんでなかったら売名行為で非難されているところ]

[一生懸命なナオたんだから許しちゃうよ]

「はいもーお前らがうるさいから売名行為も開き直って、サクラが注目されてる間に俺のチャンネルをがんがん盛り立てていこうとおもいまっす! まずは俺の相棒チャッピーのご紹介!」


 ……今までやったどの配信よりもコメントとスパチャが来てかなり腹が立ったが、その日は焼肉屋に行ってしこたま飲んだ。


 俺が視聴者どもとギャーギャー騒いでいる間も、アザーズが現れて魔法少女たちが対処していた。渡辺大佐はサクラの緊急出動要請スクランブルを本当に控えているようで、サクラから俺に連絡が来ることはなかった。それどころか俺が送ったメッセージへの返信もない。かろうじて既読はつく。けど五分十分ですぐ既読になるわけではなく、一日に一回だとか三日分まとめてだとかの頻度で、ほとんどスマホを放置している様子が窺えた。ご実家に連絡することもちょっと考えたが、やめておいた。連絡したところで何を言えばいいんだ? お前今何してるの? 魔法少女のこと考えるって……思い詰めて、やめるとか考えてないだろうな。いや、やめたっていいんだろうけど、俺にはちょっとは相談とか報告とかしてくれよ? ……オッサンが外野からそんなこと言ってもウザいだけだよな。俺のしょうもない雑談メモと化したサクラとのチャットルームを眺めていると、ぴろん、とSNSのダイレクトメールが届いた音がした。アプリを開くと……アリサ・ピュアハートから!?


[真美堂の香坂さんが、サクラちゃんのスポンサーになりたいって。アポイントとってって頼まれた]

「しっ……真美堂っっ!!!???」 


 布団で寝っ転がっていた俺は飛び上がった。真美堂は服やら化粧品屋らアクセサリーやら、とにかく若い女性が欲しがるアイテムを様々に取り扱っている総合ブランドだ。日本企業でも超大手、ファッション部門ではいくつかのブランドが世界中のコレクションに出品しているし、なによりアリサ・ピュアハートのメインスポンサーにしてプロデューサーだ。そんな大企業様がサクラのスポンサーに!? そんなうまい話がこの世の中に転がっているのか!? この香坂って奴は誰なんだ、俺の元カノと苗字がおんなじところが妙に気になるじゃねーか!


 ……と、思いながらサクラ不在で訪れた真美堂の会議室で俺を出迎えたのは、まさかのマジで元カノだった。


「……久しぶり、ナオ」


 学生時代に付き合ってた香坂エリカ。165cmの俺と同じくらいの身長で、嫌味のようにたっかいピンヒールなんか履きやがって、俺を上から見下ろすのが大好きだった女が、隣にアリサを座らせながらにこりと微笑んだ。相変わらずの華やかな美人で、綺麗に巻いた長い髪、パンツスーツのせいで強調される砂時計型の体つきは昔からエ……大人びていたが、化粧もうまくなって、記憶よりも数段はエ……垢抜けたように見える……いやいや、今はそんなの気にしてる場合じゃない。商談だ、商談。


「……いきなりそう呼ぶってことは、仕事の話はする気がねえってことか?」


 俺が半眼になりながら香坂……エリカの正面に座ると、エリカはくすくすと笑い、手許のPCを操作してプレゼン資料を白い壁面に投影する。


「変わらないわね、ナオ。でも学生時代の仲間とは、仕事の時もその時の名前で呼んでるわよ? ルークくんとはよく仕事するの」

「はいはいさいですか、十年も連絡とってなかったのに仲間扱いですか」

「いいじゃない、本当に仕事の話なの。聞いてくれる?」

「聞くだけは聞いてやる」


 俺の不機嫌極まりない態度を見て、俺のことをじっと見ていたアリサがうわっと声を上げる。


「エリカさんにそんな口きくとか、元カレ元カノってマジなんだ……」

「うふふ、そうよ」

「ちょっとナオ、元カレだからってエリカさんにめちゃくちゃな要求とかしたらアリサが許さないんだからね!?」

「そちらさんこそ、元カノだからってうちのサクラにめちゃくちゃな要求するんじゃないスかねえ」

「なっ……エリカさんはそんな人じゃないわよ!」

「落ち着きなさい、アリサ。話が出来ないわ」

「あっ、ごめんなさい」


 エリカが用意した資料によれば、真美堂がサクラのスポンサーになりたいのはどうやら本当のようだった。ただし、スポーティな女性に向けたヘルシー志向のファッションブランドのイメージモデルとしての起用、契約条件には同ブランドの衣服着用が義務、と書いてある。


「どうかなあ、アイツまじで道着しか着ないぜ?」

「ええ、それは私も想定しているわ」


 俺がわざと頬杖をついてニヤニヤしながら言うと、エリカは机の上で両手を上品に重ねながらニコニコと返してきた。深緑色のネイルまで大人びていてなんか悔しい。


「だからね、こんなアイディアを出して、上のゴーは貰っているの」


 アシスタントのナオ氏による、王道魔法少女コスチューム着用によるPR戦略。

 まずは真美堂と関係性を作っていただき、そこから当社製品の魅力をターゲットにアピールする。


「はっ……ハァッ!!!!??????」


 映し出されたスライドに、俺は思わずその場に立ち上がる。椅子が派手な音を立ててひっくり返り、アリサは顔をしかめたが、エリカはニコニコと笑ったままだ。


「いいじゃない。派手な衣装、好きでしょ」

「はっ、派手って言うか、魔法少女って書いてあるぞ!!!???」

「そうよ、ナオたん今やトレンドなんだから。ミラクル☆ナオで魔法少女デビューしちゃいなさいよ」

「はっ……ハァァァアアアアアアアアッッッッ!!!???」

「ルークくんも楽しみだって言ってたわよ」

「お前ルークと連絡とってんのかって……いや何言ってんだ何なんだこの企画! 俺はこんなのやらねえぞ!!!???」

「ちなみにナオ個人へのスポンサー料はあ……」


 エリカが示した次のスライドを見て、そのマルの数を数えて……俺はこの日、一つの尊厳を悪魔に売り渡した。


 エリカの高笑いが会議室にいつまでも響いていた。






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