第4話 襲来、襲来、襲来! ⑤ VSレグルス 第一戦
じりじりと氷が解けるのを待つような沈黙に耐えかねて、俺はごほんと咳払いをした。
「……視聴者の皆さんには聞こえましたでしょうか、ここしばらく世間を騒がせていた謎のアザーズ、黄色ブーメランパンツ野郎が喋りましたっ! 凄まじい音量に鼓膜が破れそうでしたっ……! 髪の毛の色がアルミホイルみたいでキモいですね! 彼は総司令官レグルスと名乗りました、あまつさえ魔法少女ランキング一位のアリサちゃんを差し置いて、ブシドー・サクラを出せと言っております!」
カメラアングルを調整して、空中で仁王立ちしているブーメランパンツを中心に、彼の後ろに控えるように浮いたアザーズもうまいこと画角に入れる。
「彼らアザーズはコールム軍と言うそうです、日本語を話せるという点で俺はめちゃくちゃ驚いています……横須賀はどうなってしまうのでしょうかっ!? 渡辺大佐に解説を聞ければ良いのですが、俺は」
「ナオうるさい」
解説の興が乗ってきたところでサクラがぼそりと呟き、俺は舌を思いっきり噛んで、ついでにその痛みで我に返った。
「……サクラッ、お前人のことうるさがってる場合かよ、名指しされてるぞパンツ野郎に!」
「分からない、でもやるしかない」
いつものように淡々と返したサクラは上空を睨む。アザーズ総司令官レグルスとやらが不敵に笑い返してきたが、その横でステッキに乗って浮かんでいたアリサが二人の間に割って入った。
「サクラちゃん、大丈夫、アリサがこんな奴倒すから! ……ピュアクリスタルハーモニー!」
アリサは金髪ロールを振り乱しながら両手を何やら可愛くひらひらさせた、その軌道がピンクに煌めいて渦となり、キラキラをまき散らしながらレグルスに向かって突進していく!
「くらえっ……!」
かなりの速度で繰り出されたピンク渦だが、レグルスはハハッと嘲笑し、渦の中心めがけて拳を振り下ろした。かしゃん、と薄い氷が割れるような音と共に渦が霧散する。技の行く先を見ていたアリサが唇を噛む。
「まだまだよ!」
「言っただろう、お主ではないと!」
アリサのスマホの中央に捉えていたはずのレグルスが一瞬にして消えた、次の瞬間レグルスはアリサの目の前に現れた──早すぎて見えないってやつなのか!?
「邪魔だ、引っ込んでろ」
言いながらレグルスは象の足みたいにバカ太い腕を上げ、虫でも払うみたいにぶんと振った、アリサは横ざまに腕が直撃して吹き飛ばされる! 鈍い音がして赤い衣装の魔法少女が墜落する、ステッキが彼女の手を離れる、サクラが顔色を変えて舞宙術で飛び出し、ふわりとアリサを抱き止めた。
「なっ……!?」
お姫様抱っこで。
「ちょっと、離して、アリサが一位なんだからアリサが戦うから!」
腕に抱かれてじたばた暴れるアリサと共にサクラはすいっと降りてきて、魔法少女世界ランク一位のアリサ・ピュアハートをそっと優しく地面に降ろしてやった。手に持つスマホは実にいい角度で、お姫様のようにへたり込むアリサを映している。コメントの通知がすごくてぶるぶる震えっぱなしだ。
「あのねえ、サクラちゃん!? いくら相手に名指しされても、相応の実力ってもんがあるでしょ!? 中途半端な力じゃ危ないんだから、みんなと一緒にサポートに回っててよ!」
「うん、アリサさんは強い」
サクラはアザーズを、レグルスを見上げながら真剣な表情で頷く。
「サクラは……一人で戦うだけだったから。シールドや、みんなを守る技を持ってない。みんなを守るのはサクラにはできない。アリサさんなら出来る」
「え……」
「アリサさんがみんなを守ってくれるって思えたら、サクラは全力で戦える」
「なっ……」
「お願い、アリサさん。みんなを守って」
サクラは最後のダメ押しとばかりにアリサの手をきゅっと握る。アリサがびくりとその身を震わせ何か言おうとしたが、サクラはそれを待たずに舞宙術で飛び立った。
「さあ、始めよう、レグルス!」
「来たな、サクラ!」
筋肉二人は視線を合わせるとニヤリと笑う。倒壊した会議室の床に取り残されたアリサはぽーっとした眼差しで食い入るようにサクラを見ていたが、大袈裟なほどに顔をぶんぶんと振って立ち上がった。
「──ごめん、心配かけちゃった!」
アリサは俺が持つスマホに向かって人好きのする笑顔を見せ、すぐに会議室全体を見回した。
「サクラちゃんが戦ってくれるから、私たちは周りのアザーズを倒そう! みんな、アリサに力を貸して!」
「アリサちゃん、勿論よ!」
「みんなで力を合わせましょう!」
アリサほどではないが、魔法少女ランキングでちらほらと見かけた覚えのある子たちがぱたぱたとアリサのところに駆け寄ってきた。車座になって何かを相談し、ずらりと並ぶアザーズを指さし、それぞれ手にした武器を構える、空に飛び立つ──
そこから先、ずっとアリサのスマホを通して配信されていたが、そのスマホを持っていた俺は何一つ喋ることが出来なかった。目の前の光景を、息を呑んで、祈るように見続けるしかできなかった。
アリサと魔法少女たちはレグルスの周りに浮かぶアザーズを倒すことにしたようだ。アリサと何人かがタイミングを合わせて一体ずつ攻撃、撃破していく。他の魔法少女は、アリサたちのガードと基地建物のガードに回る。そうでないとアザーズ側から繰り出される攻撃が基地に当たりまくり、当たったところからどろどろと溶けてしまうからだ。アリサたちは味方のサポートを受けて確実にアザーズを撃破していたが、残りが三体ほどになったところで、サクラと交戦中のレグルスが高笑いしながら腕を振った。その瞬間、倒したのと同じようなアザーズがいくつも湧いて出る。泣き出してしまった魔法少女をアリサが叱咤するが、アリサもまた長時間の戦闘に疲労と魔力の消耗を隠せない。
「みんな、挫けちゃダメ! アリサたちが地球を守らなきゃ!」
「アリサちゃんっ……!」
「危ないっ!」
少女たちに励まし合う時間すら与えず、アザーズ達は猛攻を繰り返す──
一方のサクラは、総司令官レグルスと一対一での戦となった。舞宙術で向き合った二人は完全に少年漫画の実写と化していて、じりじりと睨み合った後、激しいパンチの応酬をした。このままボクシングか空手か柔道か、そんな流れになるんじゃないかと俺が想像していた頃、レグルスがサクラの顔面近くで咆えた。口がサクラの頭を丸呑みするんじゃないかってくらいに開いて、そこからあの鼓膜が破れそうなほどの大音量の咆哮が発された。基地の建物がびりびりと震え、あちこちでガラスが砕ける音がする。防弾ガラスもこれで割られたのか! 至近距離で食らったサクラがたまらず呻くと、にやりと笑ったレグルスが強烈な一撃をサクラの腹に打ち込んだ!
「サクラぁ!!!!」
俺は叫ぶ、あちこちからも悲鳴が上がる。だがサクラは苦悶の表情のまま打ち込まれたコバルトブルーの腕をがっしと掴むと、鋭い膝蹴りをお返しする。いいぞサクラ! レグルスが呻きつつ笑って空いている手を高々と掲げる、その手の中に直視できないほどの光が集まって来る、誰がどう見てもあれはエネルギーの塊だ、食らったらひとたまりもない!
「逃げろサクラ!!!」
サクラは逃げない、片手で顔面を庇うがエネルギー弾をもろに食らった。意識を失ったのかそのまま地面へと墜落を始める。俺は走るが建物の端までいくのが精一杯だ、サクラが落ちるはもっと先、飛行機滑走路のあたり──あと少しで地面に激突するというところで、サクラはカッと目を見開き、また空中へと戻っていく。パンチとキックの応酬、あたりに迸る衝撃波。超音波のような咆哮、手のひらから発される恐ろしい光。体格も、実力も、サクラよりレグルスの方が優れているのは明らかだった。でもアリサ・ピュアハートは一撃で吹っ飛ばされた打撃を、サクラは受け止めていなしている。
「サクラ……サクラぁっ!!!」
「サクラさーん!」
「ブシドー・サクラー!!!」
俺の叫びに便乗して、魔法少女や基地隊員の方が叫びまくる。すぐ横ではアリサたちが何度目か知れないアザーズの復活を目の当たりにしてさすがに絶望顔になっている。サクラがまた吹っ飛ばされ、今度はもと会議室いま吹きさらしの上に叩きつけられた。
「サクラ!!!」
「ナオ来ないで!」
俺が駆け寄ろうとするのをサクラが止めた、次の瞬間にレグルスが降り立ちサクラめがけてパンチを振り下ろす、避けたサクラがいたあたりの床が粉々に砕けて溶け始める。サクラが正拳突きを繰り出す、レグルスがかわす、二人とも動きが速すぎてマジで見えねえ! なんかとにかくものすごい速い攻防が続くが、素人目に見てもサクラが押されている。ちくしょう、なんかできないのか、こんなアリサのデコケーススマホ持ってるしか能がねえのか俺は!!! せめて何かあいつの気を引いたり隙を作ったりできねえか!? 俺は苛々しながらスーツのポケットをあちこち漁る、今日も持って来てるはずだ、いつ手品師て下さいって言われてもいいように、落ち着けいつも通りやればいい、あいつの隙を作るんだ──
「ブシドー・サクラ、やはりお主が一番アズリオンを使いこなしているな!」
強者の余裕か、悪役の定石か、攻撃しながらレグルスが語らう。その手にまたあの光が宿り、そのまま繰り出されるパンチが疲労困憊のサクラを襲う。
「……アズリオン?」
「だがまだ未熟、我を倒せるほどではないわ! うわはははは……うおっ!?」
高笑いしたレグルスの鼻先すれすれと、トランプのカードが掠めていった。
「おいコラこのブーメランパンツ野郎、悪役語りもいい加減にしやがれ!」
俺は言いながらまたトランプを飛ばした。それは狙い違わずレグルスの頬に、額に当たり、コバルトブルーの顔がみるみる内に憤怒の顔になる。さすが俺、今日も絶好調に飛んでくぜ!
「貴様っ、くだらん真似を!」
「ナオ危ないから!」
「はっ、
俺は叫びながら残りのトランプの束をブーメランパンツめがけて投げつけた! 気づけサクラ! 俺の声にならない叫びを聞き取ったかのように、サクラがハッとしてレグルスの死角に回り込む。軽く飛び上がって全身を捻り──
見事な延髄切りが、レグルスの後頭部の付け根に決まった!
「ぐっ……!?」
コバルト野郎は呻いてたたらを踏む。アルミホイルみたいな銀髪から煙が上がり、みるみるうちにその光沢が失われて鈍い灰色に変わる。
「くそっ……アズリオン切れかっ……!」
レグルスは後頭部に手を当てながらよろめいた。サクラが間髪入れずに繰り出した正拳を受け流し、ふわりと空中に飛び上がる。
「今日のところはこれで引いてやる! 我の力が完全に戻ったならば、次こそは地球を我が支配下におさめてやるぞ!」
アザーズ総司令官レグルスはまたしても鼓膜を破り建物を壊す大音量で咆えると、煙のようにその場から消えてしまった。アリサたちが苦戦していたアザーズも同じように消えてしまい、めちゃくちゃになった基地と、疲れ果てた魔法少女たちと、呆然とするしかできない俺たちだけが残された。
「サクラ、お前大丈夫か!?」
「ナオ……」
俺がサクラのところに駆け寄ると、サクラはよろめきながらその場に座り込む。似合っていたシャツもワイドパンツもぼろぼろで、あちこちに痣がたくさんできている。
「トランプ、ありがとう」
「んなのいいんだって、お前怪我してるだろ!?」
「ナオ……」
サクラの声が、いつになく小さくて震えている。
「ナオ……あいつ、レグルス、倒せなかった……」
「何言ってんだ、お前がいなきゃ今頃ここはお陀仏だよ! いいからお前、痛いとこだらけだろうけど一番痛いとこから言え、そんで」
「ナオ……」
座り込んで俺を見上げるサクラの瞳から、ぽろり、ぽろりと涙が零れる。
「……勝てなかった……」
「サクラ……」
「ごめん、ナオ……」
サクラはそういうと、自分の膝に顔を埋めるようにしてうずくまった。
「……お前がこの状況でごめんって言うなら、俺も他のみんなも、ジャンピング焼き土下座でも足りねえよ」
「うん……」
「……お前、英雄だぜ? サクラ」
「うん……」
「……サクラ。泣いてんのか?」
サクラは返事をしない。他の魔法少女が駆け寄ってきたので、俺は自分のスーツのジャケットを脱いで、サクラの頭にばさりとかけてやった。サクラの手がジャケットの端をぎゅっと握りしめた。
「……ったく……」
俺は盛大にため息をついた。瓦礫の山と化した横須賀基地から見上げる夏の空は、ばかばかしいくらいに真っ青だった。
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