第4話 襲来、襲来、襲来! ③ アリサ・ピュアハート

 黄色いブーメランパンツの人型アザーズは、その後あちこちの魔法少女の前に現れては消えるようになった。出現方法はサクラの時と同じで、倒したアザーズの中から生えるようにして現れる。その場に立っているだけで何もせず、魔法少女の攻撃にも反応せず、そのまま最初のアザーズと一緒に消えてしまう。消えるタイミング的に、サクラと同じように攻撃が当たって倒したように見える場合もあれば、はっきりと距離があって何もしていないのにざらざらと崩れ落ちてしまうこともあった。こんなことはアザーズが地球に出現するようになって今まで一度も確認されていない。パブリックメディアもSNSも何かと謎のブーメランパンツについて取り上げたが、肝心のパンツ野郎が何かする前に消えてしまうので、単に人の形をしているだけなのか、意志や知能はあるのか、地球側と意思疎通は可能なのか、たくさんの考察や推論がメディアやSNSを飛び交った。


 その中でも、あの日のサクラの戦闘配信動画が注目されることが多かった。全世界に二千人ほどいる魔法少女の中で、黄色パンツ野郎に出くわしたのはサクラが最初だったためだ。人間の形をして、けれど人間らしからぬ色をした巨人は、道着姿のサクラと並ぶと異様な迫力がある。対するサクラの正拳突き、蹴り、パンチラッシュ、回し蹴り、どれもパンツ野郎にこそ効いてはいないが綺麗な型でとんでもない威力があるのが見て取れる、さすが新型自動追尾ドローンの高画質だぜ。とにかく黄色ブーメランパンツ野郎が何なのかを考察する連中がサクラの配信を見に来て、パンツ野郎に攻撃するサクラを見て、そこから興味を持ってくれた人が那須与一やら俺が助けられた奴やら他の動画も見て──タナボタ的に「ブシドー・サクラのチャンネル」のPVやチャンネル登録者数も階段を上るように増えて行った。


 電車に乗っていた俺は目的の駅について改札を出ると、ひときわ背の高いガチムチの人物がじっとこちらの方を見ているのを見つけた。探すまでもない、待ち合わせをしているサクラだ。


「アプリの通知がすごいんだけど」

「……だろうな」

「止めて」

「ん」


 開口一番、サクラはしかめ面で自分のスマホを差し出してきた。俺が編集作業用にサクラのチャンネルでログインしっぱなしのPCで見ているだけでもすごい数なんだ、スマホで通知を受け取るとなると相当な数だろう。俺はアプリとスマホ設定をいじり、通知をオフにしてやる。


「……ほい」


 スマホを差し出すと、ありがとう、と言いながらサクラは受け取った。今日は地球防衛軍の横須賀基地に魔法少女が招集されているらしい。今までも時々集まって、被害状況や全体の方針などを共有する、まあ作戦会議のようなことをするそうだ。ついてきて欲しいとサクラに言われ、俺みたいな一般人が基地に入っていいのかと尻込みしたが、動画関連のことを言われたら全く分からないからいてくれないと困る、と返されてしまった。それじゃあ仕方ない、ついていってやるか……、と、俺は渋々了承した、そぶりをした。男としては地球防衛軍の基地と聞いて心躍らない筈がない。それを魔法少女のアシスタントとして、一般公開エリアよりも奥に入れるだなんて! かなり張り切って馳せ参じたのがこのガチムチ女子中学生にバレないように、俺は意味もなくジャケットの裾を直した。


「……ナオがちゃんとした服着てる」

「なんだそのちゃんとしたって」

「サラリーマンみたい」


 六月も目前で季節はすっかり夏だ。昔はこの時期を梅雨と言っていたが、今はもう梅雨は飛ばして夏になる。そして夏と秋の間に、盛夏というとんでもなく熱くて死にそうになるヤバい季節が追加された。俺はチャコールグレーのサマースーツを着て、一応ワイシャツにネクタイもしていた。思い切り暑くて汗もかいているが、防衛軍基地にお呼ばれだなんて、軍服も迷彩服も持ってないしどんな服を着ればいいのか分からなかったのだ。ポケットには財布とスマホと、あと念のためにトランプを一箱入れている。プロとして、手品して下さいって言われて丸腰だとダサいからな。


「あったりまえだ、俺みたいなデキる大人はTPOに合わせた服を着るんだよ」

「ふーん」


 俺のことを見てニヤニヤしているサクラも、いつもの道着ではなかった。……というか道着はサクラ的には魔法少女の戦闘用の服であって、私服として着ているわけではない。でも土曜日の作戦会議の時は、大抵は朝稽古で着た道着姿のままやって来る。だから俺の中ではサクラすなわち道着、道着イコールサクラ、それくらい強烈に刷り込まれていた。


「……私服、いつもそんな感じなのか?」

「うん」


 さらりと揺れる黒髪ポニーテールはそのまま、上はシンプルな白のTシャツ、下はベージュ色のワイドパンツ、小さめのグレーのリュックを背負っているが、サクラの背中が大きいのでちょんとくっつけたみたいになっていた。ゆったりデザインのはずのTシャツは肩と胸板のあたりはぱつぱつだが、ウェストあたりはゆったりしている。こいつ本っ当に恵体だな。袖から出た腕はバッキバキ、見事な逆三角の体型は、すれ違う人のほとんどの目線を奪わずにはいられない。


「いいじゃん、似合ってるぜ」

「うわっ、ナオに褒められた」

「んだよそれ」

「いつももっと魔法少女っぽく~、って言うから」

「別に、私服は好きなの着たらいいだろ?」

「ふーん」


 当たり前のことを言ったつもりだったが、サクラは上機嫌に自分のコーデをつまんだり裾を入れなおしたりしている。……普段は山梨で女子中学生しているんだ、俺とは違う意味ではしゃいで選んだ服だったのかもしれない。茶化すようなこと言わないで良かった……。そんなことを考えながら歩いているうちに、俺たちは地球防衛軍横須賀基地に辿り着いた。

 

「すっげ……!」


 日米の条約がどうたらこうたらで百年以上ある横須賀基地だが、ここ数年──アザーズが地球を侵略し、地球防衛軍が編成されるのにともない基地舎を全面建て替えしたらしい。港湾に艦隊がずらりと並び、基地内を自動制御ドローンが歩哨の代わりに巡回している。ソーラーパネルと防弾ガラスを組み合わせた新家屋はイマドキのスタイリッシュな雰囲気だ。現代の最新テクノロジーを結集させた、地球防衛の要。一度はこの目で見てみたい、触ってみたい、動くところを余すところなくこの目に焼き付けたい……いかんいかん、俺は今日はサクラのサポートで来てるんだ。


「うおお、見ろよ、あっちに戦艦!」

「あそこがドローン基地になってるんだな!」

「よくみるとあそこの角のところ砲台になってるじゃん! すっげー!」

「装甲車とか戦闘機とかはねーのかなー!」

「……ナオがはしゃいでる」

「うるせえ!」


 俺が怒鳴り返し、サクラがニコニコと笑った頃、基地舎のエントランスに到着した。普通に自動ドアが開いて入った先は、三階分くらいの吹き抜けのエントランスだ。


「うおおおおおっ……!」

「ナオうるさい」


 空港の手荷物チェックのようなゲートがずらりと並び、ぽーん、ぱーん、とそこかしこで何かの電子音が聞こえる。正面の壁には地球と県と盾を組み合わせた防衛軍のロゴがでかでかと掲げられ、その下に日の丸と星条旗がそれぞれ斜めにかけられている。


「ヤバいなサクラ……これはヤバいぞ……!」


 俺が感動に打ち震えている横で、サクラはワイドパンツのポケットからスマホを取り出し、手荷物ゲートの横についたタッチパネルにかざした。ぽーん、と音がして緑のランプが点灯し、サクラは身を屈めてゲートをくぐる。俺も真似してゲートをくぐると、奥の方から迷彩の制服を着たガチムチの軍人が歩いてくるのが見えた。


「サクラくん! 紀伊国さん!」


 きらりと光る白い歯が眩しい渡辺大佐だ。


「よく来たね、待っていたよ! 今日も飛んできたのかな?」

「はい」

「はっはっはっ、素晴らしい!」


 渡辺大佐は爆笑しながらサクラの肩をぽんぽんと叩いた。大佐の筋肉ももちろん素晴らしく身長もあるのでサクラの隣に立っても見劣りしない。普通はサクラの方が見劣りするかどうか判じられるんだろうけど、こいつは本当に申し分のない筋肉だ。そこは俺も大いに認めている。


「私の部下で、サクラ君と話をしてみたいと言っている者がたくさん来ているんだよ。どうだね、ブリーフィングの後に少しばかり時間をもらえるかな? 食堂でクレープでもご馳走するから」

「……はい」


 サクラは仏頂面になって小さく頷いただけだ。さっきまで俺のことをうるさいうるさい言ってた勢いはどこに行った? 俺はサクラを見上げたが、無言の圧力を感じて押し黙る。なんか最初に会った頃のつっけんどんな感じに似てるな……。渡辺大佐はサクラの様子など気にせずにニコニコと先に立って歩き出し、俺たちはその後に続く。大佐のお喋りを聞きながら長い廊下を通って、エレベーターに乗り、「魔法少女会議」と張り出された会議室の中に入った。


 中にいた人たちが、一斉にこちらを向く。


「こちらだ、サクラくん、紀伊國さん」


 渡辺大佐は上機嫌に俺とサクラを手招きした。会議室は壁の三面が全面ガラス張りで、基地の様子がよく見える。中央のドーナツ型のバカでかいテーブルには既に何人か着席していて、俺たちが歩いていくのをじっと見ている。でかっ。誰あれ、どっちが魔法少女? あの子最近急にランキング上がった子だよ。疑惑の視線は、手品のショーが始まる直前の観客の冷ややかな眼差しによく似ている。噂話をしながら遠慮なく俺たちを観察している分、ショーより心地が悪いかもしれない。渡辺大佐は空いている席の二つを俺たちに勧めてくれた。俺とサクラがお礼を言いつつ頭を下げ、席に座ろうとすると、部屋の端の方から女の子が一人、俺たちのところめがけて歩いてきた。ピンク地に大きな花柄のワンピースを着て、金髪が綺麗にカールするようにセットし、サングラスをかけている。


「……ねえ、あなた、ブシドー・サクラ?」


 その子はサングラスをずらし、その隙間からサクラをちらりと見上げた。魔法少女というよりは芸能人のオフショットみたいな雰囲気だ。


「……そうですけど」


 サクラがその子の方に向き直ると、その子はやっぱり! と叫び、サングラスを外した。カラーコンタクトの紫色の瞳がぎろりとサクラを睨む。


「私、アリサ。アリサ・ピュアハート」

「まっ……」


 マジか、と叫びかけた俺を、アリサは横目に睨みつけた。アリサ・ピュアハート、いつも笑顔でkawaiiを追求する、チャンネル登録者数が三億を超えたらしいランキング一位の魔法少女! 


「どうも……」


 睨み上げられたサクラは、初めに俺に会った時みたいな仏頂面で軽く頭を下げた。サクラのあの仏頂面は、今思い返せば俺みたいな不審者に困惑していたんだな。……サクラなりの困惑の視線を受け、アリサは苛立った様子で腰に手を当てる。


「あなた、最近配信に力を入れ始めたんでしょ? ちょっと言っておきたくて」

「……はあ」

「あのねえ」


 首を傾げたサクラに、アリサは苛々した様子でため息をついた。


「魔法少女って、単にアザーズと戦うだけじゃないの。服も攻撃もうんと可愛くして、みんなに元気にしてあげなくちゃいけないの」


 配信で聞くアリサの声は高くて甘ったるい喋り方だが、今は低くて凄味がある──ドスが効いている。


「だからね、あなたみたいに、道着とかパンチとか……全然魔法少女らしくない格好で戦われると、迷惑なの。アリサのとこまで『ブシドー・サクラのことどう思う?』 ってコメントが来るんだよ。勘弁してよ」

「……はあ」


 やくざのおかみさんの声だよって言われても納得するくらい凄味のある声に、だがサクラはきょとんとして瞬きをしただけだ。部屋中の人がこちらに注目しているのが分かる。渡辺さんも少し離れて腕を組み、様子を見守っている。俺もアリサの言う通りだと思う! 魔法少女らしくした方がもっと数字伸びると思う! でも……ランキング一位のこの子にこの口調で言われると、俺の中の天邪鬼が今すぐ噛みついてやれと囁いてくる。


「大体ねえ! そこのアンタ、ナオとかいう人!」


 アリサにびしりと指さされ、俺はモヤモヤが消し飛んでギョッとする。


「はっ、俺っ!?」

「そう、アンタ!」 


 アリサは噛みつくどころか引き千切らんばかりの勢いで頷いた。この子はたぶん俺と同じか少し高いくらいの身長っぽいが、サンダルのヒールのせいで俺を見下ろすような構図になる。


「キャラがぶれててよく分かんない! 手品したり筋トレしたり脈絡ないし、ちょっと顔が可愛いからって、性別不明アピとかキモいだけだから!」

「はっ……ハァ!?」


 俺が目をひん剥くと、アリサも負けじと俺のことをびしりと指をさす。


「助けられたんだか何だか知らないけど、たかがアシスタントの分際で魔法少女より目立とうって魂胆がミエミエなのよ! こっちは命かけてんの! アンタみたいに適当に生きてる奴が便乗商法しかけてくるの、ほんッと見てて腹が立つんだから!」


 ぎゃんぎゃんと怒鳴りつけて来るアリサの言葉が、俺の胸をぐさりと刺す。


「……んだとこのガキ、さっきから聞いてりゃあ!」

「そーやって怒鳴って怖がらせようとするのもやめてくださーい!」

「ならテメェも初対面でキレ散らかすのやめてくださーい!」

「ハァ!? アリサキレてないし! クレームつけてるだけだし!」


 部屋にいる人の全員が、俺たちの様子をハラハラと見守っている。サクラだけが何か考えるような顔で俺とアリサを見比べている。


「キレるよりクレームの方が性質タチ悪いだろうが! だいたい何だテメェは、サクラがテメエに何したってんだ、動画に出てるおりこうさんはどうした!? ランキング急に上がってるから自分が食われるーやめてーって泣いてんだろうが!」

「なっ……泣いてないわよ!」


 キレ散らかした俺の弾丸トークに、アリサは一瞬言葉に詰まった。ぎりぎりと歯軋りしてドーナツテーブルをバンと叩くと、俺とサクラを交互に睨む。


「とにかく! 魔法少女はみんなを笑顔にするんだから! 道着とか甲冑とかやるのはやめてよね!」

「うるっせえわそんな法律ねえわ! 好きにやらせていただくわ!」

「法律じゃありませーんみんなの願いでーす」

「……アリサくん、その辺にしたまえ」

「大佐もですっ、魔法少女みんなで協力し合ってっていつも言ってるじゃないですか!」


 大佐が仲裁に入ってくれたが、アリサは彼にまでぎゃんぎゃんと噛みつく。


「あ、うむ、うん」

「アリサが世界ランク一位なんだから、アリサが戦いやすいようにみんな協力してくれないと困るんですっ!」

「ああ……それはー……つまりー……」

「何とか言ってくださいっ!」


 アリサがずいずいと大佐に詰め寄った瞬間、部屋の照明が真っ赤に切り替わり、ウウウウウウウウウウ、とけたたましい警報が鳴った。


[敵襲! 衝撃に備えて下さい! 敵襲!]

「なっ、……伏せろっ!」


 大佐が叫びながらアリサを抱きかかえる、サクラが息を呑んで俺の方に手を伸ばす、他の人の悲鳴が警報に重なる──


 ガッシャァァァアアアアン!!!


 その瞬間、三面全面に展開する防弾ガラスの窓が、一気に粉々に砕け散った!!!




 

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