第4話 襲来、襲来、襲来! ② 二体目のアザーズ

 晴れて「ブシドー・サクラのチャンネル」にスポンサーがついた。それはすなわち、チャンネル内で対象商品を紹介するということだ。


「はいっみなさんこんにちは! ブシドー・サクラのチャンネル、アシスタントのナオは日本男児三十二歳でっす!」


 ジンバルを構えた俺が実況を始めると、早速ぴろんぴろんとコメント通知が飛んできた。


[ジム帰りのジョニー:ナオたんやっほー]

[NASU YOICHI:待ってましたサクラちゃん]

[カラフル大福:ナオたん今日も応援Tシャツ可愛いビジュアルの暴力]

「はーいみなさんお元気ですね~コメントありがとう俺は男だ! 『ブシドー・サクラのチャンネル』は、バトルシェイク社様の協賛をいただいておりまっす!」


 今日のアザーズは市街地にほど近い田んぼや畑があるあたりに出現した。農家の皆さんが丹精込めて育てた作物を、深海の生き物に適当に手足をくっつけたようなキモい造詣のアザーズがどしんどしんと踏み荒らしている。美味しいイチゴが、キャベツが、綺麗に水が張られた田んぼが見るも無残に踏み潰されていくのを見ると、食べるの大好き日本人としては腹の底から激しい怒りが湧いて来る。サクラはいつもの道着で仁王立ちしながら、蹂躙されゆく大地の恵み──じゃない、コバルトブルーの化け物をじっと見ている。ジンバルにセットしたスマホは、俺を映しつつうまいことアザーズをフレームに捕らえていた。


「さーそれじゃ、サクラ今日もよろしく!」

「……ブシドー・サクラです。今日のメニューはバーピージャンプを百回です」

「ひゃっ、百っ!?」


 俺の悲鳴と共に、ぴろぴろぴろぴぴぴぴぴろぴろんとコメントの通知音も激しくなる。


「いや待てサクラ、常人がこなせる回数じゃねえだろ!? 減らしてくれ!」


[旅するマッスル:サクラちゃんは獅子を谷底に突き落とすタイプ]

[IronPalm194:百回はやめてあげて、ナオたんが死んじゃう]

[y12oMK:きっとサクラちゃんは軽々できるんだろうな、ナオは無理]

[カラフル大福:ナオがんばれ、でもちょっと減らしてもらおう]


 俺がコメント一つ一つを懇願するように読み上げると、サクラは小さくため息をつく。


「……じゃあ、二十回で」

[旅するマッスル:サクラちゃん、普通は二十回でもきついのよー!]

[PumpIt99:ナオ良かったね、頑張って]

[ジム帰りのジョニー:バトルプロテインは普通においしい]

「二十ならなんとかやってやるよ! ありがとなサクラ!」

「うん」


 サクラはかすかに微笑むと、いつものようにバシュッと舞宙術でアザーズめがけて飛んでいった。俺はその姿が小さくなり、最初の一撃をお見舞いするまでをスマホで追う。どごん、地面が揺れるような衝撃が聞こえてきて、よっしゃ、と俺も気合を入れた。


「では、バトルプロテイン、俺はトレーニング前に飲む派!」


 俺は商品名をはっきりくっきり喋ると、隠し持っていたプロテインシェイカーをさっと取り出して見せる。中身はすでにセット済み、シャカシャカ振って蓋を開け、風呂上がりよろしく腰に手を当てると、ごっごっごっと一気に飲み干した。


「ッッあぁーっ! 美味いっ!!!」


 印刷されたバトルシェイク社のロゴがしっかりうつるように微調整しつつ、空になったシェイカーを高々と掲げてみせる。


「高品質、純度九十九%のホエイプロテインと特別配合の十種類の栄養素が、筋肉の回復と強化を最速サポート! 魔法少女ブシドー・サクラも愛用しています! バトルシェイク社のバトルプロテイン、今日はいちご味!」


 俺の後ろでズドォン、ドォン、とサクラの正拳突きの音がする。きっと順調に戦っているのだろう。


[カラフル大福:ナオたんいちご好きそう]

「うるせえでもイチゴは好きだぜ! ではっ! 俺様っ! バーピージャンプ二十回やらせていただきマッスル!」


 俺はシェイカーを画面の外に置くと、気合いを入れてバーピージャンプを始めた。バーピージャンプって知ってるか? しゃがむ、地面に手をついて足を後方に投げ出す、しゃがむ、上に飛び上がる。この一連の動作が一回。一回やるだけでも俺みたいな運動不足のオッサンには相当キツイ。それを二十回! オッサンは明日寝込むんじゃないかってくらい相当キツイ。それでも俺は地面に手を突き、しゃがんでは足を延ばし、青空めがけて飛び上がった……。


「いぃーち……っ……にーぃ……っ……」


 ……バトルシェイク社と魔法少女ブシドー・サクラのスポンサー契約は、三か月間サクラの配信の全てにバトルシェイク社製商品を映すことが条件だった。サクラ本人はスポンサーがつくことにはやや否定的に考えているようで「使ってもいない商品の良さを伝えるなんて、サクラには難しい」と重々しく告げた。スポンサー契約に立ち会ってくれとサクラに頼まれた俺と、バトルシェイク社の広報担当の鈴木さんと、サクラのご両親と、それから地球防衛軍陸軍大佐の渡辺氏は、サクラの回答に全員椅子からずっこける勢いだった。


「さー……んっ……しー…………」

[たんぱく質大臣:頑張れ頑張れ]


【サクラ、お前なあ! よく考えて見ろ、スポンサー契約だぞ!?】

【でも、嘘はダメ】

【スポンサー契約してから使い始めた、でもいいんだぞ!?】


 俺はご両親がいるのを忘れて、いつもの調子で怒鳴る。サクラは首を横に振る。バトルシェイク社の鈴木さんがめっちゃ困った顔をしている。渡辺大佐は何故か目をキラキラさせてサクラの方を見ている。やばい、俺がなんとかしないと!


「ごーぉ……ろぉーく……っ……」

[IronPalm194:魔法少女が端の方にしか映らない魔法少女配信]


【あのっ、この場合って、画面に御社のプロテインが映ればいいってことですよね!?】

【ええ、はい、まあ……】

【こういうのどうでしょう、俺が商品紹介をさせていただいて映るって言うのは! なんならその場で飲んで筋トレとかしちゃうのはどうでしょう!?】

【ハア……弊社としましては、サクラさんのような魔法少女にバトルプロテインを取り扱っていただくことで、若い女性に訴求できればという方針でありまして……】


「しぃーち……ハァ……はぁーちっ……」

[たんぱく質大臣:もうすぐ半分だよナオたんファイト]


【──まあ、いいではありませんか、鈴木さん】


 渡辺大佐がニカッと真っ白な歯を見せて鈴木さんに笑いかけた。


【サクラくんは日本支部でも極めてポテンシャルの高い魔法少女で、我々も期待しているのです。彼女のランキングがここしばらくで急上昇しているのは、アシスタントとなった紀伊国さんの尽力あってこそ。御社の商品を彼女に託しても、良い成果を得られると思いますよ】

【渡辺大佐……俺は男です……】

【え? ああ、失礼】


「きゅーう……じゅーっ……う」

[ToughAndTender88:サクラちゃんはっきり分かる圧倒的強さ]


 ごにょごにょしている鈴木さんを渡辺大佐がゴリ押しする形でスポンサー契約が決まった。魔法少女チャンネルのスポンサー契約は地球防衛軍が仲立ちし、スポンサー料の半分を防衛費に充てるよう義務付けられている。だからこその渡辺大佐の同席だった。……俺はもっと広報とか事務方の人が立ち会うかと思っていたので、サクラとほぼ同じ身長と体格の渡辺大佐が現れた時は度肝を抜かれた。ちなみにサクラは未成年なので、契約書類にはご両親が代筆する。


「じゅーいち……ふう、じゅーに……ひぃ……じゅーさん」

[ジム帰りのジョニー:ナオたんすごい汗]

[y12oMK:サクラちゃん頑張れ!]


【あの……よろしいでしょうか】


 サクラのお父さんがおずおずと口を開いた。空手師範だというお父さんはサクラより少しばかり小さいが、それでもバキバキに鍛え上げているのはスーツの上からでもよく分かった。


【スポンサー料の支払い先について、ナオさんにしていただくことは出来ますでしょうか?】

【え?】

【はっ!!!???】


「じゅー……うし、……じゅー……うご……」

[たんぱく質大臣:ナオたんのバービー完遂と、サクラちゃんがアザーズを倒すのは、どちらが早いのか]


【我が家は田舎のしがない空手道場を営んでおりまして、世間にもインターネットにも疎く、チャンネルもどうすればよいのか誰も分からずに放置していたんです。それを盛り立ててくれたのはナオさんですから、何かお礼になるようなことができたらいいと、家内と娘と話し合ったのです】

【いやっそんなっ、命を助けていただいたのは俺ですから!!!】


「じゅーう……ろーく」

[y12oMK:サクラちゃんだろ。弓が音速を超えるとか伝説すぎる]


【何と素晴らしい志だ! どうでしょう、鈴木さん】

【ええ、僕も感動しました、是非ともそうしましょう】

【いやあの待って、ええっサクラ何とか言ってくれ!】

【サクラが言い出しっぺだから】


「じゅーう……なーな」

[PumpIt99:頑張れナオたんもう一息]


【ナオ車壊れたまんまだし、道具も壊れて仕事できてないって言ってたから】

【うおおおおおおおおおい中学生が気ィ遣いすぎだろ当座の貯金くらいあるから!】

【では紀伊国さんはここに直筆で】

【待て、待ってください、お願い待って! ……半額、せめて半額に!!!】


「じゅーう……はぁーちっ……」

[くるみ:二人ともファイト]


 ……結局、スポンサー料の1/2が防衛費、1/4が不二本櫻に、もう1/4が紀伊国直虎に支払われることで契約が締結された。正直ありがたい定期収入だ。チャンネルに充てたスパチャがすべて防衛費となるなら、サクラのアシスタント活動をする時間は俺は無給ということになる。貯金もあるしまだしばらくは平気だが、アザーズ退治がいつ終わるのかなど全く分からない中、ずっとサクラのアシスタントを続けるためには、どうしても解決しなければいけない問題でもあった。


「じゅーう……きゅう……!」


 腕を動かすのも辛い、飛び上がっても一センチも飛べてない、喉の奥がカラカラで痛い。


[PumpIt99:冷静になると魔法少女チャンネルなのに絵面が酷い]

[ToughAndTender88:しかしこのナオ美人である]


 サクラの奴、そこまで気づいてたのかな。

 いや、あいつは単に、義理だとか筋だとか、また武士みたいなことを思いついただけだろう。


「にぃ……じゅう!!! いよっしゃあー!!!」


 俺は叫ぶとジンバルを握ってその場に座り込んだ。途端に全身が燃えるように熱くなり、皮膚という皮膚から汗が吹き出してくる。


「終わりましたァ! よーしカメラ切り替えましょう!」


 俺はスマホと、脇に置いておいたリモコンを操作した。配信画面では畑の激闘を俯瞰のように映していたが、画面が切り上がり、深海魚アザーズとサクラを上から見下ろすような構図になる。二人の頭上には、幅が一メートルを超えるドローンがその場でじっとホバリングしている。


「うっし、ニューカメラも順調!」


 そう、俺はいただいたスポンサー料で、自動追尾つきドローンを購入したのだ! お手軽プライスからハイスペックまで様々な機種が出ているが、それでも五万円以上のものでないとリアルタイム配信は難しいらしい。すぐにでも買いたかったのだが、仕事の穴が埋まり切らず貯金を切り崩すような生活では、なかなか思い切りがつかなかったのだ。


「よーし、サクラ、バービージャンプ終わったぜ!」

[お疲れ]


 ついでに、サクラの道着につけるマイクロマイクを買ったので、サクラが戦闘中も俺と会話できるようになった。


[もう少しで倒せると思う]

「おう、気張って行けよ!」


 サクラが深海魚アザーズの横腹に強烈なパンチを入れる。ドゴォン、ズガン! およそパンチらしからぬ衝撃音もマイクが拾う、コメントがたくさんついてピロピロと鳴る。俺がリモコンを操作してちょいちょい画角を調整しているうちに、サクラの会心の一撃が深海魚アザーズの顔面に決まり、そのコバルトブルーの身体がさらさらと崩れて消え始めた。


「よっしゃー!!!」


 俺は叫ぶ、コメントもラッシュになる、サクラがこっちを向いて手を振っている。アザーズだったコバルトブルーの砂は、踏み散らした畑の上に山のように降り積もり、だが風が吹くたびに消えていく──


 砂山の頂上、砂の中から、何かがのそりと立ち上がった。


[えっ!?]


 サクラの声がスマホ越しに聞こえる。立ち上がったそれはアザーズと同じコバルトブルーをしているが、今までのアザーズとは決定的に違っていた。


 人間と同じ形をしている。


 二本足で立ち、腕をぶらりとさせ、どこもかしこもびちびちのみっちみちに鍛え上げられているのが一目で分かる。だって腕も胸板も太腿も何も身に着けてなくて、嫌でもその体躯が目に入るからだ。


「何だあの黄色いぴちぴちブーメランパンツ……」

[MuscleMage123:追加アザーズ?]

[PumpIt99:セクシーブーメラン]


 そう、そいつは他のアザーズと違って服を着ていた、ブーメランパンツ一丁の姿が服と言えればの話だが。身長も、サクラがおよそ二メートルであることを踏まえると、三メートル以上はありそうだった。俺は慌ててドローンを操作し、立ち上がった人間型アザーズのまわりを旋回させる。背筋もバッキバキで、大殿筋の仕上がりが実に見事で、髪はアルミホイルみたいによく光を反射する銀色だ。


「…………」


 サクラが息を呑むのがマイクから伝わってきた。人間型アザーズはあたりを見回しているだけで何もしようとしない。サクラはコバルトブルーの砂山を駆けあがり、自分よりもかなり大きな人間型アザーズに向かって正拳突きを繰り出した。無駄のない丁寧な軌道の拳が人間型アザーズの腰のあたりにめり込む、ズドンと鈍い衝撃音がする。ど真ん中に決まった、アイツもう終わりだな。俺はそう思ったが、その人間型アザーズはほんの少しよろめいただけで、微動だにしなかった。


「……ん……」


 サクラの顔つきが変わる。


「……破ァッ!!!」


 気合い一閃、恐ろしい蹴りが人間型アザーズの向う脛にキマったが、相手はびくりともしなかった。サクラは唇を噛んでラッシュパンチを浴びせる、人間型アザーズはゆらりと動いて、手で、腹でそれを受ける。アザーズに痛覚があるのかないのか明らかになっていないが、遠くから見ている俺でさえ、あまり打撃が通っていないように見える。


「セイッ!」


 サクラは綺麗な回し蹴りを決めた。人間型アザーズがザァッと音をたてながら青い粒子と化し、零れ落ちて砂山と一体化していく。良かった、倒せた。サクラはゆっくりと足を戻し、しばらく青い砂山をじっと睨んでいたが、やがてため息をついてこちらまで飛んできた。


「お疲れサクラ! 二匹目が出たとか災難だったな! さーお前は後で飲む派だバトルプロテイン!」

「うん」

[Fujimoto.Mama:サクラちゃんお疲れさま。ナオさんも頑張りました。アザーズ二人珍しいね。]

[y12oMK:サクラちゃんお疲れ、今日も素晴らしかったです]


 サクラは俺が差し出したシェイカーを受け取っても、どこか上の空だ。イチゴ味のバトルプロテインを一気に飲み干し、終わりの挨拶をすると、早々と配信を切ってしまった。自分とアザーズの激闘でめちゃくちゃになった畑を見回し、中央で消えつつある砂山を眺め、ゆっくりと瞬きをする。その顔はまだ戦いの最中であるかのように緊張に張り詰めている。


「……どうした、サクラ?」


 俺が声をかけても、サクラは動かない。


「……二匹目のアザーズ、消えた」

「そうだな、お前が倒したから」

「違う」


 サクラは小さく首を振る。


「蹴りが当たる前に、もう、消え始めてた」


 ぽつりと呟いたサクラの道着の上で、長い黒髪がさらりと揺れた。





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