第3話 サクラの武器、ナオの武器 ④ 百発百中の武士道

 翌日、緊急出動要請スクランブルで俺を迎えに来たサクラはいつもと変わらない道着を着ていて、特に何か武器らしいものは持ってなくて、ブシドー・サクラ応援隊Tシャツを着た俺はアパートの前でがっくりうなだれた。


「昨日あんだけ武器の有用性を熱く語っただろうがよお……ちっとは試してみようって気になってくれたんじゃなかったのかよお……」

「でもやっぱり、いつもの型が一番戦いやすいから」

「うす……」


 俺がサクラの背中に乗ると、サクラは軽くジャンプしながら舞宙術で飛び立った。みるみるうちに建物が小さくなって、航空写真くらいの縮尺になる。俺はいつも落ちるのが怖くて肩のあたりの道着を握りしめている。使い込んで柔らかくなった生地は、サクラの逞しい筋肉にぴったり寄り添う相棒みたいだ。


「……サクラはいつから空手やってんの?」

「三歳かな、気が付いた時にはやってた」


 ビョウビョウと空気を切り裂いて飛びながら会話するのも、流石に慣れてきた。


「お父さんが空手の師範なの。お兄ちゃんが三人いるんだけど、みんな空手やってるよ」

「へえー、すごい一家だな」

「そう?」

「みんなサクラみたいにガタイいいの?」

「うん、サクラが一番背が高いけどね」

「へーえ」


 俺はサクラの兄弟とお父さんを想像してみた。みんながチムチマッチョで、身長はサクラほどはないとは言っても、たぶん180cmはあるだろう。道着姿のバキバキに仕上がった男四人が、日本風家屋の前で腕組みをしてずらりと並ぶ──


「その空手の道場、流行ってるだろ」

「うん、お弟子さんたくさんいる」

「だろうな……」

「空手の話するとみんなそう言う」


 背中が揺れたので、サクラが笑ったのが俺にも分かった。


「空手を極めてるから、武器とか使わないんだ?」

「ん-……」


 サクラは道や方角が分かりやすいようにかなり高いところを飛ぶ。高度百メートル以上はあるだろうか、遠くには都心の高層ビル群、富士山はもちろん、日本アルプスなどの山々、それから太平洋側の海も良く見える。


「武器って言っても、どこかで買うわけじゃないし。魔法少女の魔力で作るでしょ」

「……まあなあ」

「魔力が全部で百あったとして、武器を作るのに三十使ったら、戦いは残りの七十でやることになるよね」

「……おう」


 珍しくサクラが長々と話していて、俺は耳に神経を集中させる。


「普通の女の子が魔法少女になったらさ。戦いのやり方なんて分からないし、そもそも力が足りてない。だから、出来るだけ強い武器や魔法の攻撃を作って、それで戦う。それは悪くないと思う」

「……おう」

「でも、サクラは、自分の正拳突きに百の魔力を乗せるのと、三十の魔力で作った使い慣れない武器に七十の魔力を乗せるのは、正拳突きの方が強い気がするの」

「……まあなあ……」


 俺は曖昧に答える。サクラの正拳突きは、大砲かミサイルが打ち込まれたんじゃないかというような猛烈な打撃音がする。アザーズに攻撃を外した場合は、アスファルトやら岩やら建物やら、ウェハースで出来てるのかってくらいボロボロの粉々に粉砕されるのを、俺は何度も見てきた。


「お前のパンチ、人間技じゃねえって思ってたけど、魔力? を、乗せてたんだな」

「そりゃそうだよ」


 またサクラの背中が楽しそうに揺れる。


「いくらサクラでも、強化しないで空手だけじゃ勝てないよ──わっ!?」


 がくんと急降下したかと思うと、俺たちの頭上すれすれを、青い何かが猛烈なスピードで通過していった!


「何だっ!?」

「ナオ黙って舌噛むよ!」


 びゅっ、びしゅっ、と風を鋭く切る音と共に、俺たちのすぐ横をコバルトブルーの物体が飛翔していく。いやこれはサクラがぎりぎりで避けてるんだな!? 身体が左右に揺すられて振り落とされそうだ、俺はサクラの首に直接しがみつく。ちらりと後方を窺うと、ずずぅん、と市街地に何かが落下する音がし、コバルトブルーの砂煙が上がり始めた。


「攻撃かっ!?」

「舌噛む!」


 サクラにはりつきながら俺は必死に前方の様子を窺った。もう横浜のあたりまで来ていたようだ、高いビルもあるし何よりきらびやかな港の風景がすぐ目の前に広がっている。その上空、五月晴れの青空の中に、真っ青な物体が浮いていた。球体にトゲが生えた、いわゆるウニみたいな形だ。そのウニアザーズからまだ相当距離があるってのに、俺たちめがけてトゲを発射してきていたらしい。問題はそのトゲ一本一本が恐ろしく早くて、しかも電信柱くらいの太さがあるってことだ!


「……くっ……」


 サクラは俺を背負ったまま空中で避け続ける。避けつつウニアザーズを睨みながら後退していくと、その攻撃がぴたりとやんだ。


「と、止まった?」

「そうみたい」


 頷いたサクラは一回だけ深呼吸する。俺をひょいと背負い直すと、再び前に向かって飛び──また特大トゲの一斉射撃を食らって、慌てて後退した。


「……アレだな、射程距離内に入ると攻撃してくるってやつだな」

「みたいだね。……どうしよう」

「さすがに俺おんぶのままは戦えねえだろ。どこでもいいから降ろせ、真っ直ぐ下りれば平気だろ」

「うん」


 サクラはそのまま垂直降下し、何でもない市街地に降り立った。俺が降りてリュックを背負い直したのを確認すると、珍しく不安そうな顔をしている。


「どうしたサクラ?」

「……ナオ、無理に配信とかしないで帰った方がいい。急に飛んで来たら避けられないよ」

「大丈夫だって、うまいことやるから」

「でも……」

「そんなに心配なら、さっき見えてたあの公園のとこまで一緒に来てくれよ。そこなら木とか多いから隠れやすいだろうし、サクラも戦いながら方角が分かりやすいだろ」

「……そっか」


 サクラはようやく納得した。ウニアザーズを物陰から観察していると、ウニの球体部分にいくつか眼球らしきものがついていて、それが開いたり閉じたりしているようだ。すなわち俺たちがいる方向の目が閉じていれば、その瞬間は移動できるってことだ。俺たちはだるまさんが転んだの要領でウニアザーズの目を盗んでさかさかと移動し、ようやっと海辺の公園までやって来た。


「よし、サクラもう行け、配信はいいから」

「えっ、挨拶はいいの?」

「もう戦い始めてんだ、そんなの俺がやっとくよ。それにその方が臨場感も出るしな」

「……うん」


 俺が太い木の一本を見繕ってさっと隠れたのを見て、サクラはようやく面差しを引き締め、しゅばっと舞宙術で飛び立った。俺はちょうどスマホをジンバルにセットしていたところでせっかくのイケメンサクラの撮影チャンスを逃したが、それを悔しがる暇もない。


「みなさんこんにちは、ブシドー・サクラのチャンネルです! 今日は配信準備をする前に戦闘が開始してしまいまして、アラサー男の魅力満載な俺様、アシスタントのナオの実況でお送りします!」


 最初のアナウンスだけ俺を映し、すぐに背面カメラに切り替えた。サクラが空高く飛び上がりウニアザーズと対峙している。アザーズとサクラの距離は五百メートルくらいか?


「ご覧いただけますでしょうか、恐ろしいアザーズの姿! ウニみたいな形で空中に浮かんでいて、俺たちが近づくと先制攻撃を仕掛けてきました──あの青いウニのトゲみたいなのが、一本一本が電信柱くらい太くてですね! もう俺死んだかと思いましたね!」


 サクラは舞宙術であたりを飛び回りながら近づこうとするが、ウニアザーズの一斉射撃がすさまじく、避けながらではなかなか近づけない。後ろへ退かずに横へ横へと逃げていると、結果としてウニアザーズの周りをぐるぐる回ることになる。


[y12oMK:今日は手品はなし?]

「おっワイワンツーさん今日もリアタイ視聴コメントあざっす! 今日はちょっと準備する時間がなかったですね、何せもう飛んでるところを狙い撃ちされて、慌てて降りたところだったんで! うおっサクラ無理するなよー!!!」


 サクラはウニのトゲを殴り飛ばしながら直線に飛ぶ方法に出た! しかし数が多すぎてやがて失速し、空中に留まってトゲを殴り飛ばすのが精一杯だ。


[ジム帰りのジョニー:ナオたんも一緒に飛んでたの?]

「ジョニーさん、そうですね、それが一番早いんで! あと俺は男です!」


[PumpIt99:なんであの速さで飛べるんだ……魔法少女の中でも最速だろ]

「パンプルト99さんあざっす! サクラのポテンシャルヤバイッすよね!」


 俺は身体を木に隠しつつ、ジンバルだけ操作してサクラの戦闘の様子を映す。来たコメントに返事をするので忙しいが戦況はかわらず、サクラはアザーズに近付けない状況が続いた。焦りと不安が俺の肩にそっと手をかけているみたいだ、見上げるしかできない俺はぎりりと歯を食いしばる。ちくしょう、サクラ、同じ手ばかり繰り返すんじゃだめだ!


「サクラ! そいつに空手は無理だ!」


 サクラは空中で俺の方を向いた。その瞬間ウニアザーズからトゲが俺に向かって発射される! 俺は慌ててしゃがむ、トゲは真正面から木を貫いて俺は這いつくばって逃げる、トゲが刺したのはさっきまで俺の頭があったあたりだ。


「……っぶねえ!!!」


 スマホがピロンピロンと鳴りコメントラッシュを告げている、どうせ危ないとか危機一髪とかそういう奴だ、俺は海側から離れて奥の方の木の影にもう一度隠れた。サクラが慌ててこちらに戻って来るのが見える。


「ナオ! 大丈夫!?」

「大丈夫だ!」


 サクラは木のない芝生エリアの上空あたりで、飛来する極大トゲをばっこんばっこん払いながらキョロキョロとして──俺が木陰からジンバルを出して手を振って見せると、ようやっとほっとしたように笑い、それから上空を睨んだ。


「サクラ待て待て待て! あの攻撃に空手は不利すぎるって!」


 俺は慌てて叫ぶ、飛んでいこうとしていたサクラがちらりと俺の方を見る。


「サクラ、武器を作れ! 弓でも銃でも何でもいいから遠距離攻撃できるやつだ!」

「でも、やったことない!」

「やってみろ、お前ならできる! 魔法の武器ならお前の思う通りに作れる!」

「ほんと!?」

「おうとも!」


 ……ホントかどうかは知らないけど、今はそう言わないといけないよな。


「アニメでも漫画でもなんでもいい、最強スナイパーを思い浮かべてそいつになりきるつもりでやれ!」

「最強スナイパー……」

「百発百中の弓でもショットガンでも、お前なら作れるはずだ!」

「弓……」


 ウニアザーズを睨み続けていたサクラの瞳が、はっと見開かれた。


「分かった、ナオ……やってみる!」

「おう!」


 パァンッ!!!


 サクラは空中で柏手を打った、その瞬間サクラの筋肉という筋肉が太陽のように眩く発光する!


「うおおおおサクラぁああ!!!!」

[IronPalm194:なんだなんだ]

[旅するマッスル:第二形態に進化?]

[PumpIt99:超ヤサイ人だろ]

[ジム帰りのジョニー:ナオたん応援アツい]


 その光はサクラをすっぽりと覆い、スマホカメラをホワイトアウトさせ、俺自身もあまりの眩しさに直視できなくなった。ウニアザーズの攻撃も途切れている、突然の変化に怯んでいるのかもしれない。これは変身か、変身バンクなのか! サクラもとうとう変身を! ようやく魔法少女らしくなってきたじゃねえか! 光はきらきらした粒子となって竜巻のようにサクラの周りを旋回し、ゆっくりと地面に降りていく。光が薄れると、道着ではない衣服に身を包んだサクラが──いや四本足が、パカラッと公園の芝生に降り立った。


「さっ……サクラッ……!?」


 堂々たる黒馬につけられた、無骨な手綱。

 威風堂々と騎乗する──立派な鎧を着た、若武者。若武者としか言いようがない。鎧装束は立派なのに、頭は兜ではなくて黒い長い烏帽子をかぶっており、いかにも古めかしい出で立ちだ。あれは何かで見た、随分前の大河ドラマかなんかで見た、たしか源義経が主人公だけど、義経じゃなくて源平合戦のすごい有名なシーン──


[正拳突きFan:なんて立派な唐綾縅からあやおどし大鎧おおよろい!]

「さっ、サクラ、お前……!」


 サクラは手甲をつけた手に持つ大きな大きな弓を掲げ、にこりと笑って見せる。


「那須のっ……与一ぃぃぃぃいいいいいいいいっ!!!???」


 サクラが手綱を強く引くと、パカラッパカラッと黒馬が公園を走り出した!


[y12oMK:那須与一!]

[KaijuKicker24:まさかの那須与一]

[OnigiriSniper:空手家が流鏑馬やぶさめになった……って那須与一!]

[たんぱく質大臣:これは絶対射撃待ったなし]


 サクラと黒馬は走る、ウニアザーズのトゲがそれを追うが、黒馬は間一髪避けられている、黒馬すげえ! サクラが矢筒から矢を取り出して弓につがえて構えた、サクラの澄んだ瞳が、集中力を湛えてきらりと光る、きりきりと弦が引き締まる音が俺のところまで聞こえてきそうだ。引き締まる、引き締まる、あたりの空気すらもピンと張りつめていく……。


 キュボッ!!!!! ドドンッ!!!!!


 弓の発射音とは思えない音、耳が痛くなるほどの爆風、弓がレーザーのようにまっすぐに飛んでウニアザーズの中心を見事に射抜く!


「ひいふっとぞ……」


 固唾をのむ沈黙、ウニアザーズはがたがたと振動し──花火のように爆散した!


 ドォォォォオオオンッ!!!!!


「射切ったるううううううっ!!!!!」


 俺は全身が震えて叫ばずにいられなかった、サクラてめえやりやがったコンチクショウ! 空が爆散したウニアザーズの破片でコバルトブルーに覆われ、それからじわじわと消えていく。サクラが弓をゆっくりと降ろして胸元で小さくガッツポーズしているのを、俺の配信カメラがちゃんと捉える。


「いよっしゃあああああサクラぁぁぁあああああ!!!!!!」

[KendoHustler:ひいふっとぞ射切ったる!]

[ToughAndTender88:今音速超えてた、ソニックブーム]

[MuscleMage123:アザーズまで何メートルあった!?]


 サクラと黒馬が、落ち着いた様子で俺の方に歩いてきた、かっぽかっぽとゆったりとした蹄の音、海風に煽られてサクラの黒髪が靡く。ああ、いい顔してるなこいつ。まさしく勝利した武士もののふの顔だ、那須与一もこんな顔してたんだろうな。


「サクラ! やったじゃねえか、すげえぞ!」


 俺の傍までやって来たサクラは、ひらりと馬を降りてその鼻面をぽんぽんと叩いてやった。馬は嬉しそうにサクラに額をすり寄せ、その姿が光の粒子となって消えていく。サクラの武者装束も同じように消え、もとの道着を着たサクラだけが俺の前に立っていた。何てカッコいいんだ、俺の魔法少女は。無理とか言ってたくせに、平然と、何事もなかったみたいに、あっさり倒しちまったじゃねえか!


「ナオ」

「お前、初めての武器錬成で、すげえじゃねえか、那須与一とか!!! 試験勉強でやってるって言ってたもんな!!! まさかのチョイスでほんとびっくりしたよ、もっと魔法少女っぽいチョイスかと思ってたからさ、俺、ほら、アレだ」

「……何で泣いてるの?」

「泣いてねえッ!!!!!!!」


 ……俺がいつの間にかぐっしゃぐしゃのべっしょべしょになってしまった顔で怒鳴ると、サクラはニコニコと笑ったのだった。


[カラフル大福:ナオたん感動して泣いちゃった!]

[MatchaLatteFan:ナオ可愛いよナオ泣いちゃうナオ]

[KendoHustler:サクラちゃんマジ武士すぎて俺もちびった]

[SumoSamurai24:ひいふっとぞ射切ったる!!!]

[y12oMK:学業も頑張っていて素晴らしいです]

[KaijuKicker24:ナオたん涙拭いてお顔見せて]

[Fujimoto.Mama:サクラちゃん、弓も上手でした! テストも頑張ってね。]

[NekoPunch83:音速を超える流鏑馬とか歴史に残る名シーン]


 その時のコメントの嵐はもう二度と見たくない。鼻の奥がいつまでもツンと痛くて、何もかもハマカゼのせいということにした。






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