第3話 サクラの武器、ナオの武器 ③ 手品師の工夫

 「ブシドー・サクラのチャンネル」は少しずつ世間に認知されたようで、配信当日でなくてもPVやフォローが増えたりコメントが来るようになった。……大体は未だにバズっているショート動画「ヒーローとヒロイン」から飛んできた野郎どもで、俺は無視を決め込むことにした。俺は俺の本分たる手品でチャンネルに貢献するって決めたんだ、外野がギャーギャーうるさくとも動かざること山の如しだ。


「……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛うっっっっせえな! コメント通知がうざいって思う日が来るとは思わなかったわ!!!!!」


 例によって作戦会議の土曜日、俺がいつものキッチンでイライラとスマホを爆速タップすると、今日はテレビ通話中のサクラが画面の中でニコニコと笑う。


[みんなナオのこと大好きだね]

「ちげえし! こんなおっさんイジッて何が楽しいんだか!」

[ナオは可愛いと思うよ?]

「ハァ!? サクラてめえ何言ってんだ、いくらサクラでも言っていいことと悪いことがあるぞ!?」

[サクラは嘘つかないよ]

「あーうっせーうっせー! はいはいそーですか俺が可愛かろうとオッサンだろうとそこは問題じゃねんですよ!」

[ふーん]


 気のない返事をしたサクラは、学校で試験前なので家で勉強したいらしい。試験勉強! ずいぶん久しぶりにその言葉を聞いてアラサーのオッサンはえもいわれぬノスタルジックに浸ったが、腹立つコメントに悶絶しているうちにエモの余韻は消えた。俺は盛大にため息をつき、諦めてスマホの画面を下にしてテーブルの上に置いた。通知が気になるなら物理的に見ないに限る。


「……さて、勉強進んでるのか、サクラ」

[うん、今は古文]


 サクラはこちらを見たり、手許を見たりと忙しい。


「古文か、懐かしいな。何のとこ?」

[えーとこれ……あ、平家物語だ。那須与一]

「あーあれか! 弓でなんか的を射るやつ!」

[そう、それ。古文って言葉が分かるようで分からないけど、物語としては面白いね。揺れる的を遠くから射るとか、那須与一天才。どうして歴史の教科書の方に那須与一は出て来ないんだろう]

[確かにな。……さて、サクラ]


 上機嫌なサクラをじって見て、俺は雑談を切り上げて面差しを正した。


「応援Tシャツもできたことだし、サクラの衣装もそろそろ手をつけてもいいかと思うんだよ」

[えー……道着でいいよ。小細工はしない]


 画面の向こうはサクラの自室とのことだが、後ろは白っぽい壁だけ、画面左側から陽の光が差していることくらいしか分からない。


「いや、小細工じゃなくてな、演出だよ、演出」

[うーん……]


 サクラは唸る。唸るその手にはタッチペンが握られている。タブレットか何かで試験勉強しているのだろう。


「……サクラさあ、この前のアザーズ、かなり硬かったんだろ?」

[クモみたいな奴?]

「そう、そいつ。殴った時の音がいつもと違ったよな?」

[うん、硬かった。なかなか攻撃が通らなくて何回も殴ったよ]

「だよな」


 頷いたサクラを見て俺も頷き返し、手許に道具を引き寄せ、トランプを取る。


「それでもサクラは拳で勝った。それは素直にすごいと思うよ」

[……急に何?]

「お前は強い、サクラ、本当に」


 サクラが顔をしかめたが俺は構わずに続け、手に取ったトランプカードをパラパラとシャッフルした。


「だけどさ、お前があの時」


 俺は手の中のカードの一枚を弾いて飛ばす。カードはしゅるると回転しながら飛んでいって、壁に当たるギリギリを旋回して俺の手許に戻ってきた。


[……えっ?]

「例えばハンマーなりノコギリなり、なんか硬いものをどうにか出来そうな道具をさ]


 俺は何食わぬ顔でもう一枚カードを飛ばした。カードはまたしてもブーメランのように俺のところに戻ってくる。


「武器として持ってたら、もう少し楽に勝てたと思わないか?」

[ナオ何してるの?]

「まあ見てろって」


 俺は更にカードを飛ばす。俺の狙い通りそのカードは今度は旋回せずに真っ直ぐに飛ぶ。ちょうどサクラからは画面の中央から端の奥を目指して遠ざかるように見えているだろう。カードはシンクの上の棚のあたりに当たり、こん、と乾いた音を立てて下に落ちた。


「ほい、エンチャントぉ」


 俺の手の上に乗ったチャッピーが、いい具合にくるっぽーと鳴いた。


[えっチャッピーちゃん!? 何で!?]


 カードを注視していたサクラからは、画面にいきなり鳩野郎が現れたように見えただろう。


[ナオすごい! 何で!?]

「ま、今のはサクラがカードを見てる隙に、画面の外にいたチャッピーを掴んで持ってきただけだけどな。手品なんて大体こんなもんさ。相手の注意を引き付けて、見えないところでなんかやる。タネもしかけも秘密のポッケも大ありだが、それを魔法みたいに見せるのが手品師の腕ってもんだ」

[へえー……チャッピーちゃーん]


 サクラは呆然とした顔のままチャッピーに向かって手を振った。俺がチャッピーを指先に止まらせて羽ばたかせてやると、わあ、と歓声が上がる。しばらくぱたぱたさせてやって、サクラもひとしきり喜んだ後、チャッピーを隣のリビングのケージに戻してきた。こいつずっといるとそこかしこが羽だらけになるんだ。


「……な、サクラ。道具を使うと、効率が良くなったり、相手の隙を作れたりするんだよ」


 椅子に座ながらそう言うと、サクラは画面越しに俺の顔をじっと見ている。俺は視線に気付かないそぶりでテーブルの上で手を組み、それをじっと見る。


「いきなりアリサみたいなプリティ路線にならなくてもいいよ。でも戦いが本分っていうなら、その戦いをよりよくする工夫は積極的に取り入れるべきなんじゃないか?」


 俺が顔を上げると、サクラもまだ俺のことをじっと見ていた。


[……確かに、そうかも]

「だろ。ちょっとずつ考えてみようぜ。お前はランキング一位の魔法少女になれるぞサクラ!」

[……うん]

「衣装だってな、戦闘中に状況に応じて魔法で変えるってのはどうだ? 敵に合わせた防具を変えるようなもんで、とりあえずこの動画を……」


 サクラは嫌な顔をすることなく俺の話に耳を傾けていた。俺はプレゼンの手応えを感じて、心の中でガッツポーズを決めたのだった。





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