第2話 初めてのフレーム☆イン ④ トラブる☆バズる
y12oMKにお礼を言う機会はすぐやって来た。プロテインシュークリームを食べ終えた頃にサクラのスマホがけたたましく鳴り、
「ブシドー・サクラです。わいわんつーおーえむけーさん、前回の配信でコメントをいただきありがとうございました」
配信が始まるや否や、サクラははち切れそうな筋肉を押し込めるようにして直角のお辞儀をびしりと決めて見せた。
「今日もアザーズを倒します」
顔を上げた前回と同じように淡々と言うと、舞宙術でアザーズめがけて飛んでいった。黒髪が軌跡のように後ろに弧を描いてたなびいている様子が上手く撮れた。飛翔するサクラを追いかけてジンバル自撮り棒を動かすと、うまい具合に安定しながらすべてフレームインさせられている。よしよし、うまくいってるぞ。サクラの第一撃がひしゃげガエルを狙い撃つ!
ドォン!
「サクラー! 頑張れー!」
俺は叫びながら内野席を右に左に移動する。前回の市民公園の見晴し台みたいなのがそうそう都合よくあるわけでない。金をかけて自動追尾ドローンやらを揃えるのもいいが、まずは手持ちで工夫してみるのが俺の手品のスタンスだ。高くて手が届かない手品アイテムを自作するなんてザラだし、自分のチャンネルの配信だってそうやって工夫してなんとか収益化まで行った。出来ることを出来るところからやる、ぐだぐだ言う前にまずはやってみる。それが俺の信条だ。
ズドォン!!!
アザーズは図体が大きいので広い場所に出現しやすいらしい。今回の野球場も、サクラはフィールドで戦い、俺は内野席を行ったり来たりしているうちにあっという間に決着がついた。今回はサクラの見事なドロップキックでK.O.だ。コバルトブルーの粘土細工が致命的一撃で千切れるくらいにひしゃげ、そのまま青い煙になって消えていく。ほっと胸を撫で下ろした頃、配信にコメントが付いた通知が来た──y12oMKだ!
[y12oMK:アシスタントが付いたんですね。応援しています]
[Fujimoto.Mama:サクラちゃん、今日も地球のためにありがとう。よく頑張りました]
コメント二つ目きた!!!??? と思ってユーザー名を見たらお母さんだった。うん、この際ママでもクラスメイトでも何でもいい、コメントがあるという事実がありがたい! スマホは完全にアザーズが消えて、道着の襟を直しているサクラの背中を映している。
「サクラお疲れ! コメントきてるよ!」
敢えて、俺の手が少しだけ映るようにして手を振る。ブシドー・サクラを応援している人がいる、それを印象付けるのも大事だ。サクラはこちらを振り返るとシュッと飛び上がり、俺の横にシュタッと降り立った。
「わいわんつーさんと、あとこれお母さんだっけ」
「……ほんとだ。ありがとうございます、頑張ります」
俺がコメント欄を見せると、サクラはまたしても深々とお辞儀をする。俺はその頭めがけて、配信画面の外からラメ吹雪をぱっと撒いたのだった。
* * * * *
初めてお礼コメントをした配信は最終的にPV100を超えた。俺のアパートまでおんぶで送ってもらってすぐに確認し、俺は路上でガッツポーズをキメる。後から見てくれたらしい人が「ドロップキックとかヤバイ」とコメントをくれていた。
「よっしゃあ三桁! コメントも増えた!」
「……すごいことなの?」
「すごいよ、メッチャすごい! 俺がそこまで行くのにどんだけ苦労したことか!!!」
「そうなんだ」
「いろいろやったんだぜ、ネタばらしギリギリのとこ攻めたり、チャッピー出したりして」
「ふーん」
サクラは分かってるんだか分かってないんだか、首を傾げながら家に帰って行った。
それからしばらくは、戦闘リアル配信の最初と最後にサクラがコメントをくれたユーザー名を呼び、あの直角お辞儀をしながらお礼を言うスタイルが続いた。y12oMKさんはほぼ必ずリアルタイムでコメントしてくれるようになり、戦闘終わりにはお母さんのコメントが良く入る。他は通りすがりの人ばかりの印象で、どれもこれもサクラの戦闘スタイルに驚いているようだ。
[IronPalm194:サクラちゃん魔法少女っていうより空手家だよね]
「魔法少女です。空手も習っています」
[正拳突きFan:なんて綺麗な正拳突き]
「ありがとうございます」
[KarateAdmire123:年齢的にジュニアの黒帯だよね? それでこの実力]
「十五歳になったので昇級試験を受けるつもりです」
[Fujimoto.Mama:サクラちゃん、よく頑張りました。強くてかっこいいね]
「ありがとう」
[ジム帰りのジョニー:サクラちゃん身長何センチ?]
「195cmです」
[旅するマッスル:空手五段の人がやってるって言われても納得しかない]
「ありがとうございます」
一つの戦闘配信に、y12oMKさん以外のコメントが付くのは一人か二人だ。それとサクラのお母さん。お母さんがサクラちゃんと書くせいなのか、他のユーザーもなんとなくサクラちゃんと書くようだ。
「なんていうか……魔法少女ファンっていうより、筋肉とか空手とかそういう系の人のコメントばっかりだなあ……」
「良くないの?」
毎週土曜に俺のアパートで開催することになった作戦会議で、首を傾げたサクラに俺は首を振る。おかげで金曜日に掃除するのが習慣になり、家が心なしか綺麗になった。相変わらずサクラは道着でやってきて、お母さんお手製のプロテインスイーツをお土産に持ってくる。今日はプロテインプリンだ。
「いや……悪くはないよ。コメントないより全然いい。でも肝心の魔法少女界隈に全然響いてないってことだから」
「魔法少女界隈?」
「魔法少女が配信するのって、結局のところ防衛スパチャのためだろ? 税金だけじゃ足りない防衛費を、スパチャで補って復旧費用とかに充てるっていう。そういうのを出したい人に届くようにするのが、魔法少女チャンネルの目的だと思うんだよ」
「ふうん」
キッチンのテレビに映したブシドー・サクラのチャンネルを見ながら、サクラは気のない返事だ。俺ももういちいちやっかまずに液タブリモコンを操作し、今までの配信のサムネイルを眺める。俺が撮影するようになってからはサムネイルにちゃんとサクラが映るようになったのが密かに嬉しい。
「もうちょっとそのあたりにグイグイアピールできるように、衣装とか武器とか、そういうのを考えてみようか」
「え……道着じゃダメ?」
未だかつてないくらい嫌そうな顔だ……。俺は苦笑いしながら頭の後ろで腕を組む。
「ダメっていうか……魔法少女らしくないじゃん? アリサとか見てみなよ。サクラも女の子だし、可愛い服着てもいいと思うよ?」
「アリサちゃんとは戦闘スタイルが違うから。空手でスカートがふわっとしてたら邪魔だよ」
口調は淡々としているが物凄く嫌そうだ……。
「それはそうなんだけどさーあ……」
ビビビビビ、ビビビビビ、ビビビビビビ!!!
俺のいつもの反論を、サクラのスマホの
「なあサクラ、いつも道着なのって、急な
「え!? なに聞こえない!」
「あーもう!」
俺はサクラの首筋にしがみついて、その耳元で怒鳴る。
「いつも道着なのって、すぐ出動できるようになのか!?」
「……考えてなかったけど、確かに便利!」
「……あっそう!」
くそっ、勝手にちょっと感動してたから損した! 俺がサクラの背中にしがみついて脳内でじたばたしているうちに、今日の現場に着いた。上空から現状を確認すると、ターミナル駅のロータリーのど真ん中に、青の半透明のゼリーのような物体がでんと鎮座している。子供が好きなスライムのおもちゃとか、わらび餅とか、あんな感じの固さと透け感だ。コバルトブルー色の煙がスライムの端からもくもくと上がっていて、奴らの腐食が始まっているのが見て取れた。
「うおお……透けるタイプもあるんだなアザーズ」
「うん。サクラも実物は始めて見た」
「とりあえずあのビルの屋上に頼む」
俺はロータリーのすぐ隣のあまり高くないビルの屋上に降ろしてもらい、ちゃっちゃか配信の準備をした。サクラはビルの端に腕組みをして立って、ロータリーを埋め尽くさんばかりのぶよぶよアザーズをじっと観察している。その横顔がいつもより険しいように見えるのは、俺の気のせいだろうか?
「サクラ……大丈夫か? 初めてのタイプの奴……」
「大丈夫、サクラは戦うだけだから」
サクラは目線だけこちらに向けると、少しだけ笑ったようだった。あまりにイケメンな所作すぎて俺はギョッとし、隠し撮りしておけばよかったな、などと考える。
「早く始めよう」
「……おう」
スマホのスイッチを押すと、いつものように配信が始まった。サクラは淡々と挨拶をし、コメントのお礼を述べると、ぶよぶよのど真ん中めがけて真っ直ぐに飛んでいった。
「セィヤッ!!!」
ズバァッ!!!
体重を乗せて気合いと共に繰り出された正拳は、みるみるうちにぶよぶよのど真ん中に沈み込んでいく! アザーズの表面が激しく波打ち、中央部分はロータリーの地面部分にまで達する。そこからすり鉢状にぶよぶよが避けた状態になるが、すぐにぶるぶると震えながら中央に向かって動き始めた。あれに埋まったらヤバくないか!? えーと魔法少女はアザーズに溶かされないにしても、なんか息とかできなくなるんじゃないか!?
「サクラ、逃げろ!」
俺が叫ぶよりも早くサクラは空中に飛び上がった。
「大丈夫か!?」
「平気!」
サクラはあたりを旋回してもう一度飛び込み、今度は蹴りをお見舞いした。見事にヒットしてぶよぶよアザーズはべしゃりと形を変えるが、またしても元に戻ろうとする。二度、三度、サクラが攻撃の種類を変えても結果は同じだ。サクラは空中で首を傾げて考えている、アザーズは表面を波打たせて不気味に蠢いている。サクラが空中で拳を握り締めると、手のひらのあたりがまるで太陽みたいに眩しい光を放ちだした。あんなの見たことないぞ!?
「おいサクラなんだそれ! そんな技使えたのか!?」
「使えた」
ぼそりと呟きながら、サクラは急降下する、ぶよぶよアザーズの分厚い当たりを殴る、というよりはもはや全身で突っ込む! ズババババ、と水をぶちまけるような音がして、カッとサクラの全身が光った──その瞬間、ぶよぶよアザーズの全身が大きく震えたかと思うと、青い巨大なぶよぶよが一気に爆散した!
「うわあっ!?」
ぶよぶよの破片は俺めがけても飛んできた! 俺は咄嗟に横に飛び退いて、間一髪のところで触れずに済んだ。そうだ、俺みたいな一般人はこいつらに触ったらあっという間に溶けちまうんだ! 現に屋上に張り付いたぶよぶよから青い煙が上がっている、サクラは大丈夫なのか!? 俺がロータリーの方に視線をやった瞬間、視界も一緒にぐらりと傾いた。
「なっ……!?」
屋上がそのまま、ロータリーの方に傾いていく! ロータリーの地面が迫る、ぶよぶよが迫る、逃げようとしても足場が垂直になってどうしようもない! 俺はぶよぶよのないところを狙って何とかジャンプしたが、うまく着地出来なくて背中をしこたま打ち付けた。
「あぐっ……」
目から火花が出る、何も見えない、何がどうなった? すぐそばでぐじゅぐじゅと音がする、これがあのぶよぶよの音ならすぐに逃げないと……でも身体が動かない!
「ナオッ!!!???」
サクラの声がして身体がふわりと浮かび上がった。急な上昇に内臓がふわっとして気持ち悪い、だがその感覚が俺を現実に引き戻していく。
「大丈夫!?」
「……サクラ……」
「ここにいて!」
サクラは俺をさっきよりも随分離れたビルの屋上に置いていった。舞宙術で戻った先、ロータリーであのぶよぶよと奮闘している。サクラ、あんな奴と戦ってるのに、俺のことも見てて助けてくれたのか……。何が配信を手伝うだ。俺はまるっきりお荷物じゃないか。
「サクラ……頑張れ、サクラ……!」
俺はジンバル自撮り棒を握り締め、めいっぱい叫ぶしかできない。サクラはぶよぶよの中央部分を執拗に狙って攻撃しているようだ。遠くから見ると、中央のあたりはコバルトブルー色が濃い部分がある。サクラが攻撃するたびに少しずつ濃い部分が露出していき、とうとういつものアザーズのような固そうな部分がむき出しになった。
「うおおおおおおおおっ!!!!!」
「サクラいっけえええええええ!!!!!」
サクラの正拳がアザーズに炸裂する! ズドォン!!! 耳を貫くような音と共に、アザーズの表面に亀裂が走る。中から眩しい光が漏れだした、ああ、これでもう大丈夫だ。アザーズの色の濃いところは砂の城が崩れるみたいにもろもろと崩れ、コバルトブルーの煙となる。ブヨブヨの部分はフライパンの水分が沸騰して蒸発するように、端の方から泡になって消えていく。
「やったー! サクラやったぞー!!!」
俺が力の限り叫んで手を振ると、珍しくサクラが俺の方を向いて手を振り返してきた。その顔は得意満面の笑顔であまりにもイケメンだ。俺はニヤニヤしながらちゃんとその顔に寄せてズームする。見ろ、世間の魔法少女ファンども! サクラはこんなにイケメンなんだぞ! ぴろんぴろんとコメントが付いた着信音がしたのでスマホを見る。
[KarateAdmire123:なにこれサクラちゃんイケメンすぎる]
[PumpIt99:アシスタントの子、女の子だったんだ。ナオちゃん]
[たんぱく質大臣:これはサクラちゃんに惚れる待ったなし]
[y12oMK:さすが魔法少女、お疲れ様です]
[ジム帰りのジョニー:イケメンマッスル魔法少女とアシスタントのお友達の美少女とか滾るしかない]
「…………ハァ!!!???」
未だかつてないコメントの数と内容に思わず全力のハァが出た。
「いやいやいや……いやいやいやいや! いや、あの、俺は男ですから! チビで童顔ですけど男ですからね!?」
日頃はコメントしないようにしているが、ここは全力で言わざるを得ない! 俺が怒鳴った直後、またぴろんぴろんとコメントが返ってくる。
[正拳突きFan:俺っていうタイプの子だった]
[ジム帰りのジョニー:ナオ可愛いよナオ]
[Fujimoto.Mama:ナオさん無事で良かった。サクラちゃんカッコよかったね。お疲れ様]
[IronPalm194:ナオたんもう一回サクラちゃんに抱っこしてもらって]
「うぅぅぅるぅぅぅぅぅせぇぇぇぇえぇぇぇえええええええっ!!!!!」
舞宙術で飛んで戻って来たサクラが、絶叫する俺を見て不思議そうに首を傾げていた。
……この戦闘リアル配信動画は、その日のうちにPV2000を超えてプチバズった。
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