第2話 初めてのフレーム☆イン ③ 真心を、ファンに

 岩みたいなアザーズとの戦闘の配信は、当日と翌日でじわじわ伸びで最終的に70PVほどになった。丁度翌日が土曜日で学校が休みだと言うので、サクラも一緒に俺の家で作戦会議をすることにした。……女子中学生を自宅に呼ぶのはもしかして事案ではと一瞬頭をよぎったが、ご両親に確認していただいたところ、何も問題ないとのことだった。うん、俺も俺がサクラをどうにかできるイメージは一切ないな! そんな事したら一瞬でゴミムシのように捻り潰されるか叩き潰されるかして終わりだな!


 土曜の午前、サクラはお母さんお手製のシュークリームを持たされて、いつもの道着を着て空を飛んでやってきた。「……何で道着?」と聞くと、サクラは「朝稽古してそのまま来たから」と答えた。……俺は朝稽古してそうなガタイだもんな、とは言わずに「そっか」とだけ答えた。サクラの私服はどんなの着るんだろうと思っていたので、少し拍子抜けしたと言えばそうかもしれない。


「へえ、シュークリーム手作り? お母さんすごいね」

「でしょ。特製プロテインカスタード入りだよ」

「へえー」


 俺は最大限の愛想笑いをしながらシュークリームを受け取った。プロテインシュークリームとか今生で初めて聞いたわ! 突っ込まないので精一杯だよ!


 神奈川の各駅しか止まらない街の、築三十年の1DK。お家賃まさかの五万五千円。二十年前のお値段です……なんて知人に言うと爆笑されるが、サクラにそう言っても首を傾げられただけだった。値段の相場もネットミームと化した昔の商売も、現役中学生にゃ通じないよな。久々の来客、それも女子学生なんてこの家に住んで以来初のことだ。昨日は手品のネタがキッチンまで侵蝕してきていたのをきっちり片付けて、水回りもしっかりばっちり掃除しておいた。サクラは「お邪魔します」と言いながら入り、年季の入ったスニーカーをきちんと揃えていた。俺が脱ぎ散らかした靴もついでに揃えられてちょっとバツが悪かった。


「やっぱ魔法少女はプラットホームからして違うから、見てる人は見てるんだな~」


 いただいたシュークリームを早速出して、俺が用意しておいたグレープソーダをマグカップに注いで、キッチンテーブルに置いたテレビでサクラのチャンネルを確認する。サクラはテレビ画面をしげしげ眺めてはいるが、うんとかすんとか相槌くらいしか喋ってくれないので、結果として俺のワンマンラジオみたいになっている。チャッピーは隣の部屋でくるっぽしているが、引戸を閉めているのでその声は聞こえてこない。


「最終的にPV70。フレームインしただけでこの数字はすごいと思う。ハト出し失敗したのが本当悔やまれる……」


 今まで動画ひとつあたりのPVが5から15程度だったことを考えるとなかなかの快挙だろう。コメントは結局[まともに戦ってる配信、初めて見た]しか来なかった。サクラチャンネルを登録している三人のうち、お母さんとクラスメイトを除いた最後の一人がこの人だった。アカウント名はy12oMK。


「わいいちにーおーえむけー……なんて読むんだろうな。ちょっと検索してみるか」


 俺が液タブリモコンを操作するのを、サクラはしげしげと眺めている。


「うーんなにもヒットしないな。自チャンネルもないし……視聴専用のアカウントなんだろうな。こういう古参のファンを大事にするのが大事なんだよ、配信中に名前呼んだりとか。とりあえず次の配信でサクラがこの人にお礼を言って、固定ファンになってもらえるように育てていこう」

「……そういうものなの?」

「うん、ほら」


 サクラが首を傾げたので、俺は昨日のうちに調べておいたアリサ・ピュアハートのチャンネルを表示した。アイドル顔負けのキメ顔写真のトップ画像に、パステルカラーだが読みやすい文字のサムネイルがずらりと並ぶ。俺はその中から「アリサのサンクス配信」を選んで再生する。


[世界をカワイイで守っちゃう! みんなにとびきりのスマイルを、アリサ・ピュアハートです!]


 金髪に赤い服のアリサ・ピュアハート、写真よりもさらにキメキメの笑顔のどアップから始まった。もちろん何日か前の配信のアーカイブ動画だ。開始と同時にコメントがものすごい勢いで流れて行って、スパチャも炸裂、ハートやら星やらが画面中をきらきらと埋めつくした。


[わあ、もうスパチャ!? いつも応援ありがとう! 今日は防衛庁広報部部長補佐、おなじみ青山悠星さんがゲストに来て下さいました~! 青山さーんお久しぶりです~!]

[ご無沙汰しています、アリサさん]


 スーツをピシッと着こなした四十代ほどのオッサンが、緊張した顔で画面に映る。アリサはきゃっきゃとはしゃぎ、ネクタイの色がアリサカラーだといじる。オッサンが動画に寄せられたコメントを抜粋して読み、アリサがそれにコメントする形で進んでいく。その間にも追いきれないほどのコメント、途切れることのないスパチャの嵐、嵐、嵐。途中でプレゼント開封やコメントのきっかけになった戦闘の様子などを差し挟みつつテンポよく進んでいく。


「な? ランキング一位のアリサ・ピュアハートも、しっかりファンのコメントにリアクションしてるだろ」


 ちょっと前までは見るだけでイライラさせられていたアリサ・ピュアハートなのに、俺はいけしゃあしゃあと得意げにサクラの方を向く。


「アリサ・ピュアハートのことやっかむ人も多いけど、人気が出るだけのことをきちんと確実にやってるだろ。もちろんここまで作り込んだ動画は彼女一人じゃ無理だろうけどね、動画編集専門チームがいると思う。それでもコメントやスパチャの一つ一つに丁寧に答えて、それを喜んでいる様子を配信し続けるのは、信頼や誠意の表し方の一つだと思うよ」


 なんてことはない、アリサをやっかむ奴ってのは俺のことだ。アリサと同じように動画配信してるのに、アリサほどは成果が出なくてパッとしない奴。


「サクラは今まで何もしてなくて、きちんとフレームインしただけで他に何も変えてないのにPVが70になった。これはかなりのポテンシャルを秘めてると思うよ。この先ブシドー・サクラのチャンネルは間違いなく伸びる! 間違いない! そのためにもまず、今この状態でコメントをくれたこの人にしっかりお礼を言おうぜ!」


 俺が身を乗り出して熱弁するのをじっと見ていたサクラは、ふむ、と鼻を鳴らしてグレープソーダをごくごくと飲んだ。結構大きめのマグカップなのに、サクラの逞しい手が持つとおままごとをしてるみたいに見える。手首から肘まででもこん棒みたいに太い、本物のこん棒って見たことないけど。こんな恵まれた体格で、しかも魔法少女なんて、ユニークなんてもんじゃない。個性爆発、唯一無二、サクラのことを知りさえすればみんな二度と忘れない。もはやそれだけで才能なんだ。エンタメに携わる誰もが欲してやまない素晴らしいものを持ってるのに、ほったらかしチャンネルで閑古鳥なんて勿体なさすぎる……。俺は自分の手品の不甲斐なさを誤魔化そうと、リモコンに触れたままの手に力を込める。


「……分かった。お礼は大事だね」

「んっ、おう」


 急にサクラが話しかけてきたので俺はギョッとした。


「でも、お礼を言うだけ。派手にはしない」

「まだコメント一回だしな。あとはお母さんとクラスメイトだっけ?」

「うん」

「今は配信の最初か最後に言うスタイルにして、当面はサンクス配信開始を目標にしてみようか」

「だから、サクラはお礼を派手にはしない」


 サクラは妙にきっぱりと言い切ると、マグカップから手を離す。


「真心を込めて伝えれば、画面を派手にしたり、作り笑顔をする必要はない。サクラはただお礼を伝えるだけ。アリサちゃんみたいなことをしたいなら、ナオが自分でやって」

「自分でって……サクラのチャンネルだろ!?」


 サクラの真っ直ぐな眼差しが心臓を射抜くようで、俺は負けまいと必死に声を荒げた。だがサクラはゆっくりと首を振ってばかりだ。


「サクラは今のままでいいの。いじりたいって言ったのはナオだよ」

「それはそうなんだけど!」


 俺は食い下がる。


「料理でどんなにいい材料が手に入っても、下手な奴が作れば微妙な料理になるだろ? 動画配信だって、ちゃんとやりゃうまくいくのに、分からないからって適当にやってて結果がついてこないこともあるんだよ。今のブシドー・サクラのチャンネルがまさしくそうだ! だからせめて、まともな料理しようぜ?」

「……美味しい野菜は、そのまま食べても美味しいよ」

「そーれーはーそうなんだーけーど!!!」


 俺は思わず立ち上がって両手をワキワキさせながら叫んだ。


「なんだよ、PV増えて浮かれてるの俺だけかよ!?」

「え?」

「ちょっとは役に立てたかと思ってたんだぜ!?」

「…………」


 悲しいかな、身長差三十センチ以上ある俺たちだが、立った俺よりも座ったサクラの方が目線が低い。こいつ背が高いだけじゃなくて足もめちゃくちゃ長いんだよな。そんなことを考えているうちに頭に上っていた血が引いてきた。しょぼくれた俺を見上げ、サクラがふ、と小さく笑みを浮かべる。


「役に立ってるよ、ナオ。ありがとう」

「なっ……おっ……おう……」


 真正面から、しかも対面で礼を言われて、俺は心臓をばきゅんと射貫かれたような気がした。いやいやいや、いやいや! いやいやいやいやいや! 反則でしょ今の! 何この爽やかイケメンムーブ! 反則! ちょっと! ねえ! 本当に女子中学生!?


「お礼を言うとか、全然思い付かなかった。アリサちゃんみたいなのはやらないけど、お礼はちゃんと伝える」


 俺がドキンコドキンコしてるのに気が付いているのかいないのか、サクラはニコニコしながら続けた。


「お、おう」

「他にどんなやり方があるのか知りたい。手始めにナオのチャンネル見せて」

「お、おう」


 俺は適当な返事しかできない。ドキンコドキンコしてるのは、女子中学生にどうのとかじゃなくて、サクラがイケメンすぎるからで、でも俺は男で、あーもう! 何なんだコイツ! 何なんだよ! 二十二世紀も目前だってのに真心がどうとか言いやがって! 武士か! やっぱり武士なのかこいつは! このドキンコも武士だからなんだな!? ちくしょうサクラのくせに! くそっくそっ!!! 俺は自分自身を誤魔化すようにテレビ画面に自分のチャンネルを出し、リモコンをそのままサクラに押し付けた。


「わー、手品だ」

「あっ、チャッピーちゃん」 

「……これ見たことある」

「これ、パーティーグッズ売り場にあるやつだよね」

「……うるせえよぉ……」


 聞き飽きすぎたコメントをきっちり返して来やがったサクラに、俺はだくだく泣きながらプロテインシュークリームをばくばくと食べたのだった。


 思ったよりもコクがあって美味しかった。





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