第2話 初めてのフレーム☆イン ② スクランブル・おんぶ

 サクラさんの次の緊急出動要請スクランブルは、俺とサクラさんが出会ってから二日後だった。家でちまちまトランプの表面にロウを塗りつけていた俺は、滅多に鳴らないスマホの着信音を聞いてギョッとし、通知の「不二本櫻」の文字を見て更にギョッとした。


[ナオさん? 緊急出動要請スクランブルかかりました。大丈夫なら迎えに行きます]

「お、おう、そっか、よろしく」


 淡々としたサクラさんの口調に、逆に俺の方が緊張してくる。メッセージのやり取りで分かったのは、サクラさんはいつも緊急出動要請スクランブルがかかると舞宙術で飛んでいくらしい。だからそのついでに俺の家に寄って、俺も現場まで連れて行ってくれることになっていた。ワゴンは大破して次のを買う余裕なんてないし、電車や自転車では現場に着くころには戦闘が終わっている。情けないがサクラさんに連れて行ってもらうのが一番現実的なのだ。サクラさんにはあらかじめ住所も最寄り駅も伝えてある、舞宙術ならサクラさんの家から俺のアパートまで十分もかからないらしい。……でもサクラさんの住所を聞いて俺は目をひんむいた。俺は神奈川でサクラさんは山梨……この距離を十分……舞宙術すげえ……。俺が荷物をあれこれリュックに放り込んで、迷ったがTシャツの上にパーカーを着て外に出る。


「ナオさん」


 上を見上げるともうサクラさんがいた。


「はっ、早いね!?」

「電話かけながら飛んでたんで」


 サクラさんはアパートの前の路面にスタッと降り立つと、リュックを背負ってる俺を見て首を傾げた。


「今日はチャッピーちゃんは?」

「え? あいつは留守番ですよ、危ないし」

「そうですか……」


 ……サクラさんちょっとしょんぼりしてる?


「じゃあ、行きましょう」


 気を取り直したサクラさんが、俺に向かって手を差し出してきた──ちょうど、なんていうか、お姫様抱っこするみたいに。


「いや、あの、サクラさん? お姫様抱っこはちょっと……」

「ナオさん飛べないですよね?」

「当たり前ですよ! 手をつなぐとかそういうのは……」

「それだと脱臼しますよ?」

「……おんぶ! おんぶでオナシャス!」


 サクラさんがさっとしゃがんで見せてくれた広くたくましい背中に、俺はえぐえぐ泣きながら自分の身を預けたのだった。ううっサクラさんの背中たくましい頼りがいがある……飛ぶのヤバイマジヤバイ早い早い速いいいいいいい! 景色を楽しむとかそんな余裕は全くなく、ほんの数分で俺の脳みそがスクランブルエッグになりかけた頃、あっという間に現場に到着した。


「うお……なんだあいつら」

「たくさんいますね」


 サクラさんの背中から見下ろした現場はひどい有様だった。広い市民公園に現れたアザーズは、丸い巨大な岩のような形をしていた。それがいちにーさん……多分十個くらい。個体が群れを成しているのか、全部合わせて一つの個体なのか。アザーズは個体による形のばらつきが激しく、倒すと消えてしまうため、まだまだ謎に包まれている部分が多い。コバルトブルーのでかい岩が公園内をぐるぐる転げまわって、遊具やら柵やら木やらを次々となぎ倒して行く。


「……煙が上がってますね」

「表面が全部溶けるやつになってるタイプなんだと思います」

「うへえー……怖えー……」


 俺は生唾を呑み、サクラさんにぎゅっとしがみついた。奴らの恐ろしいのは、地球に存在するあらゆる物質を溶かす粘液を分泌できることだ。そのせいで地球上のあらゆる物理攻撃が通用しないし、人類は速攻でこいつらを駆除しないともはや生きていくこともできない。


 ドォン、ドシン、ゴォン、岩のようなアザーズ達がぶつかる音が不気味に響く。あたりの物体が溶かされて、コバルトブルー色の煙がそこかしこから上がっている。アザーズは溶かした物質を啜って食べているらしい。奴らを観察しているサクラさんの眼差しが真剣になっていくのを、おんぶされた俺は背中越しに見ている。


「サクラさん、あの小屋みたいなとこでお願いします」

「はい」


 俺は周囲を見回して、公園の中央、小高い丘の上にある休憩所のようなところに降ろしてもらった。最初の撮影は、とにかくサクラさんをフレームインさせることを目標にした。そもそもサクラさんは乗り気じゃなかったし、次の緊急出動要請スクランブルがいつになるかも分からなかったし、あれこれ盛り込んで中途半端になる方がよくない。だから初日の今日はサクラさんのスマホを俺が借りて配信するだけ。この休憩所なら公園全体が見回せるから、俺がしっかりスマホを構えていればサクラさんがフレームアウトすることもないだろう。サクラさんは持っていた小さな手提げからスマホを取り出すと、何度かタップしてから俺に差し出してきた。


「じゃあ、お願いします、ナオさん」


 画面はすでに配信待機状態になっている。


「じゃあ、お預かりします、サクラさん」


 俺はスマホを受け取ってサクラさんを見上げる。俺の身長だとサクラさんが頭まで映らなくて、俺は何歩か後ろに下がった。指でOKサインを作ってから配信開始ボタンを押すと、ぽん、と合図の音がする。


「……ブシドー・サクラです。アザーズを倒します」


 サクラさんのバストアップショットから、徐々にズームアウトさせていく。サクラさんが遠方──岩アザーズ達の方をキッと睨む。綺麗な横顔だな。束ねた黒髪が風に靡き、サクラさんが舞宙術で飛び出していった。俺は素早く画面を拡大し、遠くを転がるアザーズの一番手前の奴に視野を向けると、いい具合にサクラさんが画面に飛び込んできて、手前の一匹に殴りかかった!


 ズドォン!


 大砲かと思うような音と共に一体目のアザーズがべこりと変形して、アイスが溶けるように消えていく。


 ドォン! ズドドォン!


 二体目、三体目。ごろごろと転がるしか能がないらしいアザーズたちは、爆音と共に虚しく霧散していく。そのペースが俺の想像の百倍は早い、ズームでできるだけ表情も拾いたかったが、早すぎてうまく追えない、ちょっと待ってサクラさん!


「さっ、サクラさーん! サクラー! おーい!」


 もう少しゆっくり! 俺はスマホを構えつつ身振り手振りで伝えようとしたが、サクラさんは聞こえていないのか、それとも無視しているのか、超高速で次々とアザーズを粉砕していく!


「サクラさーん!」


 配信画面にぴこん、と通知が来た。誰かからコメントだ!


[y12oMK:まともに戦ってる配信、初めて見た]


 ……そうだよな! そうだよな、今までフレームアウトしてばっかりだったもんな! ありがとう気が付いてくれて! ありがとうありがとう! サクラさん、動画にコメントが付いたよ! 自分の配信なら即座に反応してお礼を言うところだが、まだそのあたりをサクラさんと相談してなかった! どうしよう、まだ何もコメントしないほうが後からフォローが効くか!?


「サクラー! おーい! サークーラー!!!」


 それでも喜びを伝えたくて俺はぶんぶんと手を振る。サクラさんはちらりとこちらの方を見たがそれだけで、残り二体になったアザーズと対峙した。どかん、どっかーん!!! 派手な音と共にあっさりとアザーズは連続して粉砕され、吹き抜ける風が僅かにコバルトブルー色になった。サクラさんはほっとしたようにため息をつくと、休憩所まで一息に飛んで戻って来た。また道着のどこかから紙吹雪を取り出してぱらぱらと撒く。


「倒しました。では」

「あー待って!」


 サクラさんが戻ってくるのが早すぎて俺は慌てふためく。足元のリュックを急いで漁るふりをしてサクラさんが首を傾げた頃、パーカーに仕込んでおいたチャッピーをラメ吹雪と一緒に宙に放り投げる!


「チャッピーちゃん!?」


 春の陽光にきらきらと輝くラメ吹雪。

 その中を羽ばたく白ハトチャッピー。

 そしてサプライズ演出を見て、驚き目を見開く魔法少女!


 どぉーだ、完璧だろこの演出! 伊達に何年もハト出し手品やってきてないんだ、チャッピーは屋外でもばっちり俺の言うこと聞いてくれるんだよ! それにせっかく撒くなら紙吹雪よりラメ吹雪の方がきらっきらで綺麗だろ! サクラさんはわあ、と歓声を上げ、チャッピーがあたりをぐるぐる旋回するのを目で追っている。


「すごい。びっくりしました。魔法みたい」

「でしょ? これは手品ですけど、戦闘を邪魔しない演出はいくらでもありますよ」


 俺が差し出した手に、いい子のチャッピーはすいっと戻ってきてくれた。リュックに入れておいた一番小さいケージを出してその中に入れてやると、ハト野郎もどこか得意げにくるっぽーと鳴いた。


「だから、あまり演出を毛嫌いしないで、いろんなものを試してみましょうよ! あっそうそう、さっき配信中にコメントついたんですよ! チャッピーもうまいこと決まったし、少しはPVに貢献できたかなーって……あーっ!!!」


 さっきまでしっかり持っていたはずのスマホがいつの間にか地面に落ちていた! しかもカメラが下を向いて落ちているじゃないか!


「マジかせっかくハト出したのに!? うわああああ俺のバカああああああ!」


 俺は絶叫して頭を掻きむしる。急いで配信を切ってチェックすると、サクラさんが戻ってきて紙吹雪を出し、俺が待ってと言ったあたりから画面がブラックアウトになっていた。あとは俺たちの声ばかりが聞こえてきて、最後に俺の間抜けな絶叫で締めくくられていた。


「最悪だ……ごめんなさいサクラさん……ほんと最悪……」


 打ちひしがれた俺はおいおいと男泣きする。


「せっかくサプライズのネタを仕込んで、ちょっと喜んでもらおうと思ったのに……あまつさえちょっと映り込んで、エンチャント・ナオの知名度も上がったらいいなとか思ってたのに……きっと神様が俺の邪な欲望を見抜いて邪魔したんだ……ごめんなさい、薄汚れた大人でごめんなさい……」


 サクラさんはまた森のオカリナの生き物みたいにぱちくりと瞬きをしたが、やがてすぐにクスクスと笑い出した。


「あは、あははは、変な人、ナオさん。大人なのに泣いてる」

「大人だってねえ、泣きたいときは泣きますよ! 今みたいに自分の間抜けっぷりにうんざりしてる時とか! サクラさんだって泣くでしょ!?」

「サクラは悔しい時にしか泣かないよ、あははは、サクラでいいよ、あははは」

「そ、そんなに笑わないでください……」

「敬語もいいから、サクラ中学生だし。でもサクラもナオさんじゃなくてナオって呼ぶね、あははは」

「……うるせーサクラ! 大人だって子供だって泣きたい時に泣いていいだろが! なあチャッピー!」

「あははははは、すごい泣いてる」


 サクラさん──サクラは、その後もずっと笑い転げていて、でも俺は悔しさにもんどりうっていたのだった。




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