第2話 初めてのフレーム☆イン ① ナオの作戦
サクラさんはこの後は地球防衛連合軍基地に立ち寄るとのことで、俺たちは連絡先を交換した。その時に表示された彼女の名前は「不二本櫻」だった。
「フジモト、サクラさん?」
「はい」
「名前、本名なんですね」
「はい」
サクラさんは俺の紀伊国直虎という本名を聞くと、「井伊直虎とおんなじ!」と変なところに食いついた。俺が「でも直虎って女性君主だったけどね」と定番のオチを言うと、サクラさんも他の人と同じように「あー……」と言いながら俺の顔をまじまじと見て中途半端な笑いを浮かべた。くそっ、どうせ俺はチビの童顔だよ。
「それじゃあ、連絡するから! よろしくお願いします!」
「はい。さようなら」
別れの挨拶にさようなら、というのが如何にも中学生らしい。大人同士ならここはお疲れ様ですってところだろう。基地に行くというからヘリコプターとかでものものしい迎えが来るのかと思いきや、サクラさんはその場にふわりと浮かび上がると、日が暮れ始めた空の中でぺこりと頭を下げ、それから
「すげー……まんま舞宙術じゃん……」
魔法少女が飛べることは動画で知っていたけど、それでも目の前にすると圧巻だ。サクラさんが飛ぶと世界中で永遠のブームである日本発超人格闘漫画の主人公たちの姿を彷彿とさせる。魔法少女の飛翔と言えばカメラ目線で可愛いポーズでキメまくりの動画ばかりなので、サクラさんがノーモーションで飛び去って行くのは清々しいとすら思える。その姿がどんどん小さくなって見えなくなるまで、俺はただ茫然と夕焼け空を見上げ続けていた。
* * * * *
サクラさんが去った後はさんざんだった。警察と消防とロードサービス会社に連絡して「規制区域に間違えて入るなんて!」とこっぴどく叱られ、魔法少女に助けられたことを羨ましがられ、その魔法少女の名前がブシドー・サクラだと告げると全員首を傾げていた。そりゃそうだよなあ、チャンネル登録数三人、そのうち二人はお母さんとクラスメイトじゃ、ほぼほぼ誰も知らないと言っていいだろう。俺だって知らなかった、さっき知った。登録者の最後の一人も、サクラさんのファンというよりはすべての魔法少女をチェックするような、魔法少女全体のマニアと考えた方がいい。つまりゼロからのスタートだ。
「……伸びしろしかねえ、ってとこかな、チャッピー」
ちょっと粋な台詞をキメてみたが、チャッピーはいつも通りくるっぽーと鳴くだけだった。とにかく俺はワゴンも荷物も全焼して、パトカーで最寄りの警察署まで連れて行かれて、そこで面倒な書類をたんまり記入してからようやっと家に帰ることが出来た。今夜の飯はもう牛丼でいいや。
「ただいまー……」
返事をする人は誰もいないのだが、ドアを開けるとついこう言ってしまう。都心まで一本で行けるけど各駅しか停まらない、駅の近くにコンビニと小さなスーパーがあるだけ、俺みたいな貧乏独身がちまちま暮らしていくにはちょうどいい街。手品を生業にしていると荷物置き場などで1DK以上の間取りでないとキツイ。なのでできるだけ家賃を押さえようとすると、どうしても都心から離れたところで探さざるを得なかった。それでもこうして疲れて帰ってくると、どこかほっとできる俺の城だ。奥の部屋はロフトベッドと手品道具とチャッピーのケージ置き場なので、俺の生活圏はキッチンに集中している。
「はあ、今日はさんざんだったな、俺もお前も」
愚痴ってもくるっぽーしか言わないチャッピーをケージに戻して、餌やら掃除やらを済ませる。そしたら俺もキッチンで夕飯だ。明日以降の営業のスケジュールを確認して、燃えてしまったネタの代替ルーティンを考えなきゃいけないところだが、俺はつい冷蔵庫の発泡酒に手を伸ばす。プルタブを引くとぷしっと窒素が出る音がした、フヒヒいい音。グイと一口飲んでからテレビをつけ、動画アプリで魔法少女チャンネルを表示させた。ブシドー・サクラ、ブシドー・サクラ。さっきのライブ配信のPV数……五。五か……お母さんだろ、友達だろ、あと一人だろ、それから俺と……あと今テレビで俺が見たからそれも延べ人数でカウントされたか? つまるところ誰も見ていないってことだ。
そりゃそうだよなあ、サクラさん映ってないもん。
「んー……昔のは……」
俺は牛丼を食べつつ「ブシドー・サクラのチャンネル」を遡る。サムネは自動生成で、どこかの市街地の画像ばかり。時々端の方にアザーズのコバルトブルーが映ってればいい方か。……これは見ないでも中身が分かるな。PV数はどれも十前後。コメントはあったりなかったり、覗いてみると「Fujimoto.Mama:サクラちゃん頑張れ!」……お母さんだ。別のは「サクラやばっ! みんな見てるのに映ってないよーw」……クラスメイトだね。そんなのがぽつぽつついているだけ……オーケー分かったチャッピー、アンダスタン? 俺は「サクラのチャンネル」の大体を理解したぜ? 言うまでもない、見るまでもなかった、世界の魔法少女だってのに涙がちょちょ切れそうなくらいの過疎チャンネルだ。
「だよなあ……」
俺は盛大にため息をつき、中途半端に残ってた牛丼を一気にかき込んだ。自分のチャンネル「エンチャント・ナオのマジカルミラクルワールド」の管理画面を開く。登録者数三二〇〇人まであと少し。今日のコメントはなし……どうせついたってまた「これこの前見た!」「このネタ知ってる」「ありきたり」とかそんなのばっかりだ。学生の頃からコツコツやってきて、収益化はできたけど、それを生活費のアテにできるほどじゃない。月に一万円もいけば御の字だ。今やエンターテイナーの動画チャンネルの運営なんて当たり前で、営業の時に「こんな手品やってます!」と見せるものがなければ契約すらしてもらえない。ここ数年は手品より動画作成の勉強ばかりしていたくらいだから、サムネ、タイトル、BGM、編集、そういうのは悪くないと思うんだけどなあ。
そう、俺はたぶん、動画編集技術はそんなに悪くない。
悪いのは肝心のコンテンツ……俺の手品だ。
「だーよーなーあ……」
俺はもう一度盛大にため息をついた。自分の手品が古臭くてウケないことなんて、自分が一番分かってるさ。だから幼稚園みたいな、あまり手品を見たことがなくて、王道の演目をしてほしいようなところにかろうじて引き合いがある。それで三十二まで好きな仕事をやって来れたんだから御の字だ。……時々食えなくてバイトもしてるけど。
でもサクラさんは逆だ、魔法少女界隈を継続的にチェックしていたわけではないが、あんなバッキバキの恵体の魔法少女なんて見たことないぞ。それにあの強さ! 素手であんなバカでかいアザーズを圧倒するなんて、それこそアリサ・ピュアハートにだって出来っこない! サクラさんは魔法少女として確かに光るものを持ってるんだ、それが俺とチャッピーの命を助けてくれた。
【……最後の紙吹雪、アレ何なんですか。カメラに向かって撒いてたやつ】
俺はサクラさんを説得していた時の会話を思い出す。
【終わりの時に、何か演出をしたらどうかなって】
【自分で考えたんですか?】
【……クラスの子がしつこくて。私は別にやらなくていいんですけど、やらないと次会った時にうるさいんです】
【ほら、その友達もサクラさんには演出が必要って分かってるんですよ! でも二十二世紀も目前なのに紙吹雪だけじゃ
【う~~~ん……】
サクラさんは本当にアザーズを倒せればそれで良くて、配信はやらないと防衛軍の偉い人に怒られるからしぶしぶやっているだけだ、と何度も言っていた。ランキングには興味がない、可愛い服は着たい子が着ればいい。魔法より正拳の方が攻撃力が高い、出来るだけ無駄なく素早くアザーズを倒したい。十五歳の女子中学生という言葉とはかけ離れた、無骨極まりない主張の数々に俺は目を丸くするしかなかった。本当にこの子は魔法少女でなく武士だ、それもよ~~く燻したいぶし銀の渋い武士!
「しぶいぶし、って回文だな……」
回文ネタがあると、上下をひっくり返す系の手品のトークに使えるんだ。……じゃない、サクラさんはいぶし銀だけどとんでもないダイヤモンドの原石だ。綺麗に磨いて、飾りをつければ、誰よりも輝けるだけのものを持っている。しかも魔法が使えるんだろ、それなら衣装チェンジも無限出現も消失もやりたい放題じゃないか!
サクラさんの魔法少女としてのポテンシャルと。
俺の手品と動画スキルが合わされば。
きっとサクラさんはトップランカー魔法少女に生まれ変われる!
「よーし。まずは……」
俺は発泡酒の残りを飲み干すと、早速立ち上がって奥の部屋に向かった。
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