第1話 突然の出会い! ③ ランク最下位、ブシドー・サクラ
魔法少女ブシドー・サクラ。
拝啓かーちゃん、俺が生まれて初めて見た本物の魔法少女は身長190cm越えで、マーク・タイソンもびっくりな素晴らしい筋肉の持ち主でした──とーちゃん、俺を助けてくれたこの人は果たして少女と言えるんでしょうか?
「あ、すみません」
俺の脳内を変なモノローグが駆け巡っていくが、その人は俺の挙動不審をさして気にした風もなく後ろを振り返った。そのままどこかへ向かって歩き出す。アザーズはもうすっかり消えてしまって、あたりは砕けた道路、倒れた電柱、壊れて瓦礫と化した家や店があるばかりだ。
「ひでえな……」
アザーズの侵攻が始まってからは、五十年以上前の大震災や大地震の被害写真のような光景が日常の隣に当たり前に現れるようになった。ぽつりと呟きながらあたりを見回すと、大破した俺のワゴンは後ろの方で燃え始めていた。ああ、商売道具が燃えていく……いや、命が助かっただけ儲けもんだ。魔法少女の配信にチラッとでも映れたならむしろプラスかもしれない。俺はだんだん遠くなっていくサクラさんの頼り甲斐のある背中を見て、スマホを取り出した。ブシドー・サクラ、聞いたことなかったけど、あんなに強いんだから少なくとも中堅以上の実力のはずだ。そしたらランキングもそれ相応のところにいるはず。
「ブシドー・サクラ、ブシドー・サクラ……」
政府が魔法少女を支援し、魔法少女は地球防衛の広告塔となると決まってから、ありとあらゆる動画再生アプリに魔法少女動画ランキングのカテゴリが加えられた。彼女たちのライブ戦闘実況は最優先で表示されるようになった。ここ以外にも世界中のどこかで魔法少女が戦っている。俺はアプリを開き、トップページいっぱいに表示される魔法少女カテゴリを開き、ブシドー・サクラを探した。このタイミングならまだライブ配信されてるだろう。ブシドー・サクラ、ブシドー・サクラ、……いた。俺はサムネイルをタップしてライブ配信を視聴する。
「……ん?」
ブシドー・サクラのライブ配信は、カメラが埋もれてしまったのか、ピントの合わない瓦礫しか映っていない。俺はサクラさんが歩いて行った方を向く。サクラさんは瓦礫の前にしゃがみ込んで、家の屋根みたいな瓦礫を撤去しているところだ。
「……ん?」
ライブ配信映像が微かに揺れる。がさごそと音がして、視界がぱっと開ける。瓦礫の様子を写していたかと思うと、カメラが反転し、サクラさんの顔が映し出される。
[……倒しました。では]
画面の中でサクラはそう言った。さっき俺と話した時と同じ仏頂面だ。画面の中を、ひらひらと雪みたいなものが舞う。不思議に思ってサクラさんを見ると、三脚につけっぱなしのスマホに向かって、自分で紙吹雪をパラパラと蒔いているところだった。
配信が終わり、映像が消える。ライブ配信が終わると大抵そのチャンネルタイトルロゴが表示されるが、真っ白な画面にゴシック体で「ブシドー・サクラのチャンネル」とだけ出る。大抵の魔法少女はここからテーマソング的なものを流すが、何の音楽も始まらず、いくら見ていてもその文字が変わることはなかった。サクラさんは三脚を持ったままこちらに戻ってくる。
「……えっ」
俺はまたしても素の声が出てしまう。
「ええー……?」
サクラさんがこちらに戻って来る間に、俺はそのライブ配信の最初から最後までを確認した。最初にサクラさんがこちらを覗き込んでいる
「すみません、配信切り忘れてて」
戻って来たサクラさんが俺に声をかけた。その手に持ってる三脚はかなりごついもののはずだが、サクラさんが持つと使い捨て前提のビニール傘みたいに見える。見上げるほど高いところにある顔を穴が開くほど眺め──
「……下手すぎん? 配信……」
思わず本音が零れ出た。
「えっ」
今度はサクラさんが素の声を出す。
「いや、だって、スマホ一台で三脚からワンショット? 戦闘配信でそれはないでしょ……すぐフレームアウトして、この配信見る意味がなくなっちゃうし。魔法少女の配信ってさ、それこそ追尾ドローンとか撮影クルーとか使って、特撮みたいに派手な画面作らなきゃ」
「えっ? えっ?」
「それに最後の『倒しました』って! もうちょっと何か気の利いたセリフあるでしょ!? やったーとか正義は勝つとかなんか決め台詞っぽいの! 『……倒しました』って、そんだけ!? 武士か!? 武士!? この台詞は魔法少女じゃなくて武士!!!」
「えっ、武士?」
「そもそも何で魔法少女なのに道着なの? 魔法少女らしさ皆無だよね!? ランク一位のアリサ・ピュアハートとかばーっとしてぷわーっとしてめっちゃヤバイよ!? そういう見た目も大事なんだから、そういうとこも工夫してガンガン視聴者にアピールしていかなきゃ! それで今サクラさんはこの配信で、魔法少女ランキングは何位!?」
敬語も忘れてまくしたてた俺を見下ろして、サクラさんは森の中でオカリナを吹いてるおっとりでっかい生き物みたいな表情でぱちくりと瞬きをした。
「最下位ですけど」
「やっぱりぃいい!!!」
俺はチャッピーのケージを放り出して──放り出すような気持ちでそこらに置いて、それから頭を抱えて絶叫する。
「ということは……まさか」
俺はスマホでサクラさんのチャンネルを見て概要ページを開く。
「チャンネル……登録者数……さんっ……!」
信じられない数字を見て、スマホを持つ手がブルブルと震える。
「俺っ……俺より少ないっ……!!!」
「あ、そのうちの二つはお母さんとクラスの友達です」
「実質いちっ……!!!」
俺は打ちひしがれて地面に両手をついておいおいと泣いた。何に打ちひしがれてるのかって? 俺を助けた命の恩人、その人のチャンネルがこんな閑古鳥状態だなんて、こんな悲しいことがあるか! 俺だって毎日自分の「エンチャント・ナオのミラクルマジカルワールド」チャンネルを少しでも盛り立てようとあれこれ工夫している身だ、チャンネルを育てることの大変さはよく分かっている。それなのにこの人ときたら、せっかく魔法少女でライブ配信は必ずトップに表示されるという最強の優遇措置をされてるのに、こんな宝の持ち腐れをして……。
「あ、ハト。猫じゃなかった」
俺が男泣きしてる横で、サクラさんはケージを覗こうとしゃがみ込んでいた。道着の上からでもサクラさんの背筋がバッキバキに割れて素晴らしいカッティングが入っているのがよく分かる……ってんじゃねえんだよ!
「サクラさんっ! あなたそれでいいんですかっ!? ランキング低かったらスパチャも貰えないでしょっ!?」
「スパチャは別に……魔法少女が貰えるわけでもないですし」
チャッピーに手を差し出しながらサクラさんは首を傾げる。
「
「武士っ……こんなところまで武士っ……!」
「ありがとうございます」
「褒めてないですっ!」
「ええー……?」
俺は泣きに泣いてアスファルトをどんどんと叩いた。サクラさんは困惑した様子で俺の方を眺めつつ、近付いてきたチャッピーにちょいちょいと指を出している。チャッピーてめえ裏切り者め、くるっぽしてるんじゃねえ! 誰のおかげで助かったと思ってるんだ! 俺だよ! 俺がワゴンから引っ張り出さなきゃ、お前は今頃ヤキトリになってたんだよ! お前なんて痩せっぽちだから焼けても食うとこねえんだよチャッピー!
「……違う。俺もチャッピーも、サクラさんが助けてくれたんだ」
コバルトブルーが目の前に降ってきた時、人生終わったなと思った。ワゴンの急降下が止まった時、神はこの世にいるんだと思った。天井があの豪烈拳でぶち破られた時、俺の運もまだまだ捨てたもんじゃないなと思った。サクラさんの戦いぶりはすごかった、凄まじかった、今まで見たどんなアクション映画よりも、フィーバー戦隊よりも覆面ライダーよりもウルトラヒューマよりもすごかった。魔法少女は今や地球防衛隊でありエンターテイナーだ、彼女たちの活躍を、世界中の皆が楽しみにしている。弱きを助け悪を挫く、アザーズを倒して地球の平穏を守る、そんなヒーローの活躍を、みんなみんな待っている。目の前のこの人はまさひくヒーローだ、ヒーローオブヒーロー! 強くて逞しくて武士みたいに謙虚、ちょっと動物に優しい。この素晴らしい筋肉……じゃないヒーローを、まだ世界中でたった三人、いや二人はお母さんとクラスメイトだから一人? しか知らないなんて、地球の損失もいいとこだ!
「サクラさん、助けていただいてありがとうございました。でもあなたのようなすごい人が、チャンネル数登録三人でいいはずがない!」
「え?」
そうだ。ここで助けてもらった命なんだ。
「もしよければ……あなたの魔法少女チャンネルを、俺にプロデュースさせてくれませんか」
恩人に恩返しするのは当たり前のことなんじゃないか? 鶴だって地蔵だってタヌキだって恩返しするんだから、手品師とハトが恩返ししたっていいだろう。俺みたいな落ちこぼれが義に胸を熱くしたっていいはずだ。それに魔法少女プロデュースして大成功すれば、手品の仕事だって増えるかもしれないし……おっといかんぞエンチャント・ナオ、自分の欲を差し挟むな。チャッピーくるっぽーうるせえ。
「必ずあなたを、ランキング一位の魔法少女にして見せます!」
「え……」
サクラさんはしゃがんだまま、チャッピーから手を離してすごく嫌そうに顔をしかめた。
「……結構です、そういうの。戦いに支障が出るんで」
「ええーっ!!!???」
キリッと決め顔までしてみせた俺は、秒で断られてその場にズッコけざるを得なかった。
……その後、持ち前の手品トークであれやこれやとプレゼンした結果、サクラさんはものすごく怪訝そうな顔をしつつ「まあ……そこまで言ってくれるなら……」としぶしぶ了承してくれた。あと「チャッピーちゃんと時々遊ばせてくれるなら」と条件がついて、俺はそこで初めてサクラさんは女子中学生なんだなと確信したのだった。
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