第1話 突然の出会い! ② 魔法少女、登場……?

「うをわあぁぁぁぁぁぁあああっ!!!???」


 俺はブレーキを踏む、ハンドルを思いっきり右に切る、ワゴンはドリフトしつつ勢いを殺し切れずコバルト色に突っ込んでいく。


「あああぁぁああぁああぁあああっ!!!???」


 巨大な塊からバカでかい何がが伸びて、アスファルトを砂場の砂みたいにざっくりと抉った! そこに俺のワゴンがドリフトで突っ込むが踏ん張り切れず転倒する、コバルトブルーがフロントガラスいっぱいに迫り、俺はワゴンごと吹っ飛ばされて宙を舞った。


「マジかよぉぉぉっ!!!!!」


 車体がひっくり返り自分の頭の下に見えるアスファルトが迫るまでの数秒が、本当に永遠のように思えた。ぼふんとエアバックが作動する、車は落ち、そのまま来た方にゴロンゴロンと転がっていく。俺はもみくちゃにされてあちこちぶつけて唸る、荷台で道具が洗濯機の中みたいにしっちゃかめっちゃかになっている、ワゴンはハザードか何かがぴこんぴこんと音を立てている。


「うぐ……いってえ……」


 ようやく動きが止まったが、可愛いオンボロワゴンは上下逆さまになってしまった。俺は全体重をシートベルトの肩のところで受け止めている。足は変なところに引っかかってるし、エアバッグが邪魔で手はろくに動かせないし、えっこれヤバくないか? ヤバいだろこれ! どうしたらいい、エアバッグを破ればいいのか!? それとも窓を割ってそこから無理にでも出て──視線を移した窓めいっぱいがコバルトブルーで埋め尽くされ、そのまま全てが急に宙高く引き上げられた!


「ううっ、うわああああっ、ぎゃあああああっ!!!」


 エアバックの隙間から見える景色は歩道橋と同じくらいになっている、ヤバいヤバいヤバい! これ俺知ってる、コバルト色はアザーズだろ、そんでそいつが手当たり次第そこらのもの、たとえばこのワゴンとかを魔法少女めがけて投げるやつううううう! どうしたらいいどうしたらいいどうしたらいい!? もがいてもあちこち痛くてエアバックがぼよぼよするだけだ、ハトもくるっぽくるっぽうるせえ!


「うるせーチャッピー、お前も俺と一蓮托生だよ!!!」


 俺はやけっぱちで叫ぶ。


「グオオオオォアアアアアッ!!!」


 俺の声をかき消すような、いや窓や車体をびりびり震わせるようなものすごい大音量、これはアザーズの咆哮か!? 耳が猛烈に痛くなって思わず手で押さえた瞬間、ワゴン全体にぐんっと荷重がかかった。


「ああー投げられた! 投げられたねコレ、投げましたねアザーズさん! 落ちたら死ぬうううううわあああああああああ!!!」


 窓から遠のくコバルト色の物体、でも俺の仇となる怪物の姿をまじまじ観察する暇も余裕もない。くるっぽーくるっぽー! ああそうだよなチャッピーお前だって生きたいよな! 俺だって死にたかないよこんなとこで! 手品動画も一位になって、いろんなメディアに出るようになって、俺一人の手品ショーでブドウカンとか満員にしちゃってさあ、そんな夢のある人生にしたかったよ俺だって! でもしょうがない、俺みたいな落ちこぼれ、きらきら可愛い魔法少女のモブとして死んでいく運命なんだ……初めてリングつなぎが出来た時は嬉しかったな……脳内の愚痴が走馬灯に変わり始めた頃、ずどん、と衝撃と共に、車体の落下が止まった。


「生きてますか!?」


 女の子の声が聞こえる。魔法少女だ!


「いっ、生きてます!」

「車をひっくり返して着地させます、何かに捕まって!」


 窓から必死に外を見ても、魔法少女の姿を見ることは出来なかった。声も車の下の方から聞こえてくる。もしかして車体の下から落下を支えてくれたのか? 魔法少女は魔力とも言うべきその力で筋力をはじめとした様々な能力を強化できるから、可愛い女の子でも車一台持ち上げるくらい平気なのだろうか。


「行きますよ!」


 掛け声と同時に、ぼんっ! と今度は真上に飛び上がる感触がした。跳躍の頂点に達して自由落下が始まろうかという頃、またしてもずどんと衝撃が走り、車体がぐるりと反転して落下が止まる。そこからゆるやかな下降が始まり、最後にどしんと地面の上に降り立った。


「ガソリンが漏れてます、急いでください」


 今度は女の子の声は上から聞こえる。俺は慌ててシートベルトを外し、エアバッグを掻き分けてドアを開けようとする。が、ロックを外しても扉はびくともしない。


「ごめんなさい、ドア開かないっス!」

「えっ。運転席ですよね」


 声と共に、どん、と何かがボンネットの上に乗る。


 ……ごしゃん!!!


 派手な音と共に、俺のワゴンの天井が猛烈な勢いでぶち破られた!


「な、何だあ!?」


 叫ぶ俺の目の前で、めりめり、めりめりと、天井がめくられて穴が広げられていく。その手はものすごく骨太で筋肉質で、空手か何かの道着を着ている。どうみても少女って感じではない、筋骨隆々空手八段、剛の者の雰囲気を醸している手だ。


「ここから出て下さい!」


 剛の者の腕が引っ込むと、また女の子の声がしてドンと車体が揺れた。先ほどと同じアザーズの咆哮が聞こえ、ずどん、ばん、どかんと、何か大きいモノどうしをぶつけたり叩きつけたりする時の音で埋めつくされる。外の様子はエアバックやら散乱した荷物のせいでよく分からないし、何よりガソリンが漏れてるならとにかく早く出ないと! 俺はあちこち引っかかっていた足をようやっと引っこ抜くと、スマホと財布だけポケットに入れ、後部座席へと移動する。頭を出そうとした刹那、後ろの方でくるっぽーと非難がましい声が聞こえてきた。


「悪い悪い、お前もだよな」


 荷物の中に斜めに埋もれていたハトのケージも掴み、俺は先にそれをワゴンの屋根に置いた。それから自分も何とか外に這い出して、運転席側の地面に降りる。身長165cmのチビにはなかなか骨の折れる作業だ。俺はチャッピーも何とか降ろしてやると、ケージを抱えてワゴンから離れ、あたりを見回す。魔法少女の子はまだ戦闘中なのか!?


「グオオオォォオオオオッ!!!!!」


 俺の疑問、いや期待に応えるようにアザーズの声が轟いた。ワゴンから数百メートル離れたあたりで、コバルトブルーのバカでかい塊が見える。それは四車線道路の端から端まで届きそうなほどでかい物体で、形は筋骨隆々な男の上半身みたいだった。よく漫画の胸から上がムキムキすぎてでっかいキャラがいるよな、あの上半身のところだけをとにかくでかくした感じ。……よく見るとここはナナハチ道路だ、俺は道を間違えて魔法少女の戦闘区域に立ち入ってしまったってことなのか。生身の魔法少女を見るのは初めてだ、ランクは何位の子なんだろう? 魔法少女は嫌いだが、嫌いなことと地球の救世主を目の当たりに出来ることは話が別だ。ワゴン車を空中で受け止めるほどの力を持つなら、ランクも相当上だろう。まさかアリサ・ピュアハートじゃないだろうな? さっきの剛の者の手は、魔法少女のアシスタントか誰かだろうか。


「セイッ!!!」


 女の子の声が聞こえて俺はそちらを向いた。その人は道路端から彗星のような速さでアザーズに飛び掛かり、見事なストレートパンチをお見舞いした。ズドン! ドン、ズドドドドン!!! 花火でも上がったかのような衝撃音と共に、10tトラックよりも大きいアザーズが押されて後退する。アザーズは漫画っぽいキャラでいうところの腕っぽい部位を振り上げて攻撃するが、その人は早送りみたいな機動力と信じられない跳躍力でことごとくかわしていく。


 その人は、その子は、アザーズの上にすとんと降り立つと、一瞬祈るように手のひらを縦に構えた。


「ハァァァアアア……!」


 真っ白な、でもところどころ破けている道着。そこから覗くバッキバキの筋肉。身長は俺より高いのは確実だ、190はあるんじゃないか。風にたなびく黒帯と、シンプルに一つで結んだ真っ直ぐな黒髪。何よりも、信じられないほど強い光を宿した瞳があまりにも澄んでいて、俺の目線はその人に釘付けになる。


「セィヤァッ!!!!」


 ズドォーーーンッ!!!!!


 見事すぎる正拳撃ちが、アザーズのたぶん脳天に決まった!!!


「いやったああああああっ!!!!!」


 俺はチャッピーのカゴを抱き締めて叫ぶ。その人の拳はアザーズの青い体表にめり込み、内側から青白い光が溢れて来る。その光が強くなるにつれてアザーズの身体はぼろぼろと崩れ、やがて砂が風に飛ばされるように跡形もなく消え去ってしまった。アシスタントの人はそのまま地面に降り立って、ほっとしたようにため息をついている。


 俺を助けてくれた時といい、今の豪烈パンチといい、この人も只者じゃない。助けてくれた時もさっきも女の子の声がしたし、やはりどこか別のところに魔法少女がいるんだろうな。こんなすごい人がアシスタントをしている魔法少女、一体どんな奴なんだ? まさかやっぱりアリサ・ピュアハートか? ランキング一位の魔法少女の配信に助けられたモブとして、アリサのチャンネルに俺も出演してしまうのかっ……? いや、そんな邪なことを考えてくれるなエンチャント・ナオ! いいか俺は巻き込まれた馬鹿で哀れなモブなんだ、魔法少女に心からの感謝を伝えるんだっ……!


「あっ、あのっ、助けてくださってありがとうございました!」


 俺はケージを抱えてアシスタントの人のところに駆け寄った。背の高いその人はチビの俺のことを見下ろすことになる。厚い胸板、逞しい腕と太腿、バッツバツの僧帽筋。道着の上からでも惚れ惚れするようなマッスルボディだが、俺を見ている顔は思ったよりも幼い印象の表情をしていた。役目を終えてほっとして、でも俺がいたことを忘れていてちょっと驚いている、そんなことが丸わかりの顔。


「あ……さっきの人」

「はい、あの、道を間違えて避難区域に入っちゃってたみたいで……本当にありがとうございました」

「いえ……」


 想像していたよりも不器用な感じでその人は答えてきた。何よりその声は、さっきワゴンで聞いた女の子の声だった。何てことだ、この人も女性なのか? 魔法少女のアシスタントをやるくらいだから相当強いと思うが、いやもう、この人が最強でいいんじゃないか? だって魔法少女が戻って来る前にアザーズ倒しちゃってたぞ? それにしても周りには全然人がいないなあ、住民や通行人は避難しているとはいえ、魔法少女本人とか、撮影係とか、そういうのが何人かはいてもおかしくないんじゃないか。ええい、この人無口そうだし、俺から聞いてしまえ。


「それで、あの……魔法少女の方に、お礼を言いたくて……その……どちらにいらっしゃいますか?」

「魔法少女?」


 その人は不思議そうな顔で聞き返して、首を傾げる。それからああと合点した様子で目を見開くと、何故か物凄い仏頂面になった。


「……はい、魔法少女です」

「魔法少女さん……は、どちらに?」

「……私です」


 仏頂面が、更に険しいしかめ面になる。


「えっ」


 俺はうっかり素の声が出てしまう。出てしまってざっと血の気が引く。


「えと……あなたが……魔法少女、さん?」

「はい」


 その人はあっさりと頷いた。ま、ままままままま、マジか、この人が魔法少女。マジか。えっホントに? アシスタントじゃないの、こんなにバキバキなのに? 少女じゃないよね少なくとも、お姉様だよね、姉御だよね? 俺は困惑して、でも命の恩人の機嫌を損ねたくなくて、えへらと興行の時の営業スマイルを浮かべた。


「あっあの、失礼しましたっ! あなたが魔法少女だったんですねっ! いやこれは大変失礼しました、俺、魔法少女ランキングとか疎くて……こんなにお強い方なら、お名前聞いたことあると思うんですけど、最近物忘れが酷くて! ごめんなさい、一度だけ教えていただいてよいですか?」


 えへへ、と童顔を精一杯活用した俺の善人スマイルに、その人は小さくため息をついた。


「……サクラです」


 ひときわ強い春風が吹いて、その人の綺麗な黒髪をざっと靡かせていく。


「魔法少女、ブシドー・サクラです」


 それが俺とサクラの、地球の命運を変えるかもしれない邂逅だった。





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