第1幕
第1話 突然の出会い! ① コバルトブルーの衝撃
エンチャント・ナオのドキドキ☆マジックショー。
桜舞う四月、地方都市の幼稚園内にそんな張り紙がされ、体育館には園児と保護者と先生たちが押し合いへし合いで詰めかけている。
「さあ、ハトさんが箱に入ったよ~……?」
ショーも終盤に差し掛かり、俺は営業スマイル全開で格子の箱の中でくるっぽーと鳴く白いハトを手で指し示した。俺の視線を追い、皆がハトのつぶらな瞳にくぎ付けになる。幼稚園のバザーで、分かりやすくて園児や親御さんも楽しくなるようなショーを。そんな依頼を受けた俺、エンチャント・ナオことチビで童顔の
俺はもったいつけながらてらてらした布を箱にかけ、ハトの姿を見えなくする。がこん、箱を布ごと持ち上げると、一同の視線も箱についてきた。箱を置いている台は乗せるものがなくなって寂しげにそこに佇んでいるだけだ。
「これをぉ~……」
俺はくるくると箱を回す。横回転、縦回転、斜め回転。乱暴に、雑に、適当に扱えば扱うほど、子供たちが悲鳴を上げる。はとしゃん! はとぐるぐる! かわいそう! ひどい! 大人たちは叫びこそしないが、やや非難がましい目線を向けてくる。
「エンチャントぉ!」
今日何度も唱えたオリジナル呪文を唱えながら、
「はいっ、エンチャント・ナオのドキドキ☆マジックショーはおしまいでーす! みんなありがとー!」
子供も大人も顔を見合わせ、頭上の「?」が消えないままぱらぱらと拍手した。拍手よりもどよめきが大きいのはいつものことだ。俺がさっさと片付けを始めるそぶりを見せると、無垢なる幼稚園児たちはぎゃーぎゃー喚き続けていたが、大人たちはのろのろと帰り支度を始める。本当にここで片付け始めちゃいけない、大抵は何人かが「ハトしゃんどこ行ったの?」「ねーどうやって消したの?」と商売道具を覗きに来るからだ。俺がんーだのおーだのありがとねーだの適当にあしらっていると、彼らも親に連れられて名残惜しそうに去って行った。
「いやあ、ありがとうございました、素晴らしかったですね!」
観客が全員はけた頃、人の好さそうな園長が皴深い顔をシワシワにしながら話しかけてきた。エンチャント・ナオの今日のマジック興行はこの人が申し込んでくれたんだ。
「マジックもですけど、いろいろな工夫がしてあって、子供たちも大喜びでしたよ」
「それはどうも」
俺がへらりと曖昧な愛想笑いを浮かべると、園長は片付けをしている俺の手許をしげしげと覗いてくる。
「それで、ハトはどこに行ったんですか?」
「種明かしはしないのが手品師のルールなんですよ、すいません」
「そこを何とか! お願いしますよ~」
「あはは、すいません、ダメなんです~」
「そうですか……気になりますね。いや、見事でしたよ」
園長はあからさまに落胆したが、それでもニコニコとしていて、片付けを終えた俺に謝礼の封筒を渡してくれた。中にはプリペイド電子マネーのシリアルナンバーカードが入っているはずだ。エンチャント・ナオのドキドキ☆マジックショー六〇分ステージ、お値段は……高いと思うか安いと思うかは人それぞれだ。手品よりべらべら喋ってる時間の方が多いじゃんと思う人なら高いと思うかもしれない。王道だけどよく出来たルーティンだなと思う人ならお値打ちに感じるかもしれない。そして俺、エンチャント・ナオ本人としては、もうあと二万円ばかし上乗せできると少しは楽できるのになあ、と思わなくもない金額だった。
「お疲れさまでした、来年もまたお願いしますよ」
「ありがとうございます、是非!」
来年と言わず、来月でも来週でも是非お願いします──そう言いそうになるのを我慢して、俺はまたへらりと笑った。
* * * * *
またエンチャント・ナオをご贔屓に! 着替えて荷物をごっそり抱えた俺(ハトは誰も見ていないところでケージに戻してやった)を律儀に車まで見送ってくださった園長先生に営業スマイルで手を振りつつ、俺は車のエンジンをかけた。中古で買った軽ワゴンはゆっくりと走り始め、ミラー越しの園長先生はあっという間に見えなくなる。今日の仕事はこれで終わりだ。そうと思うとハンドルも軽い。家に帰って発泡酒でも飲もう。いや、今日はビールにしちまうか。つまみも買って帰ろうっと。ささやかな楽しみにうきうきしながら俺はカーラジオをつけた。最近は突発的な通行止めが多いから、カーナビだけでなくラジオも聞いておかないと、ひどい回り道をするような羽目に遭う。
[ただいまサイサキ市内で魔法少女がアザーズと戦闘中です。住民は速やかに避難してください。ナナハチ道路は現在通行止めです……]
ほら来た、早速通行止めだ! サイサキ市は現在地の隣の市だが、ナナハチ道路は俺の帰宅ルートにどんぴしゃりだ。迂回するにしてもどの道から行くかな。俺は赤信号の度にカーナビを操作して、迂回ルートを決めた。
[現在サイサキ市には複数のアザーズが発生しているため大変危険です。住民は速やかに避難して下さい。魔法少女の戦闘実況の視聴および防衛費寄付にご協力をお願いいたします]
ラジオはずっと通行止め区域と避難命令を繰り返すばかりだ。最近はこんなことばっかりだ。
アザーズ──
十年前に飛来した流星群「青の十日間」の後に現れた、宇宙外来生物の通称だ。奴らは体表が真っ青なコバルトブルーで、地球上の物質を何でも溶かして食べてしまう。形は様々だが大体バカでかくて、暴れ出すとその驚異的な破壊力で街がめちゃくちゃになる。排除しようとしても、何でも溶かしてしまうので攻撃が通用しない、というのは絶望しかない。そんな状況を救ったのが「魔法少女」だった。
奴らを一か所に集めて核を打ち込むべきだ、なんておっかない論争が白熱したころ、世界中のあちこちで不思議な現象が報告されるようになった。十代の女の子が超能力に目覚める──まるで魔法のように手を触れずにものを動かしたり、空を飛んだりすることが出来るようになった。少女たちは一様に「アザーズに襲われて、もう駄目だと思ったら力が発動していた」と証言した。彼女たちの力はアザーズを動かし、彼女たちが動かした石やブロックや何やらはアザーズに溶かされずにぶつけることが出来た。理由は分からないが、彼女たちはアザーズに対抗する力を手に入れたんだ。他に対抗する手段がない以上、地球の命運をいたいけな少女たちに託すしかない! 全人類がそんな風に考え、全世界のメディアが「魔法少女による地球防衛」を発表するまではあっという間だった。そしてそれは世界中を魔法少女に熱狂させることになった。
[サイサキ市にはアリサ・ピュアハートを始め多くの魔法少女が出動しています。住民の皆さんは落ち着いて、速やかに避難してください]
[次の交差点を左です]
「アリサ・ピュアハートねえ……」
俺は呟きながらアクセルを踏んだ。それは日本で、いや世界で一番有名な魔法少女だ。金髪に赤い服を来た、確か高校生の女の子。世界中にいる魔法少女の中でも彼女が最強と言われている。理由は彼女が魔法少女ランキング一位だからだ。各国政府は少女たちを「魔法少女」にしただけでなく、防衛費寄付の広告塔としても起用した。魔法少女の活躍を配信し、視聴者から寄付金──スパチャを集め、それを足りない防衛費に充て込むという単純明快なシステムだ。そんなファン心理をうまくついた仕組は過熱する一方で、高ランカーの魔法少女にはコラボ企画やスポンサー契約まであるらしい。
[サイサキ市および周辺区域は魔法少女戦闘区域となり大変危険です。近隣住民は立ち入らず自宅待機してください]
カーラジオは魔法少女と避難情報ばかり、道も単調でトロトロ走るばかり。俺はあくびを堪えながら近くのコンビニに入る。店内は官民連携キャンペーン中で、魔法少女アリサ・ピュアハートとのコラボ商品で埋め尽くされていた。俺がいつも買うドリップコーヒーの紙コップすらアリサの笑顔が印刷されている。コラボ商品を俺たち市民が買えば、その収益の一部が防衛費となる。魔法少女がアザーズと戦う様子の生配信を見れば、広告収入が、スパチャがやはり防衛費に回される。税金よりも自分が推す魔法少女に課金したい、それは特にこの日本の文化によく馴染んだなと思う。だけど俺は魔法少女が嫌いだった。
「あざっしたー」
学生バイトっぽい店員の適当な声を背に、俺はワゴンに戻る。荷台のハトの様子を見てくるっぽーと鳴いているのを確かめると、運転席でしみじみコーヒーを飲む。エンジンはまだかけない。春先とはいえ今日は冷える、指先のぬくもりと苦い熱が、疲れた体に沁みていく。俺は深々とため息をつくと、スマホを取り出して自分のチャンネルの管理画面を見た。……リアクションゼロ。さっきよりも盛大にため息をついて管理画面を閉じ、適当にネットサーフィンを始める。
そう、俺みたいな売れない手品師は動画チャンネルが生命線だ。面白おかしいマジック動画や、ネタバレギリギリ検証動画をアップしてPVを稼ぎ、広告収入やらスパチャをもらう。それを見た視聴者さんが、今日みたいな興行に声をかけてくれる。興行を見た子供たちが俺のファンになって、俺のチャンネルに登録してPVが増え、スパチャをしてくれて。……そんなポジティブサイクルは夢のまた夢だ。
今や動画サイトのランキングは世界中の魔法少女で埋めつくされてしまった。元から登録者数ウン万人みたいな太いチャンネルは何とか生き残っているが、俺みたいな零細チャンネルにはひとたまりもなかった。魔法少女が人気になればなるほど、俺の動画はネットの波の底の方に埋もれていく。何てことはない、俺が魔法少女を嫌いなのは、自分の動画が伸びないことの八つ当たりだ。今日の興行だってなんてことはない、かーちゃんの知り合いの知り合いが園長先生だったってだけだ。俺のことは知らなくて、入園式バザーの余興になるのなら、とお情けで呼んでくれたのだ。
「いいよなあ、お前らは……」
俺は紙コップに印刷されたアリサ・ピュアハートに向かって愚痴った。魔法少女たちは自分のランキングを上げるため、戦闘時に可愛い服を着たり、攻撃に華やかなエフェクトをつけたりするようになった。それだけではなくオフの日配信やモーニングルーティンなど、同世代のアイドルがやっていそうなことは軒並みやった。それは魔法少女のファンどもを熱狂させ、熱狂した結果せっせと課金してくれるので、魔法少女がアイドル化していくのを政府側も黙認していた。その陰で、俺みたいなエンターテイナーはぱったりと伸び悩み、ジリ貧生活をしているんだ。……動画が目に入ってしまえば、彼女たちなりに頑張ってるなとは思う。画面からはいろんな工夫が見て取れる。それに同期の手品師でも、魔法少女に埋もれずにちゃんとPVを出して稼いでいる奴はいる。一方で俺の動画は、時々コメントがついたかと思えば「つまんない」「どっかで見たなコレ」「使い古されたネタばっか」ばっかり。結局は俺に才能がないってことだろう。分かってる、そんなことは。でも俺だって必死にやってるんだ(ハトの世話も)。それでも、落ちこぼれでも、今更手品師以外の何をやれっていうんだ? ネガティブコメントするならそういうのを教えてくれよ。
俺はコーヒーを飲み終えた紙コップを握り潰そうとして──潰さずにカップホルダーに置いた。女の子の顔を握り潰す方が後味が悪い気がする。
「あーあ、俺の動画もランキング一位にならねえかな……」
しょうもないことをぼやきながら、エンジンをかけて道路に戻る。なんだかやけに空いていて走りやすいな。そんなことを考えながら運転していると、キィィィィ、となにか甲高い音と、正面の開けた空からバカでかい何かがこっちに向かってぐんぐん迫ってきて──
ズッドォォォン!!!!
ものっすごい地響きと共に、俺の軽ワゴンの前にコバルト色のばかでかい塊が落ちてきた!
「うをわあぁぁぁぁぁぁあああっ!!!???」
俺は叫び、反射的にブレーキを踏む──
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