第9話 俺はブラックコーヒー派から描けない

 賑わっているアーケード街を通り、路地を曲がってレトロカフェへと足を踏み入れる。街中に来たときはここで何度かネームを切ったことがあったので場所は覚えていた。


 俺はコーヒーを、七彩はオレンジジュースを頼む。


「なんかイメージと違うな」

「べ、別に良いでしょ、一人の時じゃないと選べないんだから」


 運ばれてきたオレンジジュースを見つめて、目にキラキラとした星を浮かべながら、写真を撮っている。


「イメージって恐ろしいんだよ。

 クラスメイトときたら呑めないのにコーヒー選ぶしかないし、家族で来てもコーヒーしか選べないし……その黒い飲み物、砂糖と牛乳いれても苦いんだけど!?」


「無理せず自然体で過ごしたらいいじゃないか」


 クラスでも無理してクール優等生キャラなわけだし。


「フォックス家の長女たるもの、家族を含めて人前では常に品性を保ち、トップでなくちゃいけないの。すなわちイメージを保つのは最重要事項なわけ」

「俺も人前の概念なんだが」

「アキちゃんは別に良い、生物として粗暴なんだから」

「粗暴いうな」


 お前は俺の事を野生の獣か何かだと思っているのか。


「学校の格好、酷いよ。爺やが見たら卒倒すると思う」

「爺やさん、まだお元気なんだな……」


 子どもの頃は執事って本当に存在するんだなと思ったが、いるところには存在するようである。


「絵を描いたりするとき、服が汚れなくて楽なんだよ」


 髪は確かに伸びすぎだが。


「それにだな、俺だって1年のときはみんなと同じで普通の格好だったんだ」

「あ、そうなんだ」


 ストローに口をつけながら、七彩は目線を上げる。


「けど、何かと話しかけてくる女子が多くてな。

 入学当時は双葉と漫画の話をすることがほとんどだったし、いつも他の女子に捕まるのが面倒になった結果、あのスタイルに落ち着いたともいえる」


「ふうん、話しかけてくる女子か……なら、良いんじゃないかな、芸術家スタイル、似合ってると思うよ――なら」


 最後は小声で良く聞こえなかったが、七彩としては納得したようである。


「で、何で突然カフェに来たんだ?」


 テーマがなければ本屋で好きそうな漫画を選んで、勉強がてら読んで貰おうと思ってたのだが。


「共感性を高めようと思いまして」

「共感性?」

「そう、私に不足しているのはそれなの」


 いや、おそらく画力も構成力もストーリーも足りてないと思うが。


「わ、笑わないでほしんだけど」


 と、ストローで氷をくるくる回しながら七彩は言葉を選んでいる。


「私、ずっと普通の生活がしたいって思ってた。

 けどフォックス家の長女として過ごすと、普通とは縁遠い生活ばかりだから……」


 一般家庭に生まれた俺にはうまく理解できないが、お嬢様はお嬢様としての悩みがあるようだ。


「学校の帰りに誰かと帰ったり、部活をしたり、テストの事を話したり――クラスの同級生に恋をしたり」


 カラカラと回していた氷の動きが止まる。


「私が手を伸ばしても届かないのは、普通の生活」


 だから、と彼女は続ける。


「共感性を得るお話が、描けない気がしたから」

「そういうことか……」


 確かに画力や構成などの技術は、延々と描き続ければ結果が付いてくる。

 だが話を生み出す発想の種は、その人物の人生やセンスによるところが大きい。


「全く、双葉に勝ちたいといった割には、えらく長い道だな」


 俺は笑いながら覚めたコーヒーを一気に飲み干す。


「ならいつでも俺を誘え、普通の生活なら、案内できんこともないだろう。

 ここまで来たら徹底的に手伝ってやるぜ」

「アキちゃん……やっぱり、昔から変わらないんだから――」


 七彩は口元を緩ませ、同じようにオレンジジュースを飲み干した。

 ストローは使わずに、お嬢様とは思えない豪快さで。







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