第4話 俺は幼馴染と下校するから描けない

「知らない天井だ……」 


 いやいや、知ってる。

 何度か目にしたことある。

 意識を取り戻したのは保健室だった。


「……くっ、やっぱ瞳を見ちゃダメか」


 俺は頭を振りながら、ベッドから体を起こす。


「だ、大丈夫なの、アキちゃん」

「ああ、心配するな、あと背中から抱きつくのやめてもらえませんかね」


 弾力のある物体が密着し、春の花のような優しい香りが漂う。

 

 他の人がいなくなると、こんなに甘えてくるのだから油断も隙もありはしない。

 この甘えようだと保険教諭の『なななちゃん』は、今は席を外しているに違いない。


 そうでなければ七彩がこんなにパーソナルスペースに踏み込んでこないからだ。

 俺は身を引き、ベッドの反対側から降りて愛用のサンダルを履く。


「とりあえず、保健室まで連れてきてくれてありがとう、七彩なないろ

「へへへ、ありがと。でもね、お礼は松島先生にどうぞ、あとなななちゃんにね」


 あの二人が俺を運んでくれたのか、流石にお礼くらいは言った方が良かろう。

 とくに松島先生はいつも校舎で追いかけっこしてる、ルパンと銭形みたいな関係だからたまにはねぎらってやりたいもんだ。


「でもどうして、気絶なんて?」

「……なんていったらいいか。

 まあ、下校時間もとっくに過ぎてる、家まで送るよ」


 そう言って俺はいつものようにブレザーを肩に羽織った。

 理由を話すかどうかは、まだ固まっていない。


■■■


 明野星高校は過去の津波の影響で高台に新設された高校である。


 そのせいもあり、心臓破りの地獄坂を毎朝登るのだが、帰りは街並みを見下ろしながら帰れるので気持ちが良い。

 意識を失った後の四月の春風はさらに気持ちよく感じられた。


「七彩、俺の身体はある呪いにむしばまれている。そう思うと理解しやすい」

「ど、どういうこと?」


 人目に付きやすいところでは密着しないのが七彩のマイルールである。

 しかし並びながら歩く七彩も突然の中二病発言に、さすがに一歩距離を取った。


「俺は、七彩なないろの瞳を見ると倒れる」

「――んんん?」


 何一つ分からないのか、七彩なないろは更に首をかしげる。


七彩なないろが悪いわけじゃないんだ」


 理由をここで話すべきかどうか。

 どうしたってかっこ悪い理由だし、人に話すべき内容じゃないのは確かだ。


「その理由って……ま、まさか」


 さすがの七彩なないろも勘付いたか、十年近く海外にいても話は伝わっているのかもしれない。


「私が超絶可愛いくて、好きすぎるってことだよね?」

「いや、微塵もない」


 大きな胸の前で手でハートマークを作っていたが、すぐに崩壊することとなった。


「アキちゃんん、冷たいいいい。昔はあんなに純粋で可愛かったのに」

 

 それじゃあ、と切り替え早く、七彩は再び頭を捻る。


「幼馴染の制服姿は、小学生の時よりも成長しすぎてて、直視できない――! 的な?」

「自己肯定感の塊で安心するよ」


 このままでは永遠に七彩なないろの身体的特徴を聞かされそうだ。


 俺は心を決め、大きく息を吸い、何度か吐き出す。

 過去の記憶がフラッシュバックしそうになるがぐっと堪え、


「――双葉にフラれたからだ」


 と、出来るだけ簡潔に伝えた。


「え……双葉に?」


 意外そうに七彩なないろは息を呑む。


七彩なないろがアメリカに行ってからは、双葉と過ごす時間も多かったからな、その、まあ、流れでな」

「ああ、そういうことか……」


 一人納得したようにうんうんと頷く。


「あの同人誌は双葉との思い出だとは思ってたけど……まさかフラれてるところまで同じだったとは」

「ぐぅ……!」


 ぐうの音って出るもんだな。


「情けない話だが、自分でも相当ショックだったみたいでな」

「だから双子の私の顔も見れない……か」


 七彩には双子の妹、双葉がいる。

 性格は大人しいが、七彩のような熱を心の内に宿すあたり双子の妹である。

 もうお分かりだと思うが、七彩と双葉の顔は全く同じだ。

 

 唯一の違いは髪の色だろうか。

 双葉は目立ちたくないため、黒に染めていた。


「そっかそっか、かわいそうにねえ。正妻が慰めてあげるね」

「撫でるな撫でるな!」


 あと俺を既婚者にしないでくれ!


「ふうん、傷を癒すために夢に全力投球を選んだんだね」

「ぐぐぐ、そういわれると元も子もないが、まあ、な」


 フラれてから数日間は何も考えられなかったが、向かうべき道を定めたとき、身体に火が灯ったように、空っぽの身体に何かが流し込まれた気がしたんだ。


「ふうん、じゃあ、丁度いいね」


 舞い散る桜の木の下で、七彩は立ち止まり、改めて俺へと向き直る。


「なら、あの素晴らしい本を描いたアキちゃんに漫画の描き方を学べるってものだよ」


「ライバルに学ぶのはどうかと思うぞ」


 俺と妹の双葉に勝つために漫画を描くと宣言していたじゃないか。


「私、漫画って読んだことないから、一番好きな漫画を描いた人を師匠にしたいって思ってたんだ」

「一番好きな漫画ってなんなんだ?」

「聞くまでもないでしょ?」


 上目使いで俺を見る。

 流石に外では他の生徒に見られる可能性を考慮してか、甘々な攻撃はしかけてこない。


「春夏アキフユ先生の絵もお話も大好きなんだよ」


 ――けどね、と彼女の銀河を内包した瞳が細くなる。


「あの本の題材が私じゃない事だけが、人生で一番悔しい――!」






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