第3話 俺は幼馴染に意識を刈り取られるから描けない

「放送室ってこうなってるんだね」


 突如現れた女神様は俺の膝の上に座りながら、収録ブースを見渡している。


 【明野星あけのぼし高校の天才】といえば、氷のお姫様の二つ名もあるほど、クールだと聞いていんだけど、甘えん坊過ぎない?


「ねね、子供のときみたいに、ぎゅっとしてぎゅっと」

「できるはずないだろ!」


 そもそも膝の上にいるだけで、前が見えなくてネームをまとめられないんだから!


 この高校生レベルの容姿を天元突破している少女は、七彩(ナナイロ)=フォックス。日本人の父親とアメリカ人の母親の間に生まれたハーフで、小学校三年生の時に留学した幼馴染だ。


 一般的な男性ならば性的な魅力に酔いしれるだろうが、今の俺はから、魅力に飲み込まれずに、漫画のキャラクターにしたら映えるシルエットだなくらいにしか感じていない。


「こんなにお願いしてるのに……」

「普通、幼馴染の男子にここまで迫る女子とかいないからな?」

「普通だよ、アキちゃんの世界は古いんじゃない?」

「そうか、俺が古いのか……」


 毎日、絵をかいてる間に世界は随分アグレッシブになったんだな。


「それはそうと――これ、アキちゃんが描いたんでしょ」


 やっと俺の膝から離れ、鞄から取り出したのは、だいぶ読み込まれたボロボロの紙の束だった。よく見るとコピー用紙の束であり、右端がホッチキスで止められている。


「……覚えてないな」

「でもこの本に出てくる女の子の顔、私にそっくりだけど」

「ぬぐうぅ!?」


 どうしてそういうところだけ鋭いんだ。

 さすが明野星あけのぼし高校の天才というべきか!?


「1年の文化祭で拾ってから毎日見てるんだ。

 想いの全てが詰まってるから」


 パラパラとめくりながら、七彩なないろは目を伏せる。


「俺にとっては黒歴史中の黒歴史だ」


 今ではしっかり反省しているが、寝ずに描き上げた事と文化祭のテンションにより、奇行師の名に恥じない行いだった。


「けど、この想いは私じゃないに向けたものじゃないかなあ」

「……どうかな」


 俺の表情を読み取ったのか、七彩は「そっか」と言って猫のように大きく伸びをした。


 収録ブースにはすりガラスからオレンジ色の日差しが差し込み、そろそろ宵闇よいやみの足音が聞こえてきそうだった。


 普段はもう少し描いているのだが、ノートを閉じて、ドキュメント鞄へと画材を押し込む。


「今日はもう終わり?」

「残りは家でやるさ」


 席を立ち、七彩へ帰宅を促そうとしたとき、彼女は瞳を輝かせながら俺へと向きなおる。


「そ、それじゃあさ、良い事、思いついたんだけど」

「ん?」


 七彩の言う良いことが、良い事だったためしがない。


「理想の花嫁になる為には、アキちゃんの全てに勝たなきゃいけないでしょ?」


 いやむしろ、もう俺という人間性も学力も財力も全て追い越してると思うぞ。

 彼女はスッと立ち上がりこぶしを握る。


「そしてにも勝たなきゃ、私は気持ちよくアキちゃんと結婚できない」


 夕日を浴びながら、俺へと向き直る姿は、どんな芸術作品よりも美しい立ち姿だ。


「なら私が次に向かうべき覇道は、一つしかない」


 その瞳はまるで全銀河の全ての星を詰め込んだように輝いていて――やばい、もろに――俺は意識を失いつつ、身体を傾かせ、地面に倒れ行きながらも、七彩の言葉だけはしっかりと耳に焼き付いていた。


「――私も、漫画を描いてアキちゃんと双葉をねじ伏せるね☆」







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