第2話 俺は放送室で女神の椅子になるから描けない

 ――半年後の春。


 俺は春夏はるなつアキフユ。十七歳。

 高校二年生になったばかりの普通の男子だ。


 他の奴らと、多少違うといえば、服装程度である。


 ブレザーは肩にかける、すぐ脱ぎやすいように。

 ワイシャツは首が苦しいから二つ目まで開ける。 

 腕は常に巻くっている、インクで汚れやすいからな。


 スラックスは膝の下までまくっている、すぐ走り出せるように。

 芸術に疎い教師たちはすぐに追いかけてくる。


 ああ、そうそう、校内ではサンダルを利用している。

 いつでも裸足で逃げられるようにさ。


 長すぎる前髪は左目だけにかかっていて、後ろ髪は無理やり首の後ろで縛っている。ノートへネームを切ってると、髪を切りに行くのをいつも忘れるんだ。


 髪の色は元から赤銅色のせいで、よく生活指導の松島に捕まるが、今では仲もいいもんさ、俺が思ってるだけかもしれないけどな。


 どんな時間でも俺の命よりも重い画材とタブレットは手放さない。

 いつも斜め掛けのB4サイズの原稿が入るドキュメント鞄をぶら下げている。


 そんな何処にでもいる男子高校生のはずが、ついた通り名は『奇行師きこうしの四季』、酷いもんだと思わないか?


 廊下を歩けば、一年だろうが二年だろうが、奇異の目で俺を見つめ、教師はいつも追いかけてくる。


 俺はただ、青春の全てを漫画に賭けたいだけだ。


 周りの目を気にして生きるなんてまっぴら御免さ。こちとら主人公を辞めた背景キャラであり、ヒロインものだから誰かの顔色をうかがう必要もない。


 この肉、血、骨、脳の全てをフル稼働して、作品を描きたいだけで、夢を追う男子高校生として変なところは何一つない。


 ほら、廊下から見える野球部がプロ野球選手を目指すみたいに普通なことさ。


 俺は放課後の吹奏楽部の水戸黄門のテーマを聴きながら鼻歌を唄いつつ、ポケットから鍵を取り出して、重たい放送室の扉を開ける。


「木上。今日も場所、借りるぞ」

「おっすー」


 放送卓の椅子に座りながら、レトロゲームの「スーパーファミリーコンピューター」をテレビに繋いで遊んでいる木上きのうえは、いつもの様にこちらを見ずに挨拶をする。


 今日プレイしているのは見たこともないマニアックそうなRPGだった。

 相当なレトロゲーム好きである。


 これで放送同好会の会長なのだから世も末だ。

 まあ、朝と昼の放送を流しているだけ仕事はしているが。


 俺は機材室を抜け、そのまま奥の収録ブースへと進む。

 帰宅部の巣窟と化している放送同好会は、漫画の作業をするのにうってつけだった。


 しかも収録ブースの机は広く、原稿を進める為に画材を広げるのも苦ではない。

 すぐにノートを開き、次回の新人賞向けの応募作を練る。


 シャッシャッ――。

 シャッシャッシャッ――。

 シャッ!


 授業中に漫画の設計図となるネームは脳内で練られているので、ノートに落とし込んでいく作業は非常に軽快だ。


『そういや、春夏さー。聞いた、あの噂』

「噂には興味ない」


 木上はわざわ収録ブースのみに声が届くように、マイクを使って話しかけてくる。

 ノートにシャープペンを走らせながら、木上の実のない話に相槌あいずちを打つ。


『相変わらず世捨て人だな。最近お前を探しているやつがいるらしいって』

「物好きな奴だ」


 俺を探すような奇特きとくな奴はイラスト関係だろうか。


 保育園から漫画を描いているせいか、美術部に何度か勧誘されたことはあるが、俺はすべて断っていた。理由は美術部があまりにも個性が強かったのもあるし――当時は別の部にも在籍していたしな。


『いや、それがさ。聞いて驚くなよ、あの明野星あけのぼし高校の天才、そして氷のお姫様の異名を持つ――』


 コンコンッ。


「ん、誰だ?」


 話しかけたとき、防火扉のように重たい扉がノックされる。


 コンコンッ。コンコンッ。

 今度はリズミカルにドアがノックされた。


『仕方ねえ、出迎えてくるか』


 普段、放課後の放送室に顔を出すのは、先生くらいのモノだがそれも稀である。

 木上は面倒くさそうに立ち上がり、鍵を解除してドアを開いた。


「どちらさまで……え……」

「お邪魔します」


 女子の声か。

 その声は真冬のように鋭く、それでいて人を惹きつけるカリスマ性がある。


 だがしかし、俺はそもそも放送同好会員ではないので関係のない事だ。

 女子にも興味は無いので、そのままペンを走らせる。


「ここに春夏君はいる?」

「あ、いや、お、おう、奥にいるぜ」

「そう、ありがとう」


 木上は何故かしどろもどろになりながら、緊張した声を絞り出していた。

 歩いてくる足音は静かで軽やか、育ちの良さを感じられる。


「やっと見つけた」


 収録ブースの机へ力強く両手を置いて、謎の女子は俺の頭へと話しかける。


 木上はその女子が放つ、力強い気配に気圧されたのか、「か、鍵は任せた、じゃ、先に帰るわ!」と逃げ出していきやがった。


 あいつ面倒ごとを俺へとなすりつけていく気か。

 一体誰が俺なんかに用があるのか――。


「ふう……行ったようね」


 落ち着いた少女の声が聞こえたのかと思うと、小さく息を吸う音が聞こえた。

 何かの覚悟を決めたようだ。


「アキちゃあああああああああああああああああああああああああああああんん!」

「あえ、うああ!?」


 うわ、なにごとだ!

 顔を上げたときにはもう遅い、その少女は既に俺目がけて飛び込んできているのだから。


「あ、あぶねええ!」

「やっと逢えたあああ!」


 どこの誰だ!?


 何故、俺は抱きつかれて顔を埋められている!?

 さっきの氷の女王みたいな雰囲気は何処に言ったの!?

 なんで一万二千年ぶりの再会くらいの熱量があるの、この子!?


「な、なにものだ!」

「理想の花嫁が帰国したんだよ、やああっと話せたよおおお!」

「理想の花嫁って――全く記憶にないぞ!」


 ここ最近は恋愛沙汰から離れているし、漫画に情熱を傾けているので、女子との面識もまるでない。


「――き、記憶にないの?」


 感情を行動で表現しまくる子犬のように、俺の胸に顔をこすりつけていたが、その少女はパッと顔を上げる。


「ま、まず離れようか」


 ちょっとスタイル良すぎて、色々当たってるからな。

 肩を掴んで無理やり引きはがすと、少女は涙目のままで、絨毯の上に座り込んでしまった。


「アキちゃん、忘れちゃったの……?」

「忘れたも何も、俺にこんな……」


 と言いながらも、頭の中ではパズルのピースが次々と組み上がっていく。


 世界の全てを手に入れる事が許されているような星を宿した輝く瞳。

 アメリカ人の母親から受け継いだ金色に近く、よく手入れされた長い髪。

 女神も裸足で逃げ出すほどの胸囲と引き締まったウェスト、健康的でバランスの良い脚――。


「や、やっと話せたのに」


 少女は大粒の涙をこぼして、俺をじっと見上げる。

 その吸い込まれそうな瞳に俺は意識を奪われそうになり、すぐに視線を外す。


 ここまで年齢にそぐわない甘えん坊は、俺の人生で一人しか該当しない。

 そう、幼馴染の俺の前のみ異様に甘えてくる異性――。


七彩なないろなのか……?」

 

 俺の回答に満足いったのか、うんうんと頷いて力強く「ずずず!』と鼻水をすする。


「私がどれだけアキちゃんを探したか分かってる?

 1年生の秋には帰国したのに、出会えたのは今!

 今なんだよ!? ――二年生の春! 半年後!

 高校生活の貴重な1/6を費やしたんだよ!?」


「まさか帰国してたとは、それなら話しかけたら良かったのに」


 俺の言葉に七彩なないろは、「ええええ……」という、複雑な表情をする。


「アキちゃん、休み時間もお昼休みも放課後もすぐに姿を消すし……同じクラスになっても、話しかけるのに二週間もかかってるんだからね?」

「そりゃ、教室じゃ覗き込む奴が多すぎて描けないからな」

「描けない?」

 

 ああ、といって、俺は手に持ったネームノートを見せる。

 

「漫画家になる為にな」


 手に持ったノートを見て、七彩は涙をこすり、にへらと笑う。


「そっか……ずっと描いてたもんね」

「まあ、夢だしな」


 口に出してから疑問を感じた、夢という言い方はあまり好きじゃない。

 俺は漫画家になるのだから、夢ではなく、【結果にいたる道】であろう。


「私もね、アキちゃんと約束したように理想の花嫁になったよ」

「まて、それはどういう意味だ」


 七彩なないろは、言いよどむことなく、満面の笑みを俺に見せて答える。


「僕より勉強も運動も、何でもできるようになったら花嫁にしてやるよって、言ってた」

「それ何歳だっけ?」

「4歳の保育園の遊戯室」


 それ、カウントされるん?


「だから私は留学して、誰にも負けない知力、体力を身に着けてきたんだから」


 なるほど、最近よく耳にする【明野星あけのぼし高校の天才】とは、きっと七彩なないろの事だろう。


 大昔から思いついたら猪突猛進レベルが吹っ飛びすぎているのだ。


 普通なら幼少時にそんな約束しても、自分で勉強や運動を頑張る程度が普通だと思うが、七彩なないろは違う。

 あまりある自宅の財力と持ち前の高すぎるモチベーションにより、『その時に選択できる最大限の努力』を行う少女なのだ。


 その結果がここにいる泣きはらした美少女である。

 まったく、相変わらず立派になって帰ってきやがって――。


「ぐすっ……ただいま、アキちゃん」




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