第1話 俺は文化祭で全ての青春を投げ捨てる

「こら、待て、待たんか、春夏はるなつ!」


 息を切らしながら追ってくる生活指導の松島先生の追跡を免れながら、俺と木上は一年生の廊下を疾走する。


「さあ、退いた退いた、読みたい奴は好きなだけ持ってきな!」


 先日までのこの世の終わりのような気分は既になく、今日はむしろ清々しい。


 図書館で印刷と製本を行い、コピー本として作った同人誌は、勝手気ままに地面に落ちていくが俺たちは構うことなく全力で走り去る。


 いくらこぼれ落ちようが俺と木上の両手には、まだまだ溢れんばかりのコピー本がバサバサと風を切っている。


「将来プレミアもんの作品だ、好きなだけ拾っていきやがれ!」


 すれ違う男も女も誰もが、驚きや笑みを浮かべている。


「いいぞー!」「逃げ切れ逃げ切れ!」「松島に捕まんなよー!」

「危ないじゃない!」「うははは、なんだアイツ!」

「焼きそば買ってきなあ!」「飲み物もどうだ!」「ほら、階段はそっちだ!」


 溢れんばかりの人波は、皆好きかって言いながら、歓声を上げる。

 その様はまるでお祭りだ。


「春夏、お前は屋上に行け、俺が松島を撒く!」

「この借りは、たこ焼き一船!」

「ああ、期待してるぜ!」


 唯一の友人である木上の心意気を無駄にしないように、俺は階段を数段飛ばしで登っていく。

 メイドの格好した男子もいれば、貴族のような格好をした女子を追い抜き、滑り込むように屋上のドアを開ける。


 屋上でもいくつかの展示が行われており、息を切らす俺を見て、皆驚きと、『また、奇行師きこうしの四季か――』という顔をしている。


 だが呆れているというよりは文化祭の熱にうなされているようで、何故か歓声すら上がっているのだから、フルマラソンのゴール地点のようだった。


 秋空は快晴、何処までも突き抜ける青。

 雲はなく、屋上から望む街はいつもと違う街に見えた。


「行っちまえ、俺の今までの青春、全てを飲み込んで!」


 俺は勢いに任せて、手に持っていた同人誌を、

 ――太陽目がけて目一杯ばら撒いた。


 強風が吹き抜け、コピー本は屋上のみならず、この街のどこか遠くまで、ページ数の少ない本を吹き飛ばしていく。


 この世界に絶望した俺はもう主人公じゃない。

 何故なら、ヒロインはもう二度と俺の物語に登場しないからだ。


 彼女とすれ違うことはあっても、もう二度と顔を見ることもなく、笑い合うこともなく、好きな物語を語り合うこともない。


「これからの青春は全て費やしてやる、目指すべき道の為に――」


 もう二度と、人を好きになる気はない。

 もう二度と、人に好かれる気もない。


 どんなに手を伸ばしても、手に入らないものは絶対に存在するのだから。



【幼馴染(双子の妹)にフラれたので漫画家志望で生きてくはずが、何故か美少女双子(姉)に懐かれるし、ふった双子(妹)も話しかけてくるから気絶します! 静かに描いていたいのに双子がそれを許してくれません。】――開幕。





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