第33話 もう一度
ざしゅっ、と滑らかな白い切っ先が、猫乃門の皮膚を抉る。
ぱっくりと裂けた腕からは、だらりと血が流れ落ち、宙を、氷の地を紅く染めていく。
これで何度目だろう。
ぜいぜいと肩で息をしながら、赤に塗れた猫乃門は考える。
猫乃門がかろうじて蓮の肌に浅い一線を生み出したときには、彼女はその十倍の傷を負っていた。
猫乃門がぜいぜいと呼吸を荒げているのに、彼女はその十分の一程度しか息を乱していない。
蓮は疲れた様子など微塵もなく、変わらず余裕に満ち足りた笑みを貼り付けている。
まるで猫乃門を甚振るように決定的な傷を与えず、痛みがひどい傷だけを残していく。
それを自覚すると同時に、ふらり、と。多量出血によるものか、猫乃門の視界が、身体が、一瞬ぐらついた。
その瞬間をまるで見計らったかのように、腹へ鋭い蹴りが叩き込まれる。
「ごっっが、ぁッッ!!」
宙を駆けるように飛んだ彼女の軽い身体は、そのままビルのような大きさの氷塊にぶち当たる。その衝撃が脳天を駆け巡る頃には、最早意識が朦朧としていた。
額から、腕から、足から、腹から流れ落ちる血が鬱陶しい。
身体中がズキズキと痛んでもうどこが痛いのかもわからない。
切り傷だけでなく、蹴飛ばされた衝撃で内臓にもずいぶんの負荷がかかっているはずだ。
叩きつけられた身が、ずりずりと氷塊を滑って落ちる。
氷塊を背にしたその姿は、明らかに戦える状態ではない。それはもはや、見ている誰もが理解できることだった。
それでも彼女は立ち上がる。
負けるわけにはいかないから。負けるのは、蓮ともう話せないということだから。
彼女と、もう仲直り出来ないということだから。
蓮が何を考えて、何を思って、どんな世界を生き、どんなひとを愛したのか、それをもう知ることができないということだから。
だから、猫乃門獄は立ち上がる。
今度は蓮に自分から、相棒なのだと伝えるために。
――俺は、お前ともう一度――。
大鎌を支えにするように立ち上がる。
ごぼっ、とせり上がる胃液交じりの血液を吐き捨ててから、目の前の女を見据える。
霞んでぐらつく視界では、もうくっきり見ることすらできなかったけれど。
――もう一度、一緒に――!
痛む足に負荷をかけ、彼女目掛けて地を蹴った。
いつもよりもはるかに重く感じる大鎌を振り上げて――。
けれども、それは届かなかった。
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