第29話 愉快なショーマン
「さらばだ、猫乃門獄(ひとや)」
冷たく、氷のような低い声がする。
ぎらりと月光に照らされた刀が、猫乃門の首めがけて振り下ろされ――。
「みらくる☆まじかる! らびらびどり~む!」
突如、光が煌めいた。ブルーグリーンとピンクの光の中、煙に混じってぽふぽふと星や兎が舞って、そこだけ別世界のようにファンシーな景色。
その景色を、猫乃門は知っていた。
その景色を生み出す魔法少女を、猫乃門は知っていた。
チッと小さく舌打ちをこぼしながら、蓮は数歩後ずさる。
その隙に猫乃門のそばへ近づいた魔法少女――夢兎ゆゆんはそっと彼女の肩に手を置いた。紫の光が猫乃門の傷口を覆ってじわじわと傷を治していく。
「猫さん、大丈夫ですか」
「ゆ、ゆんちゃん……何で……」
「配信を見て来たのです。近くだったので助かりました。結界を破壊するのに少し時間がかかってしまいましたが……」
夢兎が申し訳なさそうに眉を八の字に曲げる。
そこへ割り込むように、低く、されど、どこか愉快とも表現できるような笑い声が響いた。
「はは、これは誤算だったな。まさかあの結界を破るとは」
夢兎が悲痛に顔を歪めながら、声の方へすぐさま視線を移す。
「……蓮さん……」
「まあでも、私も思っていたところだったのだ。『これでは少なすぎる』とな」
言いながら、蓮は徐に刀を宙に放った。
くるりと弧を描いた刀は、まるで砂のように光の粒子となって消えていった。まるで今日のショーはこれでおしまいだとでも言うように。
「お楽しみは次にとっておこう。あいにくと、待つのは結構得意なタチでね。だから――」
瞬間、蓮はひょいと身軽に人間では到底不可能なほど高く跳ぶと、宙に浮かんでいた自動追尾カメラを容易くその手の中に捕えた。
緑色の魔法陣が彼女の足元に構築されて、それを足場にしながら彼女が手の中のカメラレンズを覗き込む。
「皆聞いてたかな? 二日後だ。二日後の同じ時間、もう一度私はコイツを殺しに来る。今度こそ必ず猫乃門獄(ひとや)を殺してやる」
蓮はぞっとするような本気を滲ませた声でカメラに告げると、しかし次の瞬間には、まるで愉快なショーマンのように口角を上げる。
「その様を今日と同じように配信しよう。だから、ぜひ見に来るといい。コイツの無様な命乞いをな」
蓮は美しく、されど身震いするような笑みを浮かべてみせると、それを最後にカメラの電源を遮断した。
ブツンッと画面が真っ黒になったカメラが蓮の手の中に沈む。
「そういう訳だ、猫乃門獄(ひとや)。せいぜいガタガタ怯えながら、命乞いの言葉でも考えておけ」
白く鋭利な細指が猫乃門へ刺すように向けられる。彼女はそこで小さく鼻で笑いながら。
「――無論、そんなものは無意味だがな」
蓮は唸るような、嘲笑を交えた声でそう言うと宙を蹴った。
緑色の魔法陣が一際鋭くきらめいて消えた時には……もう蓮の姿はどこにもなかった。
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