第27話 お前には救われてばっかだな

 シャワーのように弾け飛ぶ赤い液体が、猫乃門に降りかかる。

 肩口から腰まで、斜め一直線に分断された白い身体がぐらりと揺れた。

 油断していたのか、あるいはその傷でなおも向かってきた猫乃門の気迫に押されたのか、ほとんど攻撃をまともに食らった虎面に、もはや反撃の力はなく――ただ、どしゃり、地に伏す音だけがした。


 は、は、と短く息を吐く。

 息はまともにできておらず、酸欠にでもなったようだった。けれど。


 ――勝った。


 小さく、心の中で呟いた。


 ――勝ったぞ。


 その瞬間に、身体が脱力する。

 からりん、と手の中から大鎌が滑り落ちる音と共に、瞳に映る景色が霞んでいく。


 ふらりと身体がよろけて、倒れそうになるのを必死に両の足で押し留めていると、ぼんやりした視界の中で、何かが自身の前に立ったのを感じた。

 否、何かではない。

 蓮だ。


 見知った黒の着物は虎面の攻撃によって血に濡れ、少々破れていたが、見間違うことはない。彼女はふらついた猫乃門の肩を支えるように、そっと手を乗せた。

 思わず、猫乃門は苦笑する。


 ――あぁ、本当に。


「ほんと、お前には救われてばっかだなァ……」


 蓮が無事であることの安堵と喜びと、それから彼女がそこにいてくれるという安心感に、猫乃門はそっと愁眉を開く。

 泣きそうになるのをぐっとこらえて。

 それから、最後の力を振り絞り顔を上げた――瞬間だった。


「ッあ…………?」


 どんっ、と自身の身体に走った衝撃に、彼女は思わず呆けた顔をした。

 ぐさり。

 おそらくは、そう形容するのが相応しいような音だった。

 鈍く光った刃が、刀が、自身の腹に突き刺さっているのを、猫乃門は見た。


 一瞬、理解ができなかった。

 どこからこの刀がやってきて、どうやって自身の腹に刺さったのかわからなかった。だから蓮の方を見た。蓮は大丈夫かと。蓮に刺さってやしないかと。


 蓮は無表情だった。

 見たこともないような冷たい無表情のまま、何かをこちらに向けていた。


 何か。

 何かは、柄だった。

 その手には確かに、猫乃門の腹に刺さった刀の柄を握っていた。


「……は…………?」


 信じたくなかった。信じたくなかったし、やはり理解が追い付かなかった。


「蓮、なん、で」


 ごぼり、と口から新たな鮮血を吐き出しながら、猫乃門は問うた。

 蓮はやはり冷たい目をしていた。冷たい目で、やっぱり見たこともないような表情で嘲るように口の端を吊り上げていた。

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