第24話 絶叫たすかる

「――――ッど・ゥ・わ・あ・あ・ッ!!」


 猫乃門の悲鳴とともに、とん、と緑色の魔法陣が地面に敷かれた。降り立った蓮は抱えていた猫乃門を下ろしながら、呆れたような顔をした。


「うるさいぞ貴様。始終ギャーギャーと喚きおって」

「わッわめくだろお前! 15分間ジェットコースター乗ったみてえなもんだぞこんなん!」


 そう、蓮は猫乃門の家から現場のトンネルまで自身の異能――足元に魔法陣を作って足場にすると同時に、足の筋力を増強させて跳ぶ力らしい――を使用しながら猫乃門を抱えてきたのだが、いささか猫乃門には刺激が強かった。

 約150km/hのスピードに加えて、急転回や急降下の15分間だったのだから当然といえば当然である。


「この方が早いし金も節約できたんだ、いいだろう。それより見ろ。いかにもって感じの禍々しいトンネルではないか」


 蓮はトンネルを見やってにやりと口角を上げるが、一方の猫乃門はというと想像以上に“いかにも”なトンネルの入り口に思わず身を竦ませていた。

 五、六メートルはありそうなトンネルの入り口は、まるでぽっかり空いた穴みたいに真っ暗で何も見えない。どれだけ続いているのか、どこに繋がっているのかさえわからなくなりそうな、闇の入り口。


 周囲にはいくつか電灯があるが、やけにチカチカとちらついて恐怖心を煽ってくる。まるでわざと作られたそういう演出みたいだ、と猫乃門は思った。

 森に囲まれているため他にあるのは木や植物ばかりで、ときたま夜行性の生き物がガサガサッと葉や木を揺らしたり、ホーホーだとかヒョーヒョーだとか形容しがたい静かで不気味な音を立てたりする。

 猫乃門はそのたびに肩をびくりと揺らしていたが、隣に立つ蓮は妙に神妙な顔をしてトンネルを見つめていた。


「で……いんのかよ?」


 猫乃門は隣でトンネルをじっと見つめている蓮に問う。言わずもがな、『虎面の人型』のことである。


「さぁな」

「さぁなって何だよ! お前そういう気配とか分かるんじゃねーのかよ!」


 猫乃門の言葉に、蓮は「あぁ」と得心がいったかのような顔をすると。


「何かいるような感じもするがな。このトンネルは構造が悪い。そういう気配みたいなものを閉じ込めているみたいだ」


 それから蓮は徐に首から提げていた配信用の自動追尾カメラを起動させると、そそくさと配信準備を始める。

 放っておかれた猫乃門はとにかくなるべく蓮の近くを陣取ると、仕方なく配信画面を見つめて気を落ち着かせることにした。


***


「クソッ暗すぎてほぼ何も見えねえじゃねーか! これ、お前らは見えてんのか?」


 懐中電灯を照らした猫乃門が恐怖心を紛らわせるようにカメラに向かって問うと、お祭り騒ぎが如く賑わっているコメント欄から『見えてるよー』『まっくら』『暗闇が見える』などと返ってくる。


 実はカメラの画面である配信画面を見ればどう映っているのか聞かずとも分かるのだが、しかし何か喋っていないと落ち着かないのだ。蓮は先ほどから妙に口数が少ないし、どうにも気が逸っているのか、いつもより歩く速度が速い。

 猫乃門は先導する蓮のそばをなるべく離れないよう、足取りを早める。


(ま、コイツにとっては念願の復讐が果たせるワケだしな)


 猫乃門は内心でそう呟きながら、どこか物悲しさを感じる自分に見ないふりを決め込んだ。

 するとその時、ふと視界の端で何かが動いた。

 反射的に猫乃門が飛び上がって。


「ぅぎゃ――ッッ!!」


 と声を上げる。しかしそちらに懐中電灯を向けると、ただのネズミだったようで、彼あるいは彼女はすたこらさっさと逃げていった。


「ただのネズミかよ!! 驚かせやがって!!」

『絶叫たすかる ¥5,000』

「たすかるな! でもスパチャありがとう!」


 ひと安心した猫乃門が相変わらずコメント欄とコントを繰り広げた――ちょうどその時。


 ぞッと。


 思わず身の毛がよだつほどの凍えた気配を、背後から感じた。

 本能的に、これはマズい、と逃走欲を煽られるような、冷えた空気。

 ぞっと身体中の皮膚全てが粟立つような、どっと嫌な汗が全身から噴き出すような、そういう怖気と悪寒。


 全ての感覚器官が危険信号を鳴らしている。それでいて、身に覚えのある寒気。

 最早間違えようのない、三度目の、この感覚。


 しかし、猫乃門がそれに気づいた時にはもう遅かった。

 振り向きかけた視界の端に、編み笠を被った白い着物と虎面がぼんやりと浮かんでいた。

 さながら幽霊が如く、暗闇の中でただ一つ存在を主張したそれは、今まさに。まさに、手に持った刀を猫乃門に振りおろそうと――。


「獄(ひとや)ッ!!!」


 瞬間、それだけが聞こえた。

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