第20話 『ヴァンパイア 苦手なもの』
それから数日というものは実に忙しい日々だった。
このチャンス逃すべからず、とやけに蓮は意気込んでSNSの広報や生配信、動画撮影などにほとんどの時間を割いていた。もはや最初に誘ったのは、どちらか分からなくなるほどの熱の入れようであった。
――そう、だからこそ蓮は知らなかったのだ。
猫乃門による復讐計画がひそかに練り上げられていることを――!
(アイツの苦手なもんを暴いて弱みを握ってやるぜ!)
前回の生放送時に感じた感謝の心などすっかり忘れ去った猫乃門は、事前に『ヴァンパイア 苦手なもの』という安易な単語でインターネット検索した結果出てきたものをピックアップして購入してきたのだ。
しかし、その候補は多くはなかった。
まずは銀食器。とはいえこれは普通にフォークとして使っているため却下である。
次に日光であるが、やはりこれも普通に浴びている。
聖水などはそう易々と手に入らない。
十字架はそのような形のネックレスを持っていたのでこれ見よがしにぶら下げてみたが、何の効果もなかった。
結局残るところは――。
(ハーブの香り! こいつが最終手段だ!)
猫乃門は片手に百均で買った『車用芳香剤 ハーブの香り』という葉っぱ型の芳香剤を手にしながら怪しく口角を上げる。ギザギザの歯がギラリと肉食獣の牙のように光った。
ヴァンパイアはニンニクが苦手らしいが、ニンニク臭のする奴はきっと誰でも嫌だろう。
一方で、強い香草等のにおいがキツイものも苦手であるようだ。そこで思いついたのが、このハーブの芳香剤なのである。
都合が良いことに猫乃門が帰宅すると蓮は風呂に入っているらしく、部屋にいなかった。
「晩飯でも作って待つとするか……」
夕食とはいえそう大層なものは作れない。
猫乃門はこれまでずっと底辺戦闘人(バトラー)およびBTuberとしてほぼ無収入であった。
かろうじて食いつないでいけたのは、例の新人時代にできた目の傷によって戦闘人障害手当が出ていたことと、パトロールの際に狩った危険モンスターの残骸による雀の涙ほどの買い取り金があったからである。
今のところ件のゴーストハウスによる出演料はまだもらってないので、猫乃門の生活は依然として貧しいままであった。
よって、できたのはこちら。
ツナの和風パスタ。一食150円ほど。
味付けに市販の塩昆布と麵つゆを使用しているためお手軽。上から青ネギをかければ彩りも少し豊かになる。場合によっては玉ねぎやキノコなどを入れることで栄養もばっちり。猫乃門の十八番お手軽格安料理である。
それに加えて、今日出かけたついでに寄った行きつけの駄菓子屋で、店主の婆ちゃんからもらった桃もある。
生放送を見たと言ってご褒美にくれたのである。おかげで今日は非常に豪勢であった。
完成した料理に満足げな笑みを零していると、ちょうどガチャリとドアが開く音がした。蓮が風呂から上がったらしい。
猫乃門は早速例の『車用芳香剤 ハーブの香り』を部屋の隅にセットすると何てことない様子で盆に乗せたパスタとデザートの桃をテーブルに運ぶ。
それからタオルで髪を拭きながらやってきた蓮に向かって白々しく声をかけた。
「よう、ちょうど晩飯ができたぜ」
瞬間、猫乃門は蓮が眉をしかめたのを見逃さなかった。
「……何だこのにおいは……」
蓮はずり、と一歩後ずさりしながら手で口元を覆う。
一方で猫乃門はひどくご機嫌であった。満面の笑み――と呼ぶにはいささか、いやかなり悪役じみていたが、にんまりと口元に弧を描き心底楽しそうに笑い声を上げる。
「ぎゃーっはっはっは!! ついに見つけたぜお前の弱点! ハーブだろ! ハーブの匂いが嫌いなんだろ!!」
猫乃門は片手に葉っぱの形をした芳香剤を持ちながら、蓮に近づける――が。
「は? ハーブ……?」
いまだに蓮は眉をしかめているが、その目はどこか怪訝そうであった。そんなことだから、猫乃門も思わず首をかしげて。
「……? ハーブだろ……?」
「いや違う、私が言っているのは――」
そこでしまったとばかりに失言に気づき言い淀んだ蓮であったが、猫乃門は彼女の視線の先にあったものを見逃さなかった。
「桃……?」
小さく呟いた声に、蓮は何も言わなかった。しかし、そろりと目を逸らしたその仕草は肯定と同じである。
先ほどと同じように猫乃門はにんまりと悪役じみた笑みを浮かべる。即座に今一度キッチンへ向かうと、ビニール袋から一玉の桃を取り出した。
じり、じり、とそれを装備しながら蓮へ近づく。
「お、おい……やめろ、それを近づけるな」
しかし猫乃門は無論止まることはなく。
猫さながらにシャーッ! と吠えると、蓮に向かって飛びかかった。
「う、うおおおぉっ、やめ、やめろ――ッ!!」
どんがらがっしゃん、と古い漫画みたいな効果音が一度して――。
けれども、それからすぐに場は静かになった。
ベッドの上で蓮に馬乗りになった猫乃門が、途端に動きを止めたからである。
ぎしり、とベッドのスプリングが軋む。蓮に捉えられた腕の中にあった桃がごろりと地面に落ちた。
しんとした空間で、二人の顔がやけに近くにあった。
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