第16話 ジェラピケは誰に着せてもかわいい

「おめでとう~!!♡」


 化け物を倒した猫乃門たちを出迎えたのは、パチパチと楽しそうに拍手をした雨と晴だった。

 雨ハルの二人は空からぴょんと、先ほどまで化け物がいた神社の拝殿の前へと降り立つ。


「いやあ~、ひやひやしちゃった~! でも猫ちゃん、ファインプレーだよ~! 私の言葉を思い出してくれて良かった!」


 雨はにこにこと愛らしい笑みを浮かべると、猫乃門の手を取ってぶんぶんと振った。


「蓮、傷は大丈夫? それから、髪も」


 晴(ハル)が蓮の頬についた傷と、少しばかり短くなった左側の髪を見ながら、心配そうに尋ねる。

 しかし、蓮は余裕そうに笑って。


「大丈夫ですよ、この程度放っておけば治ります。それに、私としては愛らしい相棒の姿が見れたので楽しかったですよ」


 蓮はここぞとばかりに猫乃門の肩に腕を回すと、ぐいと引き寄せた。

 雨と晴の近くにある、【雨ハルの乙女】公式シンボルである雨マークと晴マークがデザインされたオレンジとブルーの自動追尾カメラの横では、コメント欄がドッと加速する。


『れんひとてぇてぇ』

『てぇてぇやん……』

『尊百合』

『蓮様イケメン』

「あら~♡ コメント欄でもれんひと尊百合がいっぱいだよ~♡」


 雨がコメント欄を見やりながら楽しそうにハートを飛ばす。しかし、それに焦るのは猫乃門である。


「ちょ、百合とかじゃねえって! こいつが勝手に――!」

「おっと、すみません、相棒はツンデレなんで」


 蓮はにこやかな笑みを浮かべながら咄嗟に猫乃門の口を手で塞ぐ。その際に密着度が高まったせいで、雨がより一層高い声を上げる。


「きゃー♡ 皆撮った!? 今のサービスショットだよ~!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねながら雨が視聴者をさらに囃し立ててみせる。

 おかげでコメント欄の速度が増していくのを見ながら、猫乃門は思わず放心しそうになる意識を辛うじて持ちこたえた。またまんまと策略にハマってしまった。


「しかし蓮さま本当に美しいね〜! 私もファンになりそう♡」


 雨がコメントを拾ってか、そのように蓮へ声をかける。

 蓮は褒められたことに特別照れるでもなく、にこっと美しく微笑むと。


「ありがとうございます。あなたのような美しい人にそう言ってもらえるなんて光栄だな」


 そう言って、蓮はそうっと雨の片手を取ると。


「それに、私はもうすでにあなたのファンですよ」


 まるでキラキラとエフェクトがかかったかのような美しい顔と、透き通るような脳に響く言葉が、雨と――そしてカメラにアップで映し出される。

 雨の方も、至近距離まで近づいた造形の整った顔とその対応に、うっかり頬を染めた、そのとき。

 ぐい、と蓮の服を後ろから引っ張る者がいた。


「……近い」


 晴が少しばかり頬を膨らませながら、ぽそりと呟く。

 それにハッと気づいた雨が、飛びつくように晴を抱きしめると。


「わーん! 晴が一番だからねー!」


 すりすりと晴に頬を寄せながら彼女を抱きしめる雨を見ながら、ああいう風にしろ、と目で合図する蓮に、猫乃門は「ふ・ざ・け・る・な」と小声で言いながら彼女の靴を踏んだ。


***


 流行りのSNSでは本日の『雨ハル’sゴーストハウス』生配信の感想でトレンドが賑わい、その中でも【れんひと】は無名の新人にしてはかなり話題に上っている様子であった。

 夢兎ゆゆんという話題沸騰中のBTuberとチームを組んだ事実に加えて、どうやら本日あのゴーストハウスを攻略できたのは猫乃門たちのチームのみであったようだ。さらに、終盤の猫乃門の立ち上がりからボス討伐までの流れがまるで物語のように映えたことも理由の一つであるらしい。


 動画投稿サイトには早速『れんひとてぇてぇ集』と題した切り抜き動画(本配信の一部おすすめシーンを視聴者が切り抜き編集したものをアップロードした動画)が上がり、SNSでは感想に加えてファンアートが数多く投稿されていた。


『雨を口説いた蓮の足をこっそり踏んづけてた獄(動画付き) #雨ハルゴーストハウス』

『れんひと良えやん』

『れんひとに落ちちゃった……ファンアートです……』


 など、SNSに次々と並ぶ投稿の数々を見ながら、蓮は満足そうに呟く。


「なかなか好評だな。良い調子じゃないか」


 心なしか嬉しそうな表情をしながら、蓮が呟く。

 猫乃門もまた、大勢の人が自分たちを話題にしている事実にひっそりと頬を緩ませる。彼らの言葉を嬉しく思わないはずがないのだ。蓮の方針はともかくとして。


「まぁ、ゆゆんちゃんも可愛かったしな……怖くて寝れねえとかになってねえといいけど」


 猫乃門はゴーストハウスのときに震えていた夢兎のことを思い出しながら、心配そうに眉を八の字に曲げる。

 しかし蓮はかなりドライに。


「いや、あの子は大丈夫だろ。大して怖がってなかったぞ。貴様は夢を見過ぎだ」


 妙に断定口調で言ってのける蓮に、猫乃門は八の字に曲げていた眉を威嚇するように顰めた。


「ハァ~~? ふざけんな。ゆゆんちゃんはお化けが怖くてぽよちゃんを抱きしめながら寝るし、寝るときは絶対ジェラ〇ケのうさ耳がついたふわもこパジャマを着てるはずだ!」

「いやあの子は芋ジャーとか着てるタイプだよ」

「テメェ夢を壊すようなこと言うんじゃねえよ! しかも何でそんな現代に詳しいんだよ!」


 吠える猫乃門を横目に、蓮は呆れたような息をつきながら。


「そもそもあの子は……」

「……? 何だよ」


 言い淀んだ蓮に、猫乃門が小首を傾げるが。


「……いや、まぁいいか」


 蓮は呟くと、それをそっと自身の胸にしまっておくことにした。

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