第14話 やっぱ長物はかっけえわ
「……? 何だ? 手違い――」
か。
猫乃門がそう言いかけた瞬間であった。
――轟音。
まるで地を裂くかのような、耳を劈く轟音だった。
それが周囲を満たし、鳴り響いたかと思うと、拝殿が内部から食い破られるが如く打ち壊され、巨大な何かが金切り声のような笑い声を上げた。
「ギャアアアッッ!! 何だアレェ!!」
猫乃門は思わず半泣きになりながら飛び跳ねる。
目の前のそれに顔はなかった。本来目やら鼻やらがあるだろう場所から無数の手が伸びていて、口だけが深淵のようにぽっかり空いている。
下半身はまるで人間を固めて作ったかのような肉塊の山だが、すべてがやけに青白く薄気味悪い。
「ウアァアアすげぇキメェよォ!! 何なんだアレえ!! ヤバすぎんだろうが!!」
猫乃門は泣き叫びながら、最早理性を手放しそうな状況だったが、しかし、蓮は冷静だった。
冷静に化け物を見つめ、そしてその上でなお彼女の頬には一筋の汗が伝った。
「……あぁ、あれはヤバいな。どうにも、殴るだけじゃあ無理そうだ」
蓮は呟く。と、瞬間。
纏う空気が変わった。
先ほどまでの親しみやすいそれから、一気に何者をも寄せ付けぬ夜のような気配を漂わせる。
思わず夢兎も、猫乃門でさえも無意識の内に畏怖を感じる程の、美しくも鋭利な威圧感が、そこにはあった。
彼女の薄紫の瞳が、鋭く光る。まるで獲物を狙う獣のように、研ぎ澄まされた殺気を瞳の中に灯すと、一度。
集中するように小さく一呼吸して。
「『来い』」
小さな声だった。誰もが聞き取れないような小さな呼び声。
しかし、確かにそれに呼応するように、突如彼女の背後から身の丈を超える紫の円陣が現れる。
魔法陣。
中央に三角形を据えていて、複雑な記号で埋め尽くされたそれは、いつぞやに蓮が言ったように、同じ世界の住人である虎面の人型が被っていた笠の呪符の模様や、使用する魔法陣に似ていた。
「――――『一文字(いちもんじ)』」
瞬間、彼女の背後に現れた魔法陣はより一層輝きを増して光る。同時に陣の中から、一本の刀が美しい青の柄を突き出すように現れる。蓮はそちらに顔を向けることなく柄を掴むと、一気に刀を引き抜いた。
すらりと長い鋼の刀身が、虚空を切り裂き月の光を反射させる。
次の行動は早かった。蓮は気づけば空高く跳んでいて、上空から重力と共に勢いよく身の丈を超える刀――大太刀を、化け物の脳天に刺し穿つ。
倒した――。
脳天を突き刺した刀を見て誰もがそう思った。
しかし。
「――き、ひゃ」
化け物は笑んでいた。
「ひゃひゃひゃひゃHAHAHYAHAAAHYA!!!!」
怖気立つ不気味な笑い声を上げながら、全くダメージなど受けてないかのように、うねうねと顔の至る所から生えた腕で蓮に襲いかかった。
「蓮さんっ!!」
夢兎が咄嗟に叫んでステッキを振るうと、緑色をした光の筋が、蓮を襲う腕へと当たってキラキラと星の雫を瞬かせる。
その隙に蓮は刀を引き抜くと、再び宙を舞った。くるりと弧を描き、猫乃門たちの元へと着地する。
「ありがとう、ゆゆんさん。助かりました」
「いえ、無事で良かったのです。それより……」
「えぇ、脳天に攻撃が効かないとは……。何か倒し方があるのか……」
二人は首を捻りつつ化け物を見据えるが、ぐねぐねと腕を遊ばせているそれに解決策は見い出せない。
そこへ先ほどから恐怖により身が竦んでいる猫乃門が、いまだに化け物を直視できずに怯えながらも口を開いた。
「こ、今回は晴(ハル)さんの式神を使ってんだろ? じゃあ多分、式神の核になる式札がどこかにあるんじゃねえか?」
猫乃門は普段から見ている雨ハルの動画で、晴が式神を使用する際は式札を媒介に式神をよび出し、最後に式神に貼り付けられた式札をびりと破いて消滅させるのを知っていた。
「なるほど、そういえばそうなのです! でも、一体どこに……」
夢兎は薄暗いのに加えて、うねうねと這いまわる腕のせいで本体の姿がよくわからない化け物を再度見据えた。
「核になるような大事なものだから、内部のどこかだろうが……」
小さく蓮がつぶやいたその時、猫乃門の脳裏に光が走る。開始前のインタビューで雨が言っていたことを思い出したのだ。
『まぁまぁ。大事なのは怖がらないことじゃないよ。大事なのは、心だからね』
そう言って、雨と晴は顔を見合わせて笑んでいた。
「大事なのは……心……」
思わず零すように猫乃門が呟くと、それに気づいた蓮が化け物の胸部を確認する。
下半身は人間の肉塊を押し固めたような異形だが、上半身は確かにひとつ。
うごめく腕が邪魔だが、場所を見定めて目を凝らせば――。
「あった! あれだ!」
蓮が化け物の心臓に、肌の青白さと同化するように貼り付けられた小さな人型の式札を指さした――その時。
まるでタイミングを見定めたかのように、無数の腕が先程の比にならないスピードで蓮へと襲いかかった。
「蓮ッ!!」
猫乃門は叫んだが、しかしそれではどうにもならなかった。
月の光に反射した数多の鋭利な何かが、ぎらりと光るのだけがわかった。
そして次の瞬間には。
――ざしゅっ。
気がついた時には隣で音がしていた。
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