第13話 百合にいい感じのハプニングを起こす系魔法少女
その後、道中で出てくる幽霊役の式神たちに毎回猫乃門がビビりつつ、それを蓮がグーパンで倒しながら進み、隙があれば百合アクションを起こそうとする蓮を猫乃門が何とか躱す――そういう図式が出来上がりつつあった。
(なるほど、この二人の関係性がなんとなくわかってきたわ)
夢兎はすっかり自身の騎士(ナイト)とばかりに、周囲の反応に逐一怯えながらも自身を守ろうとする猫乃門を見ながら、内心で現状を分析する。
(蓮さんは百合に積極的じゃけど、猫さんはそれを拒んでる……。じゃけえ、この場合今猫さんが取るじゃろう手は……)
ちょうどその頃、奇しくも猫乃門もまた夢兎と同じ結論に到達しようとしていた。
(蓮のヤツ、さっきからまたここぞとばかりに営業する隙を狙ってやがるな……。……ん? でも、あれ? これ、俺がゆゆんちゃんを守っていい感じにしたら、蓮の百合営業を妨害できるんじゃね?)
そう、現状において蓮からの百合営業攻撃を避ける最も有効な手段――それはサンドイッチ作戦だ。
要するに、蓮と猫乃門の間に夢兎を挟み盾となってもらう、という心境的にはあまり良いと言えない作戦ではあるが、猫乃門からしてみれば蓮の百合攻撃を避けられる上に、好きな可愛らしい女の子と仲良くできる一石二鳥の作戦なのである。
しかし、夢兎の行動は早かった。
猫乃門が何らかのアクションを起こすより先に、彼女が軽やかに仕掛ける。
夢兎はきゅっと猫乃門の服の裾を掴むと。
「ねえ、猫さん。猫さんは、本当は蓮さんのこときらいなのですか……?」
上目遣いで眉を八の字に下げながら、さらには若干瞳を潤ませながら問う。
当の猫乃門はその唐突な質問に面食らいながらも。
「はっ……? い、いや、そういうわけじゃねぇけど……」
「じゃあ、もっと仲良くしてほしいのです! 蓮さん、少しばかりさみしそうに見えるのです……」
しょんぼりと一層眉を八の字に曲げて、落ち込んだ表情を見せる夢兎は愛らしい。
一方では即座に状況を理解した蓮が、どこか捨てられた子犬のように悲し気な空気を纏わせて目を伏せている。腹立たしい。
されど夢兎にこのような表情をされては、最早猫乃門に選択肢などない。愛らしい少女が顔を歪めるのを、どうして無視することができよう。
うっ、と声を詰まらせた猫乃門に勝機を感じ取った夢兎が素早く。
「ほら、猫さん!」
言いながら猫乃門の手をとると、否応なしにもう一方の手で取った蓮の手と繋がせる。
「なっ……!」
「これでよし! なのです!」
にこっと満面の笑みを浮かべた夢兎はやはりひどく愛らしい。先ほどの表情から一変、そんな表情をされては、猫乃門は当然のことながらそれに逆らう術を持たなかった。
ぐぐ、と奥歯で歯ぎしりをしながらも、蓮とつないだ手を離す様子はない。
そんな猫乃門の姿に、夢兎は内心でニヤリとほくそ笑む。
(ふっふっふ、作戦成功じゃ! これで猫さんは露骨にワシの方へ来ることができんばかりか、蓮さんと手まで繋いでおかなアカンくなった! いやァ、さすがワシ!)
己の能力を自画自賛しつつ、しかしここで終わらせるほど夢兎ゆゆんは甘くはなかった。
(その上でさらに!)
夢兎は無敵にも見える表情で内心笑むと。
「わぁ、こわいのですー!!」
唐突に怯えたように、夢兎はあえて猫乃門にぶつかりに行く。
そう、このまま猫乃門にバランスを崩させたところを蓮に抱き留めさせる――暗所定番の密着作戦である!
(さぁ、そのままバランスを崩すんじゃ! そしてそのまま蓮さんの腕の中へ――!)
――しかし、こればっかりは夢兎の思い通りにはならなかった。
猫乃門は突如あらぬ方角から突っ込んできた夢兎にバランスを崩すばかりか、彼女を受け入れるために身体を回転させて抱き留めたのだ。
(なッ何ィ――ッ!?)
猫乃門に抱き留められながら、夢兎は驚きに目を見開く。
「大丈夫か? ゆゆんちゃん」
猫乃門は平然とした表情のまま心配そうに小首を傾げていた。
(こ、こやつ……めちゃくちゃ運動神経がええな!? 猫並みにしなやかじゃ!)
その通り。猫乃門は非常に運動神経が良い。なぜなら、彼女は人間の身で戦闘人(バトラー)を続けるために、毎日アスリート並みの筋トレを行っている。
元々身体を動かすのが好きだっただけに、それらは容易く彼女の肉体を高めていったのだった。
(ああっ、しかもこのせいで二人の手が離れてしもうた! 欲をかいたばっかりに……!)
己が強欲ゆえの自業自得に夢兎が内心でぐぬぬ、と唸るが、最早時すでに遅し。
フォーメーションは猫乃門が夢兎を抱き留めたことで綺麗に崩れ、今や蓮・夢兎・猫乃門の横並びとなってしまっていた。
夢兎はがっくしと肩を落としながら、己の強欲を悔いる。
隣を見れば、猫乃門が蓮との手繋ぎ状態から解放されてあからさまに安堵している様が目に入った。
(うっ、罪悪感がえぐいのお。嫌がる人に無理やり自分の願望を押し付けたせいでバチが当たったんじゃ……)
夢兎がそのように己の罪悪感と向き合いつつ、今度はふと隣の蓮の方を見やった。
蓮はいつも通り余裕のある表情をしていて、思えば猫乃門と違い、最初から少しもこの状況に恐れがなかった。
それは夢兎もある意味で言えば同じなのだが、彼女は萌えが恐れを上回っているだけなので、怖いものは純粋に怖い。
「……蓮さんは全然驚かないのですね。やっぱりヴァンパイアだからですか?」
せっかくなので(あと何より配信中なので)雑談を持ちかけてみた夢兎の問いに、蓮は少し考えるような顔をする。
「それもありますが……まあ長く生きましたからね、年の功ですよ」
「そういえば、そうでした! 人とは寿命が違うのですよね。エルフの方や魔族の方も寿命が長い方が多いのです! 数千年とか数万年とか、人間では考えられないくらい長い間生きていらっしゃる方もいらっしゃいますし……蓮さんもそうなのですか?」
夢兎の無邪気な質問に、蓮は微笑んだ。
「そうですね。長く生きました」
それから何かに思いをはせるように目を伏せると。
「……少し、長く生きすぎたかもしれません」
その呟きに、夢兎は一度瞳をぱちくりと瞬かせる。
「それはどういう――」
「なあ、神社ってあれじゃねえか?」
夢兎の問いに被せるように、猫乃門が声を上げた。
彼女が指さした先にあったのは、古ぼけた拝殿だった。暗闇の中で向拝を囲うように質素な提灯がそれぞれポツンと吊るされている。その明かりが向拝の中にある本坪鈴や賽銭箱をぼんやりと照らしていた。
「な、何か出てくんのかな……?」
「ボスがいるって言ってたのです……」
三人ははじめ、恐る恐るといった様子で近づいたが、しかし向拝に近づいても何かが襲ってくることはない。おかげで、次第に警戒心が薄れていく。
「……? 何だ? 手違い――」
か。
猫乃門がそう言いかけた瞬間であった。
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