第12話 ここには敵しかいねえのか!

「さーてさて、皆さんお待ちかね! 目玉企画のゴーストハウスの時間だよ!」


 すっかり暗くなった空の下で、照明に照らされた雨がカメラに向かって手を振る。晴(ハル)も控えめながら同じように手を振った。


 彼女たちの背後にはオレンジや紫、黒のポップな季節外れのハロウィンカラーで彩られた西洋風の鉄柵門があり、まるでアトラクションのひとつのようである。

 実際、鉄柵門の上部には『GHOST HOUSE』と洒落たフォントで書かれた看板が掛けられている。


「今年は森の中の墓地を抜けて、ゴール地点の神社でボスを倒したら終了」

「和と洋が入り乱れてるのはご愛敬♡ ちなみに、『お化け屋敷なのにボスとかいるの!?』って初めての人はびっくりするかもしれないけど、それがBTuberの見どころだよ!」


 そう、このゴーストハウス企画は、ただお化け屋敷に怖がるBTuberを見るものではない。それではBTuberがやる意味がない。

 現実の人間が現実でモンスターを倒してクリアする――そういうゲームが現実になったような光景こそ、視聴者が求めるものなのである。


「クリアできるかは実力次第。わたしたちも楽しみながら見てる」

「やらせは一切なし! 死の寸前までガチ勝負だよ! かなり本格的だけどもし重傷になっても私が魔術で治すから心配しないでね♡ 死ななければ元通りに戻してあげるから!」


 何やらあっさりと恐ろしい言葉を口にした雨であったが、しかしそれこそがこのゴーストハウスの売りでもあった。

 おかげで毎年クリアできずに惨敗する組も必ず出てくるが、それもまた『ガチ度』が伺えて視聴者を楽しませるのだ。ボクシングの試合のようなものである。


「ではでは、さっそく一組目! 夢兎ゆゆんちゃんと、れんひとチームにインタビューをしていくねー! まずはゆゆんちゃん、意気込みはどうですか?」


 雨の声と共にカメラが転換すると、そこには夢兎と共に並んだ猫乃門と蓮がコンサート前のアーティストがごとく待機していた。

 夢兎は向けられたカメラに笑みを向けつつ。


「二人の足を引っ張らないようにがんばるのです!」


 と明るく振舞う。しかし内心の彼女は闘志に燃えていた。その闘志とは。


(意気込み? この二人の百合を間近で眺めることに決まっとるじゃろ!)


 夢兎ゆゆんは胸の内でそのように叫ぶと、心の中でガッツポーズを決めていた。

 そう、彼女がなぜ『れんひと』をこのイベントに誘ったのか。それは偏に、己が間近で好みの推しカップリングを見たいからである。

 自らが黒子、そしてあわよくば二人をちょっとやらしい空気にさせるためのモブになりたかったからである。完全に下心ありありオタクマインドゆえであった。

 しかし、鉄壁の彼女はそれをおくびにも出さず、やはりにこりと微笑みながら。


「そういえば、今年は和がテーマなのですよね?」

「そうなの! だからゴースト&モンスター役は主に晴の式神にお任せしてるんだ~♡ 晴の式神は怖いし強いから頑張ってね♡」

「今年の難易度は星5中星4。結構強めに設定した。頑張れ」


 雨に捕捉するように晴が続けると、雨ハルリスナーのコメント欄が一層盛り上がる。


『星4!?』

『やべえ!』

『去年は新人多かったから星2だったもんな』

『ゆゆんちゃんはサポート寄りだしこのチーム大丈夫か?』

『やばいかもしれん』


 視聴者がめいめいのコメントを残す中、雨は続いて猫乃門と蓮にカメラを向ける。


「では、れんひとのお二人にも聞いてみましょー! 蓮さんは初めての参加ですが、ホラーとかはお得意なんですか?」

「そうですね、私はヴァンパイアだから問題は無いでしょうが、連れの様子が心配ですね」


 蓮はちらりと先ほどから自身の横で落ち着かない素振りをしている猫乃門へ視線を向ける。突然振られた猫乃門はびくりと肩を揺らせながらも、声を張り上げる。


「ふ、ふざけんな! 作り物の化け物が怖くて戦闘人(バトラー)やれっかよ! 余裕だよ! 余裕!」


 と、そう過剰に鼻を鳴らしてみせたが。


『あっ』『(察し)』

『このチーム……』

『うーんダメそう』

『どうぞ安らかに……』


 哀愁漂うコメントが並ぶ様を横目で見た雨は小さく苦笑する。しかし、それを吹き飛ばすような明るい声で。


「まぁまぁ。大事なのは怖がらないことじゃないよ。大事なのは、心だからね」


 雨の言葉を聞いた晴は少しばかりその無表情に微笑みを携えると。


「その通り」


 と同意した。

 何だ? と猫乃門は小首を傾げたが、しかし雨と晴は楽しそうに顔を見合わせると、それ以上説明を加えることはなく話を切り上げた。

 どうやら、開始前のインタビューはここらでおしまいらしい。


「さて、それではそろそろ出発してもらいましょー!」


 ひらり、と手を目一杯広げて巨大な鉄柵門を指し示すと、まるでそれに呼応するようにギギギ……と不気味な音を出して門が開く。

 三人は彼女たちに促されるままに門へ入ると。


「三名様、ご案なーい♡」


 最後に雨と晴が怪しく笑った瞬間、あたりは一瞬で暗くなり、まるで真夜中の山中が如く静かになった。


***


 一歩、また一歩とそろりそろり足を動かしながら、猫乃門獄(ひとや)は周囲を見渡す。

 背筋を撫でるような冷えた空気に、ぞわりと鳥肌が立った。内からはち切れんばかりに湧きあがる恐怖心を必死に無視しながら、暗闇の中何とか目を凝らしていると。

 ぽんっぽんっぽんっと、突如、青白い人魂のような光が薄ぼんやりと彼女たちの周囲を照らした。


「ヒッ!」


 猫乃門はそれに小さく声を漏らしたが、どうやらそれが各々に照明代わりとしてあてがわれているものだと悟ると気丈に声を張り上げた。


「な、何だ、明かりがあるんなら全然怖くなんかねえ――」


 猫乃門が自身の手の動きに伴ってついてくる青い光で周囲を照らした――そのとき。

 青白い光が射した先に、血塗れで目のない女の顔がぞわりと――。


「うぎゃああっ!」


 叫びながら、猫乃門は思わず近くにいた蓮に抱き着いた。


「おっと。まあ落ち着け」


 言うや否や、蓮はここぞとばかりに怪しく笑みを浮かべると、くいと猫乃門の顎を持ち上げながら。


「大丈夫だ。何が起こっても私が貴様を守ってやる」


 猫乃門の頬が恐怖とは別の感情で再び引きつった。

 シュタッと反射的に蓮から距離を取りながら眉を吊り上げて叫ぶ。


「ここには敵しかいねえのか!」

「誰が敵だ。ほら、そうやって貴様が離れるから後ろにも――」


 瞬間、猫乃門の頬を冷たい何かが撫でる。

 手だった。

 振り返るとニタリと裂けんばかりの弧を描いた何かが、猫乃門の背後で蠢いている。


「マ゜ッ――~~ッ!!」


 言葉にならない声を上げながら、猫乃門は猫の如く飛び上がるとそのまま勢いよく蓮の頭に飛びついた。

 さながら漫画の二頭身キャラが如く小さくなってしまった猫乃門を横目に見ながら、人一人に飛びつかれたところで体幹などブレることはない蓮は、仕方ないなとでも言うように小さく息をつく。


 次いで猫乃門を追ってやってきた暗闇からの使者に対して思い切り腕を振りかぶると――。


 殴った。


 ゴガンっ! と骨と骨がぶつかる鈍い音と共に、人型のおどろおどろしい使者は綺麗に弧を描いて周囲の木の中に突っ込む。

 猫乃門は、蓮の頭に抱き着きながらその様子を呆然と眺めた。


「ぐ、グーパン……。霊をグーパンてマジかお前……」

「物理が効くなら何ら怖くはあるまい」


 平然と言ってのける蓮に恐怖心を取り除かれた気分になった猫乃門だったが、しかし左右の森の中で何かがガサリと音を立てた瞬間に、それは一瞬で再度恐怖心に塗り替えられた。


「ひっ!」


 蓮は、自身の上で小さく悲鳴を上げて震える猫乃門をどうしたものかと思いながら、何とか恐怖心をを和らげるよう問う。


「そも貴様、デカい獣だとかには立ち向かうくせになぜ物の怪が怖いのだ」

「獣とお化けは全然違うだろうが! お化けは見た目がまず怖えんだよ!」


 先ほど自身に襲い掛かってきた人型の何かの姿を思い出しながら猫乃門は身震いしつつ。


「それになんか、ああいうお化けみたいなのは違うんだよ。感情がぐちゃぐちゃになってるっつうか、ぐちゃぐちゃになってるからわかんなくて怖い」

「? どういう意味だ」


 思わず蓮が首を傾げる。


「武器を交えた瞬間にさ、わかんじゃん、相手が何を思ってんのかとか、感じてんのかとか、そういうの」


 猫乃門はぎゅう、と拳を握りしめながら続ける。


「ああいうやつらは怨霊だからなのか色んな概念の集合体だからなのか知らねえけど、とにかく色んな感情が混ざりまくってる奴が多くてわかんねえ」


 だから怖い。

 猫乃門は何となしに言ったまでだが、それに蓮は「ほう」と片眉を上げる。


「お前も戦ってるとわかんねえ? そういうの」

「どうかな。だが戦いにおいて言えば、つまらん戦いと胸を躍らせるような戦いはある。後者は、滅多にないがな」


 どこかそっと目を伏せた蓮に、今度は猫乃門が首を傾げた。

 しかしその疑問は再びガサリと動いた木々のざわめきで恐怖にかき消される。

「うぉッッッ!?」


 悲鳴と呼ぶにはいささか豪胆なその声と共に、身体をこわばらせつつ。


「ぐう……くそぉ……あんな奴ら明るけりゃ……。……いや明るくてもやっぱ怖えよぉ……!」


 そんなことを呟きながら自身の上でぎゅっと目を瞑ってぷるぷると小さくなる猫乃門が少しばかり不憫になってきた蓮は、そのまま彼女をベリッと引きはがすと。


「そんなに怖いなら手でも繋いでやろうか?」


 ほら、とほとんど憐れみからその細くすらりとした白い手を差し出したのだが――しかし邪推した猫乃門は猫のようにシャッと牙を剥いた。そんな策略に乗るかとばかりに手をはたき落としつつ、再び蓮から離れる。


「いらねえよバーカ! つか怖くねえっつの!」


 威嚇するように自身を見やる猫乃門に、蓮は盛大に肩を竦めてみせた。



 一方、そんな彼女たちの様子を歯噛みしながら見守る小さな影が一つ。


(ぅおおおお……じれったいなァ……! 今のはデレるとこじゃ猫さん!)


 夢兎ゆゆんは、そのあまりのもどかしさに彼女たちを見つめながらふるふると震えていた。

 彼女の今日の内なる使命は、この二人の百合を応援すること。ゆえにこそ序盤は様子見とばかりに静観を決め込んでいたのだが、あまりのもどかしさに我慢の限界に達していた。

 しかし、それを勘違いした者がまた一人。


(……! ゆゆんちゃん……!)


 猫乃門は小さく震える夢兎に気づいて思わず歯噛みした。


(……そうだよな、ゆゆんちゃんが一番怖えよな。あんな震えて……)


 猫乃門は自身の情けなさを恥じつつ、彼女に近づく。それからそっと彼女の小さな手を取るとふわりと笑んだ。


「大丈夫、俺が守るからな」

(いやワシにちゃうわァ!!)


 夢兎はすっかり勘違いした猫乃門のデレに脳内で突っ込みつつも、表面だけは優しい笑みを浮かべたのであった。

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