第11話 自ら墓穴を掘っていくスタイル

「はーっ、ごっごめんな、巻き込んじまって……」


 建物の陰に身を潜ませた猫乃門はわずかに息を切らせながら二人を見やる。

 蓮はあれだけ全力疾走をしたというのに涼しい顔をしていたが、一方の夢兎はぜいぜいと肩で息をしていた。


 しかし彼女は夢兎ゆゆん、人々に夢を与える魔法少女である。

 ゆえに彼女は玉のような汗を浮かべながらも、にっこりと微笑み。


「だ、だいじょうぶ、なのです! そ、それより、お二人ともっ、すごい体力なのです……」


 自身が肩で息をする一方、存外カラッとしている――というよりも良い準備運動だった、とても言いたげに汗を拭っている猫乃門と、息すら乱れていない蓮に、夢兎は驚きの表情を浮かべる。


「まあ、俺はそこそこ筋トレしてるし、コイツはそもそも人間じゃねぇしな」


 猫乃門は蓮を指しながら告げる。


「そ、そういえば、蓮さんはヴァンパイアなんでしたっけ。肉体構造の違いですか? それとも、そういう魔法とか特別な能力があるのです?」


 段々と普段の息遣いを取り戻してきた夢兎は、乱れる息を整えながら蓮に問う。

 それはおそらく純粋に気になったの半分と、配信を途切れさせないための配慮半分であろう、と蓮は思う。さすがは配信者の鑑である。


「持久力に関しては肉体構造の違いもあるでしょうね。普通の人間よりも遥かに腕力なんかも強いですから。多分、ちょっと力を込めたら人間の首はへし折れますよ」


 爽やかな笑みを浮かべながら物騒なことを言う蓮に、コメント欄が。


『ヒェッ』

『腕力おばけ……』

『キレイな笑顔で言うなぁ』

『顔面と発言のギャップえぐ』


 と恐怖に慄く。

 しかし、この場で誰よりも恐怖を感じていたのは猫乃門である。

 彼女は自身の首をそっとさすりながら。


(マッ、マジであの時弁解しといてよかった――ッッ!!)


 猫乃門は蓮と出会ったときのことを思い出しながら内心で叫んだ。

 彼女は蓮と出会った当初、百合営業するならかわいい子とがいい、と宣った末に首をふん掴まれていた記憶が脳裏を駆け巡る。

 猫乃門が思わず身震いしていると。


「つまり、私がこやつに触れている時はかなり気を付けて触っているわけです」


 ぶに、と徐に自身の頬を摘まむ蓮の手を払いのけながら、猫乃門はシャッと威嚇する。


「営業すんなっ!」

『蓮様さすが蓮様』

『力加減に気をつけながらやさしく触れるの良』


 流れるコメントを横目で見やりつつ、夢兎はそっと二人へ視線を向ける。


「そのぉ、わたし、ずっと訊きたかったのですが、蓮さんがヴァンパイアということは血を必要とされますよね? その血って……」

「あぁ、こやつのを吸ってますよ」


 ――無論、嘘である。

 蓮はさも自然にさらりと言ってのけたが、彼女本人が当初言っていた通り、蓮は食事から栄養を摂取できるため血液を必要としない。

 おかげで本日も猫乃門と同じ、食パン卵のせブレックファーストをしっかり取ってきたばかりである。


「テッメェ、毎回息吸うように嘘つくんじゃねえよ! お前ら騙されんじゃねーぞ! コイツふっつーにメシ食うからな! おかげでかなり食費切り詰めてんだぞ!」


 猫乃門は相変わらず猫というよりは小さな豆柴がごとくぎゃんぎゃん吼えたが、しかし彼女は気付いていなかった。その発言の意味に。

 おかげでコメント欄では。


『食費って……』

『えっ同棲……!?』

『自ら墓穴を掘っていくスタイル』

『つまり、結婚って……コト……!?』


 猫乃門はしまったと思ったが、もう遅かった。本日二度目の失態である。

 さらには追い打ちをかけるように、蓮が。


「何ならここで証明してみせようか?」


 などと言いながら自身のキラリと光る牙を見せつけてきたのを見て、血の気が引いた。完全にやる気であった。


「ふっふざけんな! やめろォ!」


 猫乃門が若干腰を引かせながら拒絶したのを見て、蓮は肩を竦めた。どうやらやる気はなりを潜めたらしい。

 コントのような二人のやり取りを、最早配信中であることすら忘れて菩薩のような心持で見ていた夢兎は、しかしハッと意識を覚醒させる。

 次いで、カメラ画面の隅にあるデジタル時間を確認してから、「それでは」とカメラへ向かって声をあげると。


「今日の配信はここまでにしましょー! 蓮さんと猫さんもお付き合いありがとうなのです! 夜はお二人と一緒にゴーストハウスに出演するので、ぜひ観てくださいね!」


 言ってにこやかな夢兎が手を振ったのを最後に、その日の夢兎の配信は幕を閉じた。

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