第9話 リアルイベントは夢がある

 イベント。

 それは視聴者を楽しませるために様々なBTuberを招集して、ゲームや、時にはモンスター、対人問わずバトルを行う様子を生放送・観戦できるバラエティ企画の総称である。

 主に自身の異能力によってフィールドの構築が得意なBや疑似的な敵を召喚できるBが主催していることが多い。そして、イベントには多くの視聴者が集まるため、無名のBや駆け出しのBが名を上げるにはもってこいの場なのである。


「うわぁー! すげぇー! イベント会場だー!」


 爽やかな快晴の下、まるで子どものようにキラキラと目を輝かせた猫乃門は、眼前に広がる『雨ハル’sゴーストハウス』の文字が躍る入場ゲートを見やる。

 まるでテーマパークの入場ゲートのように、見ている者をワクワクさせるような煌びやかなそれらの前には、開園時間を過ぎたにも拘わらずいまだに多くの客が入場していた。


「雨ハルのお二人は、よくこのように大きなイベントを開催されているのですが、ゴーストハウスは雨ハル企画の中でもとても規模の大きいイベントなのです!」


 猫乃門の隣に立つ夢兎が説明する。


「だよなぁ、そんなすげえイベントに参加できるなんて……マジでありがとな、ゆゆんちゃん!」

「いえいえ、わたしも助かったのです。ゴーストハウス企画はかなりガチ企画なので気軽にお誘いできなくて……あとお化け屋敷ってコンセプトなのでホラーが苦手だと厳しいのです。なので、快諾してくれてありがたいのです!」


 嬉しそうな表情をする夢兎の傍で、“ホラー”という単語を聞いた猫乃門がわずかに顔をこわばらせる。それに気づいた夢兎が彼女に視線を向けながら。


「大丈夫なのです?」

「んっ!? お、おう! 大丈夫大丈夫! 楽しみだなー、ゴーストハウス……」


 その声は明らかに震えていたけれども、猫乃門は取り繕うように笑みを浮かべた。

 一方、二人の横を歩いていた蓮は会場とは逆方向を眺めながら。


「ここはイベント会場なんですか? あそこにはかなり大きなホテルもありますが……」


 蓮が入場ゲートと駐車場を挟んでかなり近い位置にある、赤い三角屋根の大きなリゾートホテルを指さす。ここは随分と山奥にあるので、森の木々に囲まれた中ではその赤がよく目立っていた。


「いえ、ここは冬はスキー場として使用されているのです。夏から秋にかけては、このように広大な敷地と周囲への影響を鑑みなければいけないBTuberのイベント企画へ土地の貸し出しを行うことで、互いにウィンウィンな関係を築いているのです!」


 季節ごとに集客率が異なるスキー場のような場所や、人があまりおらず広大な土地が存在する田舎などでは、BTuberの活躍と増加に伴い土地をイベント会場として貸し出す事例が増えている。


 BTuberのイベントは主に二つのパターンがある。

 ①テレビのバラエティ放送などのように様々な演者が奮闘する様を配信のみ行う手法

 ②様々な演者が奮闘する様を配信しつつ、同時に会場ごとテーマパーク化したり観戦会場化したりして視聴者を現地に集客する手法


 BTuberのイベント会場は、専門の異能力を用いた異世界人を雇用することで、短期間のうちに建築・解体を行うため次々にイベントが開催される。

 特に、雨ハルのゴーストハウス企画のように会場ごとテーマパーク化して視聴者を現地に集客する場合は、周辺の土地ごと活性化する非常においしい商売なのである。とはいえ、土地の貸し出しのみでも広大な土地を持て余していた地方にとっては大きな収入源になるだろう。


「あっ、配信準備オーケーです! お二人とも、始まりますよー!」


 先ほどから夢兎の周囲をふよふよと動いていた兎型の自動追尾カメラの画面に、配信開始前のカウントダウンが表示される。その横には配信前から多くの視聴者によるコメントが雨のように流れていて、最早文字が追えない状況だ。

 カウントダウンは、3・2・1と続き、次の瞬間、画面にはイベント会場を背にした夢兎と猫乃門、蓮の姿が映る。


「はーい、皆さんこんにちはなのです! 夢兎ゆゆんなのですよー! 本日はれんひとのお二人と、【雨ハルの乙女】さんが主宰する雨ハル’sゴーストハウスにお邪魔させていただいているのです!」

『うおおおはじまた』

『ゆゆんちゃん今日も世界一かわいいよ!』

『まってました!』


 流れるコメント欄を眺めつつ手を振る夢兎から視線で自己紹介を促された猫乃門は、少しばかり緊張を顔に張り付けながらも。


「お、俺は猫乃門獄、よろしくな!」


 一方で蓮は特に緊張した様子もなく、いつもと変わらない様子で微笑を湛える。


「私は蓮。二人合わせてれんひとだ、どうぞよろしく」

「何だその挨拶……」

「いいだろう、シンプルで」


 猫乃門は納得がいかない表情を浮かべるが、夢兎はニコニコ――というよりは、やはりによによと頬を緩めながら。


「れんひとのお二人とはこの間助けてもらって仲良くなったのです! そしてわたしは壁となってれんひとを応援しているのです……」


 菩薩のような表情を浮かべながら両手を合わせつつ言う夢兎に、コメント欄は。


『おっといつものあれですか』

『さすが姫!』

『発作がでておられる』


 夢兎ゆゆんの愛称である《姫》は百合好きの女性を言い表す百合姫からきており、一部のファンに使用されている。ちなみに、猫乃門はこれを単に愛らしいがゆえの愛称であると誤解している。

 夢兎は姫コールが流れるコメント欄に微笑みかけながら。


「それでは、わたしたちも行きましょー!」


 言うと、そのまま先導して関係者入り口らしい場所からするりと入場する。

 門から先は、まるで別世界のようだった。

 建ち並ぶ鮮やかな色合いをしたヨーロッパ風の建物、様々なBTuberをモチーフにしている洒落たショーウィンドウ、雨ハル二人のイラストや有名BTuberのイラストが描かれたキッチンカー、テイマーらしき男性を背に乗せて空飛ぶドラゴン、宙に虹を描く羽と角の生えた少女。


「おおおおぉ……! あれってドラゴンテイマーのマーヴェリック!? あっちはユニコーン系獣人のユニィちゃん!?」

「時間帯ごとにゴーストハウスに出演する演者さんが出てきてくれるのです! たまにサービスでパフォーマンスしてくれることもあるのですよ!」

「ほう……なるほど。より一層異世界感が味わえるように工夫しているわけですね」


 他にも、テーマパーク系のイベントでは演者が着ぐるみのキャラクターグリーティングよろしく記念撮影や握手に応じる時間が設けられている場合が多い。そのために現地に飛ぶファンも数多存在するようである。

 猫乃門は夢兎の説明に相槌を打ちつつ、相変わらず楽しそうにはしゃぎながら周囲を見渡す。


 キッチンカーや屋台では、どうやら演者由来のオリジナルフードを販売しているらしく、それと共に自撮りをしている少年少女たちがたくさんいた。

 彼らの前を通り過ぎると、次にショップであろうショーウィンドウが並ぶ建物が目に留まる。ショーウィンドウの中には、キーホルダーやシャツ、ぬいぐるみや生写真など、様々なBTuberのグッズが並べられていた。


 グッズショップでは演者のオリジナルグッズや限定グッズ、限定ボイス(演者がドラマCDなどのように主に視聴者へ向けて台本を読んだもの)なども販売中であった。また、他にも演者が実際に使用した衣装などが飾られているコーナーもあり、彼らのファンにとっては垂涎ものであることは明白だろう。


「あれ雨ハル二人のグッズだー! あっ、あっちにはゆゆんちゃんのもある!」


 猫乃門は、夢兎がピースサインで映るアクリルスタンドを指さした。


「そうなのです! ありがたいことに、この日のためにたくさんの人が協力してくれたのです! とーってもかわいくできたので、ぜひご購入くださいね!」


 夢兎がパチンと画面に向かってウィンクすると、宙に浮かんだコメント欄では『絶対買う』『通販ありがてえ』『俺は現地で買う!』などの愛らしいオタクたちのコメントが流れていった。

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