第8話 魔法少女系BTuber

「大丈夫ですか、お嬢さん」


 蓮は猫乃門の戦闘を横目で確認しつつ、華やかなブルーグリーン色のフリルスカートを履いた少女に向かって手を差し伸べる。


「あ、ありがとうなのです。助かりましたのです」


 蓮の手を取って立ち上がった少女は、ほんのりと頬を赤く染めながら頭を下げた。

 その際、彼女の周囲を飛んでいたウサギモチーフの四角い筐体――自動追尾カメラが、ひゅいんと移動して彼女のそばに張り付く。

 その頭部ではチカチカと赤いランプが点灯していて、横には生配信中を示す視聴者コメント欄が宙に浮いている。

 それは今まさに彼女がリアルタイムで動画を配信中なのだということを伝えていた。

 蓮は悟られぬように、さっとそれを一瞥してから、ゆるりと美しく口角を上げた。


「いやいや、困ったときは助け合わなくては。私は蓮。あなたは?」

「わたしは――」


 その時、ちょうど彼女の声を遮るように。


「おーい、無事かー」


 ひょこり、と蓮の後方から返り血塗れの女が顔を出す。猫乃門である。

 しかし、次の瞬間彼女の顔は驚愕に変わった。


「えっ!? ゆゆんちゃん!?」

「知り合いか?」


 蓮が問うと、猫乃門は勢いよくまくし立てた。


「ちっげーよバカ! ゆゆんちゃんは今新人勢の中で一番勢いがあるBTuberなんだよ! 新人でありながら一ヶ月でチャンネル登録者数20万人突破! ちょっぴりドジで守りたくなるような可愛さを持ちながら、いざというときはカッコよく立ち向かう強さが一押しポイントの魔法少女系BTuberだ!」


 嬉しそうに跳ねた髪をヒョコヒョコ動かしながら血塗れで熱弁する猫乃門に、蓮は少しばかり引いていたが、ゆゆんと呼ばれた少女は愛らしい笑みを浮かべながら口を開く。


「ありがとうなのです! 改めまして、わたしは夢兎ゆゆん。使い魔のぽよちゃんと一緒にこの世界へやってきたのです! あなたのお名前は何て言うのです?」

「お、俺は猫乃門獄。俺もコイツとBやってんだ! よろしく――っと、悪い、汚れちまうな」


 猫乃門は頬を緩めながら夢兎に手を差し出そうとして、自身の手が跳ねた獣の血で汚れていることに気付いた。


「あ、それならお礼にわたしが魔法できれいにするのです!」


 言うと、夢兎は手に持った、兎を囲うように星が散らばるステッキをくるりと回す。


「みらくる☆まじかる~! らびらびどり~む!」


 瞬間、猫乃門の周囲がキラキラと光に包まれたかと思うと、彼女の傷どころか血や汚れをすべて消し去っていく。

 最後にひゅうと一筋の風が吹くと、あっという間に猫乃門は戦う前の姿に戻っていた。否、それどころか。


「体が軽い! さっきついた傷も、この間虎面につけられた傷も全部塞がってる……!」

「そうなのです! わたしは皆からのハッピーエネルギーを貰って魔法にしてるから、こういう治癒や浄化の魔法の方が得意なのです。えっへん」


 腰に手を当てて誇らしげに平らな胸を張る少女は愛らしく愛おしい。と、そこで少女はふと気付いたように声を上げた。


「虎面……っていうと、『虎面の人型』ですか? 猫さんは、虎面の人型と戦ったのです?」

「あぁ、俺たちは虎面を倒すために手を組んで――っぅお」


 蓮は話していた猫乃門の顎を徐にくいと掴んだ。それから、彼女の顔を右に左に傾けてから感嘆の声をもらす。


「これはすごいな、頬の傷も本当になかったみたいだ。へぇ、魔法か。……古傷も治せるんですか?」

「残念ながら一定時間が経った傷は治せないのです……」


 蓮が夢兎の返事に少し残念そうな表情で「そうですか」と返したところで、いい加減されるがままになっていた猫乃門が抵抗に出る。


「だから近っけんだよ、離れろや」


 蓮の顔を躊躇なく片手でぶみ、と押しやる。されど蓮は笑って猫乃門の手を取ると。


「そう相棒を邪険にするな。貴様の状態を確認したかっただけだ。大切なパートナーだからな」


 あまりにも直球で投げられた言葉に猫乃門は思わずたじろぐが、しかしこれまでの流れからしてさすがに意図を察するものである。コイツ、また営業してやがる。


「ふっざけんな! さっさと離せ!」


 眉を吊り上げながら猫乃門は叫ぶが、蓮は意に介さない。


「おっと、照れるな照れるな」

「照れてねえよ!」


 ぎゃんぎゃんと言い合いをする二人の声が夜闇に響く。それはさながら猫というよりも小さな豆柴に威嚇されるドーベルマンのようで、最早コミカルささえ漂わせていた。



 と、何やらその傍らで思わず身を震わせている者がひとり――。

 夢兎ゆゆんである。

 彼女は、震える手でそっと口元を覆いながら、胸の内に湧きあがる衝動に耐える。


(えっ、待って……えらい別嬪な二人組じゃ思うたけど……)


 普段の愛らしい喋り口調を捨て去った方言が、彼女の脳をぐるぐると回る。

 彼女の内心はまったくもって余裕をなくしていた。それはもう、鉄壁である彼女の『夢兎ゆゆん』というキャラクターを危うく手放してしまいそうになるほどには。

 なぜなら。


(あの戦闘中も猫さんのことをしっかりと確認している蓮さんのさりげなさ。血塗れやったのにつけられた傷の場所も見てるなんて……)


 そう、なぜなら。


(これはつまり、高貴系積極美形×俺っ娘眼帯ツンデレの百合……って、コト……!?)


 夢兎ゆゆんは。


(そんなん……そんなん……)


 夢兎ゆゆんは、


(好き(めっちゃタイプ)じゃろ……!!)


 根っからの百合好きであったからである!



「ゆゆんちゃん?」


 喧嘩はいつの間にやら収束したらしい。

 猫乃門が心配そうに夢兎の顔を覗き込んでいた。


「ハッ! な、なんでもないのです! あの、ぜひお礼をさせて欲しいのです! このあとお暇ですか!?」


 突如食い気味に問われた誘いに驚いた猫乃門だったが、しかし無論以前より応援していた夢兎の誘いを断るはずもない。

 猫乃門は心底嬉しそうな表情をしながら頷くと、結果的に二人は夢兎行きつけの店だという個室の料亭へ向かうことになったのだった。


***


「刺身だ~~!!」


 とある料亭の一室で、猫乃門は目をキラキラさせながら目の前に運ばれてきた十巻の寿司を見やる。


「刺身じゃなくて寿司だろう」

「上に刺身が乗ってんだから刺身でもあんだよ!」


 冷静に突っ込んだ蓮に勢いよく反論していると、向かいの席に座った夢兎がにこにこと、いや、によによとあたたかな笑みを浮かべる。


「お二人は仲良しさんなのですね〜。息ぴったりなのです」

「なっ、仲良し、ではねえ……けど……」


 猫乃門が言葉に詰まりながらどう返したものかとまごつく。

 それにツンデレ的良さみを感じた夢兎が、再び愛らしき小動物を見るかのような安らかな表情を向けつつ。


「ふふ、猫さんはお刺身が好きなのですか?」

「ん? おう。白身魚の刺身が特に好きだ」

「へぇ~、本当に猫さんみたいなのですね」

「いやぁ、っつってもそれだけだぜ。カレーとかも好きだし、あとは駄菓子屋の婆ちゃんとこのジャーキーとか、甘さ控えめのパンケーキとか」

「ジャーキーだと犬さんみたいですねぇ」


 くすくすと小さく笑みを浮かべる夢兎に、今度は猫乃門の頬が思わず緩む。かわいい。画面で見るよりももっと可愛い。守りたい。


「ところで、お二人はまだ駆け出しのBtuberですよね」


 夢兎の可愛さにふにゃふにゃと表情筋を緩ませていた猫乃門の一方で、彼女は本題だとばかりに話を切り替えた。

 猫乃門は彼女の言葉に頷くと。


「そうだな、俺は多少長いことやってるがコンビを組んだのはほんの数日前で、名も知られてねえ」

「私も『虎面の人型』を狩る都合上免許は持っていましたが、戦闘人(バトラー)という職に興味はなかったので」


 蓮が答えると、夢兎は少しばかり首を傾げて。


「あぁ、さっきも仰っていましたね。虎面の人型……というと、伝説級の敵性異人なのです。たしかこの世界に来たばかりのたった一度の戦いだけで伝説になったという……また随分と大物を追っていらっしゃるのですねぇ」


 夢兎は驚いたように目を瞬かせたが、しかしそれ以上その話題に突っ込むこともなく。


「何にせよ、察する通りお二方はまだ名が知られていない……ということは、なのです」


 夢兎は真面目な表情でそう言うや否や、ずいと身を乗り出して。


「お二人はイベント出場にご興味はないですか?」

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