第6話 ふぇぇって言いながらドジる絶対現実にはおらん女に騙されそうだな

「ひとまずチャンネルを一新する旨と、各々の自己紹介を組み込んだ動画を作ろう」


 猫乃門に向き直った蓮は、椅子の上で腕と足を優美に組みながら年季の入った一人用座椅子に座っている猫乃門を見下ろす。


「自己紹介? そんなもん必要か?」

「当然だ。今やどれ程の戦闘人(バトラー)がBTuberになってると思ってる。その中でキャラクターというものは必ず必要だ。そうでなくとも自分にどういう技術があって何が得意なのかを簡潔にアピールする場は必要だろう」

「概要欄に書いてるし、戦ってる動画を見りゃわかるだろ」


 猫乃門の一言に、蓮はひどく億劫そうに深い溜め息をつく。


「阿呆め。そうやってアピールする場を逃すから貴様のチャンネルは伸びないんだ。BTuberは数多存在するんだぞ。相手がそんな手間や時間をかけてくれるわけないだろう」


 確かにこれほどまでにBTuberが飽和したこの世界で、見る側は常に己の時間を天秤にかけている。それなのにわざわざ『少し興味を持った』程度の相手を隅から隅までチェックするような者は少ないだろう。

 それよりもトップページに情報を詰め込んだ動画を一つ置いておくのは賢い選択だ。それが更なる興味のとっかかりになるかもしれないのだから。


「では、撮っていくか」


 いつの間にやら、猫乃門が愛用している猫モチーフの自動追尾カメラまで首尾よく準備した蓮は、どこかご機嫌な様子で撮影に取り掛かったのだった。



「――というワケで、新しくコンビを組むことになった蓮だ」


 動画の冒頭でチャンネルを一新する旨を簡潔に伝えた(というよりは蓮の指示に従った)猫乃門は、次に蓮を呼び込む。

 蓮は猫乃門のそばに腰を下ろすと、絵画にでも書かれていそうなほど美しい笑みを浮かべながら、カメラに向かって手を振った。


 しかし、やけに近い。肩が触れ合うほどに不自然な近さである。

 この距離間である必要あるのか? と内心疑問を抱いていると。


「おい、聞いてたのか」

「え、あぁ、何だ?」


 距離の近さに意識が集中して話を聞いていなかった猫乃門は、ふと自身にかけられた声に肩を揺らす。


「だから、貴様のPRをしろと言っている」

「……PR? 何でそんな……。つか、そんなもんどうすりゃいいってんだ」

「強み、アピールポイント、自慢、何だっていいが、とにかく自分が誇れるものを言えばいい」


 蓮はあっけらかんと言ってのけるが、しかし大抵の人間はそう易々とそんなものは思い浮かばない、はずである。


「……強み……自慢……」


 繰り返してみるが、やはり猫乃門にはこれといったものが思いつかなかった。

 これが謙虚を美徳とする日本人特有の特徴なのか、などとどうでもいいことを考えたところで、時間稼ぎも兼ねてちらりと蓮を見やる。


「つか、お前の自慢は何なんだよ?」

「私か? そんなもの決まっているだろう」


 蓮は相変わらず人形のように美しい顔に黄金比のような笑みを湛えると。


「私という存在すべてだ! 誰もが振り向く美貌、真珠のような白く艶やかな肌、一体何頭身あるんだと言いたくなるほどのこの身、万人に愛される人格、負けを知らぬ戦闘力、いやはや挙げればキリがないほどだ!」


 さも当然である、といった様子で大きく胸を張ってみせる蓮は最早清々しい。

 弱点がないのがある意味で弱点だな、などと言いながら小さくため息をもらしてみせる蓮を、猫乃門はもはや若干肩を竦めながら見ていたが。


「だがまあ、そうだな。強いて言うなら……髪かな」

「髪ィ?」

「あぁ、美しいだろう? まあ私は全てが美しいのだが、この髪は一族の中でも唯一私だけが有していたのだ。ほら、触っていいぞ」


 言いながら差し出された薄紫色の髪の一束は確かに赤子のそれのように柔らかで、絹のようにきめ細かい。彼女の肌と同じぐらい艶のあるその髪は、何千年も生きたものとは到底思えぬほど若々しかった。

 若い女の血を浴びて若返ろうとする異国の貴族の話があったが、あながち間違った方法じゃないのかもな、などと思っていたのだが、ふと。


「そういえばお前、血はどうするんだ?」

「血?」


 蓮は心底不思議そうな顔をして聞き返した。


「必要だろ?」


 ヴァンパイアなんだから、と付け足すと蓮はそこで初めて得心がいったように小さく声を上げた。


「私は食事から摂るから問題ない」

「へえ、んなこともできんのか。血を吸わねぇヴァンパイアってアイデンティティを失っている感じはするが」


 和服もそうだし、と蓮の服装を今一度見ながら続ける。

 猫乃門の知るヴァンパイアは西洋の化物なので、和服着てるのは妙な感覚だ。


「それはこの世界のヴァンパイアの話だろう。私の世界では日本にもいるのだ」


 蓮は「世界が違うのだから相違点があるのは当然だ」とかつて説明したことと同じようなことを再度言っていた。

 そんなもんか、などと猫乃門が納得したように呟くと、蓮はどこか愉しそうににんまりと笑んで。


「何だ、吸ってほしかったのか?」


 吸ってやろうか? と顔を近づけてくる蓮を猫乃門は勢いよく押し退ける。


「んなわけねえだろバーカ! っつーかさっきから近えんだよ! 離れろよ!」

「なに、これも戦略の内だ」


 蓮は事もなげにそう言うと、再び距離を詰めてくる。

 戦略? と一瞬疑問符を浮かべた猫乃門だが、即座に悟った。百合営業のための戦略だ、と。


「小賢しい真似してんじゃねえよ! は・な・れ・ろ!」


 蓮の肩を押しやりながら叫ぶが、蓮は上体が傾くだけでまったく動かない。大きな岩でも押しているかのようだ。

 自分もかなり鍛えてる方なのに……と猫乃門は思わずショックを受けながらも声を張り上げる。


「大体俺はお前と百合営業はしねえって言ってるだろ! 俺はなァ、背がちっちゃくて、小柄で、笑顔が可愛くて、何にでも一生懸命な子……そういう子が好きだ! そして万が一でも百合営業するってんならそういう子とがいい!」


 ぎゃんぎゃんと吠えながら願望をこれでもかと細かく口にした猫乃門に、蓮は半ば引きながらも。


「貴様、ふぇぇって言いながらドジる絶対現実にはおらん女に騙されそうだな」

「何だその妙な解像度の高さは!」


***


 はっはっと息を切らしながら、月の光に照らされた小さな影が走る。その後ろには、おおよそ現存するどの生き物よりも巨大な背丈をした黒い獣が歯をむき出しにしながら疾走していた。


「ふぇぇ、こんなに強いなんて聞いてないのです~!」


 涙を浮かべた幼顔のそばでブルーグリーン色のツインテールがふわふわと揺れる。小さな彼女の頭上には愛らしいウサ耳がひょこりと生えていて、それと毛先だけがピンクと紫色のグラデーションでポップな印象を与えた。

 髪色と同じ色合いをした服はふりふりのスカートやひらりと舞うリボンがやけにコスプレめいていて、魔法少女を思わせる。


 近くではウサギモチーフの四角い筐体――自動追尾カメラが彼女を捉えていて、どうやら生配信中らしく視聴者たちのコメント欄が宙に浮かんでいた。そこではコメントが川のように流れているが、残念ながら今の彼女にそれを見る余裕はない。


「でもでも〜! こんなときは〜! まじかる☆ウサギさんステッキ――ってこれお玉なのです!?」


 彼女がどこか誇らしげに懐から取り出したそれは、紛うことなく月光に照らされてシルバーに光るお玉だった。


「ふぇぇ、間違えちゃったのです〜!」


 彼女は再びその愛らしい幼顔を涙で濡らすが、ふと。

 ひょこりと彼女の後ろから手のひらサイズの小さな物体が飛び出した。

 先ほどの自動追尾カメラ――ではなかった。

 羽が生えた紫とピンクのウサギ型ぬいぐるみ。しかしウサギにしては異様に丸いが。


《ゆゆんちゃん! はいぽよ~~!》

「ぽよちゃん! ありがとうなのです!」


 ぽよちゃんと呼ばれたそれから、棒状の何かが彼女の手に渡る。

 ステッキだった。兎を囲うように星が散らばる、ブルーグリーンとピンクがグラデーションになった、彼女の髪色を模したようなステッキ。

 彼女はそれを両手で構えると、くるりと後ろへ振り向いて。


「みらくる☆まじかる~! らびらびどり~む!」


 唱えた瞬間、黒い獣に向かって光が煌めく。ブルーグリーンとピンクの光の中、煙に混じってぽふぽふと星や兎が舞い、そこだけ別世界のようにファンシーだった。

 魔法らしき異能の力を受けた獣の、怒号にも悲鳴にも似た咆哮が聞こえて、周囲が白い煙に包まれる。


 が、しかし。

 白煙を裂くように現れた巨大な四本の爪が、彼女の眼前で空を切った。

 それにまん丸な瞳を溢しそうなほど見開くと、彼女はびゃっと背を向けると。


「なっ、なんで倒せてないのです!? うわぁぁん! 誰か助けてほしいのですー!」


 再び黒い獣を背に走り出した彼女は、闇夜の中で涙ながらに叫んだ。

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