第4話 そうだ、百合営業をしよう4

「復、讐……?」


 猫乃門がたどたどしく問い返すと、女はゆっくりと頷いてみせた。


「あぁ、私はあの『虎面の人型』に復讐がしたいのだ。だからずっと痕跡を辿っていた」

「痕跡って……市のレポートのことか」

「まぁそれだけではないが……ともかく貴様もレポートを見てあそこに来た口だろう。ならば、彼奴(あやつ)に因縁があるか、あるいは何らかの手柄を立てたいんじゃないのか?」


 その点においてもこれは良い申し出だと思うがな、と女は緩やかに笑った。

 確かにそうだ。実際猫乃門は虎面の人型を追っているし、傍から見れば目の前の女と目的を同じくする復讐者として考えられなくもない。しかし。


「……お、俺でいいのか……? 俺、ただの……人間だけど」


 猫乃門は目を逸らしながら、おずおずと問う。

 猫乃門獄(ねこのもんひとや)はただの人間だ。特別な異能もないし、戦闘人として秀でているわけでもない。わざわざ手を組む必要などないどころか、下手をすれば足手まといになるかもしれない。

 猫乃門は、戦闘人になってからもただ画面の外からコンビやチームで活動する同僚たちを眺めていただけの自身を思い出しながら、目を伏せた。

 けれども、女は。


「私から組めと誘ったのだぞ。そんなもの考慮の上に決まっておるだろうが。それに、実際にあれと対面してそれでも挑める者はそうおらんからな」


 そう、虎面は伝説級などと言われてはいるが実のところ実害自体は少ない。相対した戦闘人の中でも後遺症が残るような大怪我を負ったのは猫乃門くらいである。

 ではなぜ、伝説級などと大層な枕詞をつけられているのか。

 それは、あまりにも強すぎるがゆえに戦う者が次第に戦意をなくすか、その戦力差ゆえに相手にならず、腕についた蟻を振り払うが如くあしらわれただけで気を失うのが大半だったからだ。

 伝説級と言われているのも、たった一度の戦いがあまりにも圧倒的だったがためにそう言われているだけである。


 女が返した一言にどこか安堵した様子で顔を上げた猫乃門は、しかし次の疑問が湧いてくる。


「……ていうか、何でお前はそんな虎面に拘るんだ?」


 上記の理由ゆえに、虎面が何らかの憎悪を買う要素は少ない。猫乃門が重傷を負った以上、危険な敵性異人であることは確かであり排除するべき敵であるのも事実だが、だからといって固執する要素はないはずだ。

 しかし女は首を横に振った。


「貴様らはあれを『虎面の人型』と呼ぶが、私の世界ではあれら全般のことを『仮面』と呼ぶ。この意味が分かるか?」


 猫乃門は一瞬考えたが、すぐに女の真意を理解した。


「――つまり、あれはお前の世界の『敵』なのか!」


 危険モンスターや敵性異人、異世界人はゲートを通って現れる。しかし同じ世界から一つの物体がやって来るとは限らず、同一世界からいくつも連れ立って現れる場合もあるし、確率は低いが時間をおいて同じ異世界からやって来る場合もある。

 その全てが危険モンスターである場合もあるし、危険モンスターや敵性異人と共に異世界人が現れる場合もあるのだ。


「そうだ。とはいえ、もっと早くに気付いてもいいものだがな。私が先ほど生み出した魔法陣は、『仮面』が生み出すそれとよく似ていただろう」


 確かに指摘されればそのような気もした。しかし、魔法陣などただの模様にしか見えない猫乃門にとってみれば、魔法陣というだけで大体全て同じに見える。分かるのは精々色の違いくらいである。


「まあ何にせよ、市のレポートを見ているのなら貴様も知っているだろうが、『仮面』はここ最近再び活動を始めたらしくてな。やっと機会が巡ってきたってわけだ」

「倒す機会か」


 問うたように呟いた猫乃門に、女は瞳を向けた。かち合った紫の瞳が水晶玉のように美しく、されどどこか寒気がするような恐ろしさを携えて真ん丸に煌めく。


「殺す機会さ」


 強い言葉だった。そしてその声色もまた、大きな覚悟を背負っているような、強固な輝きを発していた。

 復讐。

 つまり、目の前の女は虎面に恨みを抱いている。ゆえの覚悟と強き言葉なのだろう。


「貴様もそれを手伝え、獄。彼奴を殺すのをな」


 猫乃門はもう動じはしなかった。ここで腰が引けてしまうのであれば、そもそも武器を持つ資格はない。その点において、少なくとも猫乃門獄は、覚悟なく武器を手にしているような半端者ではなかった。

 猫乃門は頷いた。同じように覚悟を携えた瞳をして、強く。

 しかしそれは次の瞬間、砕かれることになる。


「ではついでに私を養え」

「はァ!?」


 猫乃門の、おそらくは近所中に響き渡ったであろう盛大な声に女は小さく肩を竦めると。


「以前はお嬢さん方に養ってもらっていたんだ。私は見目が良いからな。だが、いちいちここに通うのも面倒だろう」


 だからここで養え、と。

 女は大して申し訳なさそうな素振りもないどころか、当然だろうとでも言うような態度で言った。

 しかし猫乃門獄は彼女をこれまで養っていたという『お嬢さん方』とは違うのだ。

 確かに目の前の女は人形のように綺麗ではあるが、猫乃門にとってそれはさして重要度の高くない問題である。そも、それでは先ほどと条件が違う。


「俺のこの状況をもう一回見てみろ! 誰かを養う余裕なんかあるように見えんのか! 大体この治療の対価は復讐だけだろ!」


 猫乃門が自身の包帯部分を指差しながら反発すると、女は「ふうむ」と少し考えるように顎に手を当てた。


「なるほど、確かに妥当だ。では貴様の職を手伝ってやろう。私も『仮面』と戦う手前一応戦闘人免許は持っているし、二人でやれば今よりもっと多くの報酬が手に入るだろう」

「いや、俺は底辺戦闘人(バトラー)だから依頼はこねえし……」


 そのとき、ふと閃いた。

 動画配信。そうだ、動画配信でコンビはウケがいい。それに目の前の女は見目が良いし、ヴァンパイアならば何か動画向けの派手な術だとかを使えるのではなかろうか。


「なるほど……俺は天才かもしれねえ……」


 小さく呟くと、女は首を傾げていたが、そんなことは構いやしなかった。


「わかった! お前の面倒は見る! だがその代わり――復讐を果たすまで俺とコンビを組んでBTuberになってもらう!」


 高々に宣言した猫乃門に、女はぽかんとした顔をして。


「BTuber……とは確か動画配信者をしている戦闘人(バトラー)のことだったか?」


 何千年も生きていたヴァンパイアだとか言っていたのでそこから説明せねばならないかと不安になったが、どうやらその心配はないようだった。


「そうだ。『Battler NowTuber』を略して、BTuber。NowTubeっつう動画配信用のサイトに、モンスターと戦う動画とか異能力使って面白え動画とか上げて稼いでる、インフルエンサーみてえな戦闘人のことだな」


 現在戦闘人は国に援助金を貰っている市から、戦闘人登録と戦闘人斡旋を委託されている民間企業を挟んで、個人に依頼が来るのが一般的である。

 戦闘人登録は異世界人だけでなく、一定の試験を合格すれば元の世界の――特別な技能を持たない人間にもなることができる。ゆえに戦闘人免許を持つ彼らは法律で禁じられているような銃火器の所持も、場合によっては認められるようになった。


 けれども、最早戦闘人は依頼を待っているだけでは食っていけない。そもそも、一定の技能評価と知名度がなければほとんど依頼がこない始末である。

 そこで多くの戦闘人は『NowTube』という動画配信サイトに目をつけた。最初は自身のPRを兼ねた動画配信として活用されたそれは、後にまだ斡旋会社が捕捉・依頼していないであろうモンスターを無報酬で討伐し、その様を煌びやかに配信してみせ話題になった――俗に言うなら、バズった者を筆頭に形を変えた。


 今や戦闘人NowTuberという職が芋蔓式に爆増し、動画配信者の一角を支える一大ジャンルとなった。戦闘人は日々モンスターを血眼で探しては無報酬で討伐し、動画にして再生数と知名度、そして金を稼いだり、あるいは自身の魔術などの異能力を使用した娯楽を提供し動画配信を行うのが主流となったのである。


 よって現在、世は戦闘人(バトラー)飽和時代ならぬ、Battler NowTuber――BTuber飽和時代に突入した!


「俺は今のところ底辺BTuberだが、コンビでやれば何か進展があるかもしれねえ。それでウケりゃ知名度が上がって依頼も入ってくるだろうし、そもそも動画の再生回数が伸びりゃその分金も入ってくる!」


 猫乃門はわくわくといった様子を隠すことなく、テンション高くスマホで自身の動画配信チャンネルを見せつつ、説明する。

 動画配信では一定の条件をクリアすると広告をつけることができ、再生回数に応じて広告収入を得ることができるのである。


「俺は有名BTuberになるために、お前は虎面に復讐するために! 互いに協力し合いながら目的を達成すんだよ!」


 ばばんっ、と効果音でも鳴りそうなほど誇らしげに案を披露する猫乃門を、蓮は見つめながら。


「ふうん、正直BTuberに関しては詳しく知らんが……まぁいいだろう。それを貸せ、私も勉強しておこう。ヴァンパイアは長い睡眠を必要としないからな」


 言ってスマホを貸してくれと言うので、それならパソコンの方がいいだろうと使い方を教えることにした。ヴァンパイアは予想外に物覚えが良く、簡単に説明するとすぐにあらかたの事象は理解したらしい。

 すでに目の前ですらすらとマウスを操作する女を見ながら、ふと。


「そうだ、お前名前何て言うんだ?」

「名? あー、そうだな、レン。蓮だ」

「何で名前で悩むんだよ」


 少し考えるような素振りをしてから言った女――蓮に猫乃門はツッコむ。

 絶対本名じゃないやつじゃねえか、と思いながらも、まあいいかと特に気にはしなかった。異世界人には本名を明かしたがらない者も多い。名を明かすという行為は、存外各々の世界によって大きく価値観が異なるらしい。

 悪魔は名前を明かしたがらないしな、などと創作の知識を持ちだしながら、猫乃門はベッドに戻った。とにもかくにも、病み上がりに動きすぎたせいか体がだるくて仕方がなかったのだ。


 しかし、その日は子どもがクリスマスの朝を持つような気持ちで眠りについた。

 これから先に未来が見えたような気がした。たとえ期間限定の関係でも、ずっと画面の外から見ていただけの世界に飛び込めたような気がした。それが嬉しくて、なんとなく、全部上手くいくような気がしてワクワクしたのだ。

 そう、ワクワクしてたんだ。靴下の中にどんなプレゼントがあるのか見るまでは。



「――百合営業をしよう」


 次の日、至極真面目な顔で蓮にそう言われるまでは。

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