第14話 シャドマイラ、再臨 ①
シャドマイラのアラームが耳をつんざくような音量で鳴り響き、大気は不安定になり、突風が吹き荒れる。群雲に稲妻が走り、轟音が空を裂いた。
陣馬山の西南、上野原市。山々に囲まれた町のあちこちに黒煙が立ち上る。その中心には、黒闇の塊が周囲の光を吸収するかのように膨張していく。その塊はやがて10メートルを超える巨大な姿へと変貌し、頭部には三本の角が生え、肩や背中にはフジツボのような奇妙な生物的構造が隆起していた。
進化を遂げたゴラーテルトンは、そのフジツボ状の構造物から十数個の暗闇の塊を射出する。それらは地上に着地すると、次第に形を成し、新たなゴラーテルトンαたちへと変貌した。
ゴラーテルトンは、自らが群れの支配者であることを誇示するかのように巨大な腕で胸を叩きつけ、地を揺るがすほどの咆哮を上げる。その声に従い、新たに生成されたゴラーテルトンたちは身を低く伏せ、親玉への服従を示した。
親玉は巨体を振り回し、獲物を探るように東の山々を指さすと、群れ全体が一斉にそちらへと走り出す。その速度は時速80キロメートルを超え、進路上の建物や森林が次々と踏み潰されていく。山々に棲む野生動物たちは驚き逃げ惑い、鳥の群れが慌てて飛び立つ。
群れは途中で相模湖北面の与瀬町を経由し、北東の山岳地帯を越えようとしていた。その山の上には、100メートルもの高さを誇るタワーが立ち並び、それぞれ3,000メートルの間隔で配置されている。送電塔のような構造物は、空中500メートル地点に浮いてある島に強化ユニットによって連結され、強い光で覆われた防御ラインを形成している。
これは、シャドマイラのような謎の脅威生物が引き起こす災害範囲の拡大を防ぐために構築されたバリア網である。バリアに触れた物体は高圧電流によって焼き焦がされ、瞬く間に炭化する。この防衛システムが稼働中は、周辺を飛行するすべての航空機やドローンの通行も封鎖される。
防衛ラインの手前で、ゴラーテルトンの子分たちが次々とバリアに突進したが、接触した瞬間、電撃殺虫器の光に触れた虫のように弾け飛び、消滅した。
ゴラーテルトンの群れの進撃が一時的に止まると、その隙を突くように超音速ミサイルが飛来し、直撃を受けた個体が爆発した。800メートルの上空には、UCBD重装特部隊の戦闘マシン16機が展開している。エイを模したデザインのマシンは、後部に2基のエンジンを搭載し、翼の先端にはミサイルの発射口が装備されている。
戦闘マシンは次々とミサイルを発射し、その尾が描く光の軌跡が空を彩った。だが、ミサイルの波状攻撃にもかかわらず、ゴラーテルトンの群れはその耐久性でそれを耐え抜いた。
子分たちが胸のコブを光らせ、口を大きく開いてエネルギー弾を反撃する。戦闘機は素早く散開し、その攻撃を回避したが、ゴラーテルトンの親玉が胸を赤く発光させると、肩のフジツボ状構造から蓄積されたエネルギーを死線ビームとして放出した。そのビームは回避の遅れたマシンを切り裂き、撃墜していった。撃墜されたパイロットたちは緊急脱出し、スーツの膜を広げて滑空するように着陸していく。
戦闘機のうち7機が撃墜され、残った機体はビームライフルで反撃を試みたが、ゴラーテルトンの進撃を完全には止められなかった。
子分たちは一本のタワーに体当たりし、自爆攻撃を仕掛ける。それに続いて、他の個体がエネルギー弾を投げ込み、親玉の死線ビームが強化ユニットを切断した。ゴラーテルトンたちは強引な突破作戦を展開し、防衛ラインに大きな割れ目を生じさせた。そして、その隙間から八王子市へ向かって直進していった。
*
空は極めて不安定な様子だった。竜巻が巻き起こり、雷鳴が鳴りやまない。激しい時雨が降り続き、光は遮られ、乾いていた道路は雨に濡れて輝いている。
放課後からすでに3時間が経過していた。陽太はいつもの通学路を外れ、遠回りしてショッピングセンターをうろついていた。
ファストフード店の窓際席に腰を落ち着け、長居をしていた。食べ終わったハンバーガーの包み紙は揉み潰され、飲み干された紙コップが無造作に置かれている。だが、食べたハンバーガーの味も、飲み干したコーラの甘さも、陽太の記憶には残っていなかった。ただ心が一方的に沈んでいくばかりだった。
ぼんやりと窓の外を眺める陽太の頭には、次々と思い出が浮かんでは消えていく。実瀬に振られたこと、板津たちにいじめられたこと――嫌な記憶が繰り返し頭の中をリピートする。
ファストフード店の中には、さまざまな人々の姿があった。疲れた表情の中年男性が足早に通り過ぎ、店内では高校生の女子グループが軽口を叩き合いながら笑い声を響かせている。窓の外では、カップルが通路で大声で言い争っていた。さらに、店内では失恋を思い起こさせるような切ないポップソングが流れていた。
「ここにいても、どうにもならない……」
陽太は切なさを紛らわせようとしたが、逆に気持ちはどんどん重くなっていくばかりだった。やがて我慢できなくなり、店を後にすることにした。
ゲームセンターに立ち寄った陽太は、ゲームに没頭する不良学生グループを見かけた。彼らはシューティングゲームに熱中していた。
「くそ!なんでこんなに終わらないんだ!」
「なんだよ、このクソゲー!」
怒りを抑えきれず、ゲーム機を蹴る不良たち。その光景を目にした陽太は、自然と板津たちによるいじめの記憶が蘇り、不安と恐怖が胸を締めつけた。できるだけ距離を取ろうと、彼らのいるエリアから遠ざかり、別の場所へと足を向けた。
通路では、さっきとは別のカップルがUFOキャッチャーで遊んでいた。女性が欲しいぬいぐるみを取ってほしいと彼氏に頼んでいる。
「ねえ、あのぬいぐるみ、どうしても欲しいの!」
「え?あれは難しいだろ……」
「いいから、お願い!」
「わかったよ……やってみる」
男は何度も挑戦したが、失敗が続く。そのたびに女性の不満は募り、ついには口に出した。
「これくらい取れないなんて、本当に役立たずよね」
男は肩を落とし、しょんぼりと両替機へ向かう。その女性の髪型が実瀬に似ていたことに、陽太の心はさらに乱される。振られたときの記憶が、またも鮮明に蘇ったのだ。
男が席を外したタイミングで、女性と目が合いそうになった陽太は、慌てて視線をそらした。嫌な思い出から逃れるように、ゲームセンターを後にする。
その後、洋菓子店の前を通りかかると、注文したケーキの見た目が写真と違うと怒っている客がいた。店員は何度も頭を下げながら謝っている。
周囲で起こるささいな出来事も、陽太にはどこか胸が苦しくなるものばかりだった。彼は深く溜息をついた。
「やっぱり、もう帰ろう……最悪な一日だ」
陽太が駐輪場に向かおうとしたとき、突如として警報音が鳴り響いた。
<シャドマイラが来襲、シャドマイラが来襲。速やかに避難してください。シャドマイラが来襲……>
「こんなときに、シャドマイラ……?」
そう呟いた直後、遠くから獣の咆哮と地面を揺らす振動が伝わってきた。壁や天井のガラスが揺れ、噴水の水が激しく波打つ。
「嘘だろ……こんな近くに?」
ドッカン――!
施設のどこかで爆発音が響き、人々の悲鳴がこだました。
「シャドマイラがこのショッピングセンターを襲ったのか?でも、どうして……?」
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