第13話 悪い予感・実験現場
高い空には光る雲、その下には厚い黒雲が幾重にも重なり、空には圧迫感が漂っていた。そんな空色の下、陽菜は坂道の階段を降りていく。彼女の隣には、二人の少女が同行していた。
「ケーキ〜!ケーキ〜!ふんふんふ〜ん!」
「悠乃ちゃん、光玲さんは誘ったんですか?」
陽菜の一歩後ろを降りていた
猫のヘアピンをつけたミディアムヘアが特徴の彼女は、控えめながらも存在感を放つ少女だ。
悠乃は首をくるりと後ろに向け、10段ほど離れた二人を振り返りながら答えた。
「誘ったよ。でも断られた!やっぱり、光玲にはスイーツよりチェスだよね〜!」
陽菜は少し広めの平台で立ち止まり、自らのMPデバイスの画面を確認して、眉をひそめた。
「変ね……放課後から1時間以上経ったのに、お兄ちゃんがまだ返事をくれない」
静琉がそっと寄り添い、心配そうに尋ねる。
「お兄さん、大丈夫でしょうか?」
「いつもすぐに返信してくれるのに……」
悠乃がまたも陽気に口を挟んだ。
「陽ちゃんのお兄さん、きっと彼女に振られてショックで落ち込んでるんじゃない?」
「悠乃ちゃん、その言い方、余計に心配になりますよ」
「へぇ?でもでも、男なんて恋で振られることくらい、よくあることじゃん?少し放っておいて、落ち着かせたほうがいいって!」
「でもお兄ちゃんは繊細なんです……きっとどこかで泣いてるかも……」
「大丈夫大丈夫。男なんだから泣いたら立ち直るでしょ!」
静琉は苦笑しながら呟く。
「誰も悠乃ちゃんみたいにメンタルが強いわけじゃないですよ……」
その時、悠乃が足を止め、振り返って大きな声を上げた。
「ほら二人とも、早く行こうよ!限定ケーキが売り切れちゃう!」
待ちきれない悠乃は、さらに足早に階段を駆け降りていく。陽菜と静琉も、しっかりとした足取りで彼女の後を追った。
――その時、鈴の音が響いた。
陽菜の鞄に付けていた可愛らしいキャラクター飾りが地面に落ちる。拾い上げると、固定用の紐が切れていることに気づいた。
「これ……お兄ちゃんが釣り上げたものなのに。どうして今……?」
強い風が吹きつけ、遠くの高い木々が暴風にあおられて揺れる。黒雲の間から稲妻が走り、遠雷が響いた。陽菜は胸元に手を当て、つぶやく。
「なんだか、嫌な予感がする……」
*
赤城山の山裾、利根川のほとりに広がる大規模な研究施設。その敷地には研究棟、発電所、病院、研究員のための住宅、売店、さらには学校までが備えられている。雲間から差し込む光が、施設の入り口横に立つ金属看板を照らす。
『United Cryptid-existence Buster Department
Hiizuru Provincial Scientific Research Support Institute
連邦未確認存在対処局 ヒイズル州立科学開発支援研究所』
この場所はクーリーバ隊が所属する、ヒイズル州最大の研究拠点だ。
施設の中心には10階建ての巨大な研究棟がそびえる。屋上にはドーム状の離着陸ゲートがあり、そこからは特殊機器の発進が可能だ。連絡通路によって他の棟とも繋がっており、上空から見ると施設全体がまるで電路板のような紋様を描いている。
地下30メートルに広がる密閉された部屋。広さは500平方メートル、天井は見上げても届かないほど高い。部屋の四方は絶壁で、4メートルの高さに観察窓が設置されている。観察窓の中では、白衣を着た研究員たちが忙しなく制御装置を操作していた。その指揮を執るのは、
実験の開始
「では、実験を始めましょうか」
研究員の一人が制御室から報告を上げる。
「電離粒子収集システム、作動正常です!」
屋上のエネルギー収集ユニットが光を放ち、大気中のエネルギーが地下のプラズマバスター砲に送られる。
「エネルギー充填率67%。あと3分で完了します!」
「エネルギー充填完了まで、あと3分!」
「トーチカ窓オープン。檻ゲートを開け!」
プラズマバスター砲が設置されてある窓が開けた。コントロールレイバーを動かせるによって、砲身は微調整に振りている。
観察窓から右側のゲートが上がると、シャドーマイラの咆哮が響き渡った。全長5メートルを超え、虎を思わせる首に四つの瞳、鹿のような角が生え、紫色の毛に覆われた六本脚の異形――シャドーマイラだ。その巨大な体躯が誘導に従い、部屋の中へとゆっくりと進入してきた。
シャドーマイラは鋭い感覚で即座に観察窓の向こうにいる研究員たちの存在を察知した。首を長く伸ばし、上半身を反らせ、前足を持ち上げると、大きく口を開けて威嚇のポーズをとる。
「事件対処、ディトロガイヤが部屋に入った!」
報告が終わるや否や、ディトロガイヤは後脚に力を込め、頭部の角を突き出して窓へと突進した。凄まじい勢いで観察窓に激突するも、巨大生物対応用に設計された強化窓は衝撃を完全に受け止めた。衝突の反動でディトロガイヤの巨体は後方へと弾き返され、姿勢を崩す。
それでも研究員たちは冷静に実験を進める。
「エネルギーチャージポット、蓄積完了。発射準備、良し!」
大原博士が静かに命じた。
「プラズマバスター砲、発射!」
発射スイッチが押されると、プラズマバスター砲が強烈な光の束を放った。逃げ場のないディトロガイヤは、正面からそのエネルギーを受け止めた。胸元を直撃された巨体は一瞬のうちに爆散し、塵と化す。
「ディトロガイヤの反応消失。実験成功です」
観察室では拍手が沸き起こる。成功の余韻に浸る研究員たちを横目に、大原博士は静かに首肯し、満足げに言った。
「うむ、よくやった。次は携帯型での現場実用テストじゃな」
「李くん」
実験が終わり、研究員たちが次々と観察室を後にする中、大原博士は瑶妤に声をかけた。
「はい、大原博士」
「この実験レポートの作成、君に任せるぞ」
「分かりました。……ところで博士、ひとつ気になることがあるのですが」
「何じゃ?言ってみなさい」
「今回、プラズマバスター砲の実験は成功しましたが、太陽フレアの発生は予測が難しく、不安定要素が多すぎます。武器としての実用性は低いのではないでしょうか?」
「ふむ、その心配は無用じゃ。衛星で間接的にエネルギーを収集・伝送する方法や、
――莫大な経費が必要になることは明白だ。瑶妤は軽く頭痛を覚えつつも、ため息混じりに応じた。
「了解しました」
「そうだ、エリック君」
「はい、所長」
「携帯型バスター砲をプロメデウス号に搬送してくれ」
「分かりました」
「大原博士、次の実験に移行しますか?」
「何を言うとるんじゃ?太陽フレアが大量に吹いている今日を逃してどうする!追撃実験の準備を急ぐぞ。わしも同行する」
「かしこまりました!すぐに手配いたします!」
瑶妤は冷や汗を拭い、ため息をついた。
科援隊事務室――
瑶妤は一旦、自分のデスクへと戻る。彼女は大原所長のファーストアシスタントであり、科援隊の部長として各部署からの支援要請を一手に引き受けていた。
デスクには、瑶妤とある男性が並び、マシンドライブに乗っている写真が飾られている。
椅子に腰掛け、一息ついたその時――。
ブルルルルン――電話が鳴った。
「はい、科援隊です」
電話の向こうからの報告に、瑶妤の目が驚きに見開かれた。
「――何ですって?! 三ヶ月前に姿を消したゴラーテルトンが現れましたか?!」
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