第11話 最悪な一日 ④
放課のチャイムが鳴った。実瀬は鞄を肩に掛け、クラスメイトに挨拶の声をかけると、小走りで教室を出ていった。告白が失敗に終わったショックで、陽太は現代文の授業に全く集中できなかった。
ふと意識を取り戻し、陽太は首を振った。気づけば教室はすでに空っぽだ。MPデバイスを手に取り、スケジュール欄を確認する。そこには「自由観測」という文字だけが虚しく書かれていた。
「今日も部活は自由観測か……」
陽太は入学と同時に天文部に入部した。しかし、部員はわずか7人。新入部員は陽太と慎輔の2人だけだ。自由奔放な性格の部長は、具体的な観測テーマやスケジュールすら決めず、「学園祭も先輩が残した手作りプラネタリウムでなんとかなる」と豪語した。部員には観測ノートが配られたが、テーマや内容は完全に自由。厳しいチェックもなく、陽太は次第に「部活の意味があるのか?」と疑問を抱くようになった。実質、帰宅部と変わらない気分だった。
深い溜息をつき、陽太はデスクモニターをシャットダウンし、肩に掛けた鞄を背負い直すと教室を後にした。その様子を見ていた何者かが、教室の隅からニヒルな笑みを浮かべる。
帰り際、陽太はトイレに立ち寄った。洗面所で手を洗いながら鏡に映る自分の顔を見る。実瀬に告白した時の言葉が胸を刺し、心の痛みに思わず顔が歪む。そして、カラコンを外し、ゴミ箱に捨てた。鏡に映るのは、地味な深褐色の瞳――。
その時、複数の男子生徒がトイレに入ってきた。先頭に立つのは、ひときわ背が高い男子だ。最後に入ってきた生徒がモップを使ってドアを封じ、表側には「清掃中」の札が磁石で貼り付けられた。7人の生徒たちは出入り口を完全に塞いでいた。
鏡越しに彼らの不穏な表情を見た陽太は、目を大きく見開いた。
「おい、チビ」
その声に振り向くと、そこにはクラスメイトの
「お前、赤星さんに告白したって噂、本当か?」
「……それがどうしたんですか?」
陽太は動揺しながらも、意地を張って答えた。
「結果はどうだったんだ?」
「あなたと関係ないことでしょう……」
陽太は唇を噛んで言葉を濁す。しかし、集団の中の1人がニヤリと笑い、声を上げた。
「ふん、それは笑話だろう? 結果を見れば明らかじゃないか。身長が170にも満たないチビに、髪を染めた無精オタクなんか、赤星さんが惚れるわけがないだろう」
他の男子生徒たちも、修吾の言葉に同調し、追い打ちをかける。
「一緒に並んだら、まさに豚に真珠だな」
陽太は歯を食いしばり、反論する。
「僕の髪は地毛です」
修吾はわざと陽太を見下すように身をかがめ、嘲笑した。
「ほぉ〜? それは滑稽な話だな。一体どんな親が、こんな無様な雑種を産んだのか見てみたいもんだ」
「彼の父親は確か、プロ野球界の名手だったはずだ。不敗の日野――伝説のエースと呼ばれた男だ」
メガネをかけた男子生徒が、陰湿な笑みを浮かべながら付け加える。
「だが、事故で負った傷が原因で再起不能になり、シーズン真っ只中で引退を余儀なくされた。しかも、あの事故の真相はいまだに謎のまま……ダイヤから駄石に堕ちた男だよ」
「ダイヤから駄石?」――それはマスコミが勝手につけた侮辱的な呼び名だ。どれほど才能に溢れ、輝いていようとも、少しのひび割れが全てを台無しにするという意味が込められている。
「でもさ、あんな名手なら身長もそれなりにあるだろ? 息子がこんな小さいってことは……母親が別の男と不倫してできた子なんじゃねぇの?」
「その言葉、撤回してください」
陽太は震える声を抑え、絞り出す。
「僕のことをどれだけ罵ろうが構いません。でも、家族を侮辱することだけは許しません!」
修吾はニヤリと笑い、さらに陽太を挑発する。
「ほう? で、どうするんだ? 俺に喧嘩でも売るつもりか?」
「やめとけよ、こいつにそんな度胸あるわけないだろ。ただの口先だけの雑魚だ」
陽太は拳を握りしめるが、どうしようもない悔しさが胸を押しつぶす。
「ふん。話を戻すが、赤星さんに相応しい男はこの俺――板津修吾だ。バスケの全国中学大会でMVPを獲得し、優勝に貢献した立役者だ。学力でも全学年3位獲っている。バスケと学力、両方を兼ね備えた。高校バスケを全国制覇の夢を持つ俺こそ、赤星さんに釣り合う唯一の男だ!」
――そんな話、信じられるものか。陽太はそう思いつつも、3位の成績には何も言い返せない。先日の中間テストで48位だった自分に、その権利などないのだから。
「でも、うちの学校はバスケの強豪校じゃありませんよね? 本当に全国制覇を目指すなら、もっとレベルの高い学校に行くべきではないですか?」
「お前に俺の事情が分かるかよ。強豪校に行かなくたって、弱小校を俺が全国制覇に導けば、俺自身の価値がより高まるんだよ!」
「それは立派な夢ですが……板津さん、スポーツマンとしてその性格を見直すことが先決ではありませんか?」
陽太の言葉が修吾の地雷を踏んだらしい。修吾の目が険しくなり、怒りが噴き上がる。
「何だと?」
「全国制覇を目指すなら、さっさと努力すればいいでしょう?僕なんかに構っている余裕なんてないはずです」
陽太は修吾の目を真っ直ぐに見つめて言い返す。これが自分にできる最後の抵抗だ――そう思いながら、トイレを出ようとしたその瞬間。
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