第10話 最悪な一日 ③
昼休みになると、実瀬は女子グループとともに食堂へ向かっていった。
一方、母親が毎朝作ってくれる弁当を食べる陽太は、今日も教室に残って昼食を取る。
「今日の弁当も豪華で美味しそうだな?」
二つの机を合わせて座っている陽太の向かいには、
そんな慎輔がじっと陽太のハンバーグ弁当を見つめている。
その視線にはもう慣れている陽太は、栄養バランスを考えた彩り豊かな弁当を彼に見せながら笑う。
「よかったら、一つ取っていいよ。」
「それなら、ありがたくいただこう。」
慎輔は自分のマイフォークでハンバーグを一つ取り、代わりに箱から取り出したカツサンドを陽太の弁当箱の蓋の裏に置いた。
「代わりに、商店街で評判5星を持った豚カツサンドをどうぞ。」
「ありがとう。」
慎輔は陽太の弁当のおかずを少しずつ楽しむのが日課になっていた。販売部のパンを主食にしている彼は、しばしば人気商品を買いそびれてしまうことが多い。そんな時、陽太は気前よく自分の弁当を分けてあげるのだ。
数日前からは、慎輔が時折評判の良い校外の食べ物を持ち帰り、それを陽太におすそ分けすることも増えていた。
「ところで、日野君。」慎輔が口を開く。「ラブレター、もう彼女に渡したのか?」
食事を進めている最中に突然話題を振られ、陽太は少し驚いた様子で答える。
「多分……彼女はもう読んだと思う。」
慎輔は指の甲を顎に当てて少し考え込むと、意味深な笑みを浮かべた。
「そうか。グッドラック。甘いか苦いか、青春の味をしっかり味わってこいよ」
その言葉に陽太は苦笑しながら応じる。
「ありがとう。頑張るよ。」
*
午後の二度目の休み時間、陽太は屋上に向かった。
曇り空が広がり、厚い雲がまるで濁った水に染められた綿飴のように見える。音楽の授業が終わると同時に教室を飛び出し、小走りで階段を駆け上がった。
屋上には誰もいない。フェンスの前に立ち、遠くを見つめる
「赤星さん、もう来てたんですね」
「ええ、ここからの景色、あの公園と比べても悪くないわね」
実瀬は踵を返し、陽太の方を向いた。その顔には、いつもとは違う笑み――どこか冷たさを含む表情が浮かんでいた。
「手紙、読んだわ。気持ちのこもった素敵な手書きだったね」
陽太は深呼吸をし、心を決めて大きな声で言った。
「好きです! 僕は赤星さんのことが大好きです! どうか付き合ってください!」
顔を真っ赤にしながら、陽太は深々と頭を下げた。
数秒の沈黙の後――。
「ごめんなさい。日野くんの気持ちには応えられません」
陽太は顔を上げ、驚いた表情で彼女を見つめる。
「別に日野くんのことが嫌いなわけじゃない。でも、私は……日野くんだけでなく、私を好きでいてくれる人みんなに、平等でいなきゃいけないと思うの」
その柔らかい声に乗せられた言葉が、陽太の心を深く刺した。
「それってどういう意味ですか?」
実瀬は少し困ったような表情を浮かべながら、言葉を続けた。
「この前、日野くんに言われました。私が星のように輝きたい人になりたいって」
「はい、覚えています」
「フェアリーズプロダクションって知っていますか?」
「詳しくはないですが……フェアリーズって、あの有名な女子アイドルグループのことですか?」
「日野くんがそれくらい知っているなんて、意外ですね」
「妹から聞いたことがあるんです。でも、詳しいことはさっぱりで……」
「それくらい知っていれば十分です。フェアリーズプロダクションは、今や業界最高峰のアイドルグループを輩出しているプロダクションです。毎年、新人グループオーディションが行われるんですが……最終的に選ばれるのはたったの5人。ものすごく厳しいんです」
「そんな難関を突破したんですか? 本当におめでとうございます」
「ありがとう。でも……トップアイドルとして輝くこと、それがずっと私の夢だったんです。その夢を叶えるために、私は恋人を作るわけにはいきません。それがルールに禁止されているのもプロデューサーに言われました」
陽太は、愚直に抱いていた未練を隠そうと苦笑いを浮かべながら言った。
「僕は赤星さんの夢を心から応援します……」
実瀬は少し目を閉じ、眉を寄せて切なげに笑った。
「気持ちだけ受け取っておきますね」
彼女の言葉に陽太は心が締めつけられるようだったが、話題が変わる。
「ところで、日野くん。そのカラコンはどうしたんですか?」
「あっ、これですか……赤星さんがよく読んでいる雑誌に出ていた男アイドルがつけていて、赤星さんの好みかなと思って……」
実瀬は困ったように額に手をやり、苦笑いを浮かべた。
「それは、とんでもない誤解です。それはただの雑誌広告ですから、私の好みってわけじゃありません」
実瀬にとって、陽太はもともと、純粋に太陽の観測に夢中する姿勢が魅力的だった。しかし、彼が自分に合わせようとするあまり、自分が興味を持たないようなイメージに変わっていったことが、実瀬には恥ずかしく、そして少し嫌な思いをさせていた。
勘違いに気づいた陽太は、急に自分がどう見られているのかを意識し、恥ずかしさから視線を落とした。
「えっ……そうなんですか……」
実瀬は悲しげで申し訳なさそうな笑顔を浮かべた後、静かに口を開いた。
「なんだか、ファッションに流されちゃったんですね。私は、自分の個性を持たず、人の真似ばかりする人を好きになれません。日野くん、その格好で一度鏡を見てみてください。今のあなたより、私が最初に出会った頃のあなたの方が、ずっと魅力的だったと思いますよ」
彼女の言葉は、まるで風のように陽太の心を吹き抜けた。その風が髪を乱し、陽太を戸惑わせた。
「この三ヶ月の間、私のせいであなたのイメージを変えてしまったのかもしれません……ごめんなさい。でも、お互いのために、少し距離を取った方がいいと思います」
そう言い終えた実瀬は、陽太と目を合わせることなく、彼の横を通り過ぎて去っていった。彼女のために必死で変えようと努力してきた自分が、すべて否定されたように感じた。告白が振られるだけでなく、友人としての距離すら拒まれたようなその言葉に、陽太の心は押しつぶされそうだった。
陽太は拳を強く握りしめ、うつむいた。苦くて不味いものを飲み込むような顔をしながら、目には涙が滲んでいた。視界がぼやけ、唇をぎゅっと噛みしめた彼の口元には、塩の味が残っていた。
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