第8話 最悪な一日 ①

三ヶ月後


 太陽表面の温度は6,000度を超え、その巨大な表面には無数の黒点が現れていた。その中から紅炎が炎龍のように空高く飛び出し、さらに宇宙の彼方へと消えていく。活動が活発化している太陽は、巨大なフレアを地球に向けて噴き上げていた。

その頃、地球では、夜明けの空に、神秘的なオーロラが舞い踊っていた。光る大蛇おろちのようにうねりながら、色とりどりの光が刻一刻と変化し、美しい風景を描き出す。

強風が吹き荒れ、木々がざわめき、カラスが不安げに鳴き声を上げる。


目覚まし時計は6時10分を指していた。


 陽太は鏡の前に立ち、ワックスを手に取って髪を整えていた。ネクタイを締め、スタイリッシュな服装に身を包むものの、その純朴な顔立ちから柔和で気弱そうな印象がどうしても隠せない。


 鏡を見つめながら、指先にコンタクトレンズを乗せるが、慣れない手つきでなかなか目に装着できない。瞼を強引に引き上げて、ようやく装着を完了した。

 ピュアベーセルのコンタクトレンズを付けたことで少し雰囲気が変わった自分を鏡で確認しながら、陽太は何度も深呼吸を繰り返した。そして机の上に置かれていた「赤星あかぼしさんへ」と書かれた水色の封筒を手に取り、通学鞄にそっとしまう。


リビングでは、テレビがついており、朝のニュースが流れていた。


「本日、過去50年で最大級とされる太陽フレアの影響で、赤道付近でもオーロラが観測される見込みです。電子機器の損害や通信障害が予想されるため、十分な注意が必要です」


アナウンサーが緊迫した様子で注意を呼びかけている。


 一方、ソファーに腰掛けた陽菜はるなは制服姿で、手に持った小型のMPデバイスを高速で操作している。おそらく親友たちとメッセージのやり取りをしているようだ。ディスプレイに映し出された会話のログが、目にも止まらぬ速さで流れていく。


陽菜のメッセージグループチャット


悠々:「陽ちゃんのお兄さん、今日告白するんだよね?」


陽菜ぴー:「えっ!?何で皆に知らせるのよ?それ、極秘事項なんだけど!」


悠々:「だって、はーちゃん気になってるでしょ?」


陽菜ぴー:「……複雑な気持ちだよ」


み玲:「告白相手って、1年生で、入ったばっかりなんでしょ?お兄さん、すごく勇気あるね!」


静🐈‍⬛:「陽菜ちゃんのお兄さんって、あの天文部の先輩だよね?太陽しか興味ないって噂の」


悠々:「そうそう、その太陽オタクのお兄さんがついに恋に落ちたらしいよ!」


陽菜ぴー:「ちょっと!お兄ちゃんは太陽オタクじゃないんだから!💢」


み玲:「でもいい趣味だよね。うちの弟なんてチャンネルゲームばっかりで部屋から出てこないし……お兄さんは普通に人とコミュ力が持っているでしょう」


静🐈‍⬛:「それで、いつから好きになったの?」


陽菜ぴー:「新学期が始まる前、偶然出会った子なんだけど、なんと同じクラスになったのよ」


み玲:「運命の出会いじゃん!」


悠々:「その子、どんな感じなの?」


陽菜ぴー:「明るくて、人懐っこい子。女子にも男子にもすぐ馴染むタイプかな」


悠々:「男子たちも悩殺するって?お兄さん、レベル高すぎじゃない?」


み玲:「初恋の相手にしてはハードル高いね」


静🐈‍⬛:「告白がうまくいくといいですね」


悠々:「その子、可愛いの?」


陽菜ぴー:「すごく可愛い!女の子の私でも嫉妬するくらい……」


み玲:「陽ちゃん、ブラコンだもんね。複雑な気持ちわかるかも」


悠々:「告白のプランは?」


陽菜ぴー:「できる限りサポートするつもりだけど、あとは運命に任せるしかないかな?」


……


陽菜は親友たちとのやりとりを続けていたが、気が緩むと彼に会話を置き去りにされそうだった。


 朝食はまだ準備中らしく、食卓にはサラダ、果物、こんぴら漬け、ドレッシングの瓶、牛乳パックが置かれているだけだった。


 黛璃まゆりはキッチンで朝ごはんを作っている。オーブンで魚を焼きながら、コンロでは卵焼きをジュージューと音を立てて焼いている。鍋の中では味噌汁がぐつぐつ煮えており、香ばしい匂いがキッチン中に広がっていた。


「お母さん、おはよう」


陽太はテレビに背を向ける形で、自分の席に腰を下ろした。


料理中の黛璃は優しい声で返す。


「おはよう、陽太。今日はいつもより早起きだね」


「うん、ちょっとね」


ちょうど良いタイミングで、黛璃は焼きたての卵焼きと焼き魚、煮物のおかずを添えた皿と、熱々の味噌汁を2人分、食卓に運んできた。


「陽菜、朝ごはんできたわよ」


「はーい、今行くー!」


黛璃は陽太をちらりと見ながら、不思議そうに尋ねる。


「あら、最近毎朝髪にワックスをつけるようになったわね。それにカラコンまでつけて……何かあったの?」


すると、陽菜が笑いながら横から口を挟む。


「お母さん知らないの?お兄ちゃん、今日告白するんだよ」


 意外なニュースに黛璃は目を丸くし、一瞬戸惑った様子を見せながら手のひらで頬を押さえる。


「あらまあ、入学して間もないのにもう好きな子ができたの?しばらく仲良くなってからでもいいんじゃない?」


陽菜が即座にフォローするように言った。


赤星あかぼしさんって、すごく人気のある人だから、早めに告白しないと他の誰かに取られちゃうかもって思ったんだって。それで今日に決めたんだよ」


「そうなの。他の女の子も少し見てみてもいいんじゃない?」


陽太は少し恥ずかしそうにしながらも真剣な表情で答えた。


「赤星さんが好きだから、彼女だけを見てる。他の子には目がいかないんだ」


その言葉を聞いた黛璃は、柔らかな笑みを浮かべて言う。


「そう。思い切って告白しておいで。お母さん、応援してるからね」


「うん、ありがとう!」


陽太は箸で焼き魚をつまみ、大きく口に運んだ。しかし、急に顔をしかめ、喉を押さえながら咳き込む。


「ゲホッ、ゴホッ!」


「お兄ちゃん、どうしたの!?」


「喉に……魚の骨が……ゴホッ!」


陽菜が心配そうに提案する。


「スープ飲んでみたら?流れるかもしれないよ!」


陽太は言われた通り味噌汁を飲むと、なんとか異物感が収まりほっと息をついた。


「あら、ごめんなさい。ちゃんと骨を抜いたつもりだったんだけど……大丈夫?」


黛璃は温かいお茶を差し出し、陽太はそれを口にするが、慌てて声を上げた。


「あっつ!」

喉の骨はなんとか収まったものの、今度は舌を軽く火傷してしまった陽太だった。


朝食が終わると、陽太は黛璃が作ったお弁当をカバンに詰め、玄関に向かった。陽菜も一緒についてくる。


「陽菜、もう学校行くの?」


リビングから黛璃の声が聞こえ、陽菜は明るく返事をする。


「うん、教室で自習するの!」


陽菜は玄関で陽太に小声でアドバイスをした。


「お兄ちゃん、そのカラコン、本当に大丈夫?イメージ変わりすぎて、彼女にプレッシャー与えちゃうかもよ?」


「でも、赤星さんがよく読んでるファッション雑誌のモデルもこんな感じだし、好みに合わせたほうがいいと思うんだ」


「なるほど、そういう作戦ね。ラブレターちゃんと持った?」


「ああ、ここに入ってる」


「うん、どんな結果でも大事なのは気持ちを伝えることだよ」


陽太は真剣に頷き、拳を軽く陽菜とぶつけ合った。


「ありがとう、陽菜。おかげで自信が出てきたよ」


2人は玄関を出ると、陽太は古いエアチャリンコに乗り、家を後にした。


その頃、リビングに背の高い男性が入ってきた。短い黒髪に青の自毛が入ったベリーショートの髪型で、頑丈そうな体格からはスポーツ経験があることが伺える。


「おはよう、黛璃」


「おはよう、パパ」


 彼は日野辰昭ひのたつあき、陽太と陽菜の父親であり、元プロ野球選手。今はスポーツ用品会社で働いている。椅子に腰を下ろした辰昭は、片付けられた食器を見て訊ねた。


「子供たちは?」


「もう学校に行ったわ。今日は陽太が好きな子に告白するんですって」


その言葉に辰昭は目を丸くして驚いた。


「あの陽太が!?天体観測以外に興味を持つとは!」


辰昭は気を落ち着けさせようにホットコーヒーを飲む。


「えっ?早い過ぎないか?!」


二度目ショックを受けた辰昭は飲んだコーヒーを吹いた。


「いつか、そんな日が来るでしょう?」


 「そうか、陽太はもう女の子を思う年だか……ま、課業を怠らないなら、恋人を作るぐらい悪くないだろ?」


黛璃が微笑みながら言う。


「ふふ、親子がそっくりよね?思えば、ちゃんも高校1年の時に告白されてたわね」


「そうだったか……」


照れた表情を浮かべる辰昭の頬が赤く染まる。2人は手を重ね、微笑み合った。


「まゆ、好きよ……」


 黛璃は細い首が僅かに傾け、目を細くに微笑だ。


 「はい、私も辰ちゃん大好きよ」


その甘いムードの背景には、ニュース映像が映し出されている。本日の天気予報は不安定で、一部の地域では竜巻が発生する可能性があると告げていた。

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