第7話 闇影を生み出す獣 ③

青白い光が闇を切り裂き、「キャシン!」と鋭い音が響く。

ドンッ――!

ゴラーテルトンの太い前足が斬り落とされ、断面から闇の影が霧散する。

「ゴッキャアアアアアアア!!!!」

悲鳴を上げるゴラーテルトン。その断面から黒い血がどろりと流れ落ちる。

陽太が恐る恐る目を開けると、目の前には青白い光を放つ太刀を構える人物が立っていた。その人物は、UCBDクーリーバ重装特務隊員の装備に似た武装スーツを着ているが、どこか特注品らしい洗練されたデザインだ。スーツは青紫色に輝き、丸みを帯びた肩アーマー、腰のくびれ、ハイヒールブーツ仕様の足アーマーが特徴的だ。そのヘルメットから伸びた長いポニーテールが、脹脛ふくらはぎに届くほど揺れている。

陽太は目を丸くし、思わず尋ねる。


「あなたは、UCBD隊のお姉さん?」


その女性隊員は地龍の構えをとりながら、ゴラーテルトンを鋭く見据える。


「少年、どうやら間に合ったみたいだね!そこにじっとして動かないで。すぐに片付けるからね!」


ゴラーテルトンは斬り落とされた前足の断面から、再び闇の影が蠢き、新たな前足を生やしていく。


「また再生するのか……なら、まとめて斬り捨てるまでよ!」


女性隊員は太刀を構え直すと、足を踏み込んで一気に加速。スーツに内蔵されたブースターの音が鳴り響き、空を裂くような速さでゴラーテルトンへと突撃する。


「オキャアアアアアア!!!!」


彼女が放った一閃は、ゴラーテルトンの身体を斜めに切り裂いた。その光の軌跡に沿って、ゴラーテルトンの体が二つに分断され、闇の中へと消え去る。


着地した彼女は残心の構えをとり、通信を開始した。


「こちら副隊長・赤星。ターゲット06を撃破、少年を無事に確保しました。」


通信機からは隊長の声が返ってくる。


<よくやった>


太刀を収めた赤星副隊長は陽太に振り向き、歩み寄った。


「君、どこか痛むところはある?足は動かせる?」


陽太は何とか立ち上がり、自分の袖を見下ろすと、そこには赤い血が滲んでいた。


「足は動くけど、腕が……少し血が出てます」


服の袖を巻き上げると擦り傷が見えた。それを確認した副隊長は穏やかに言う。


「これはただの擦り傷ね。ちょっと我慢して。後で誰かに手当てしてもらいましょう。」


「はい……」


副隊長は続けて問いかける。


「ねえ、どうして君は他の人たちと一緒に避難しなかったかな?」


「……ごめんなさい。襲われそうな人が気になって、シャドメイラの注意を引こうと思ったんです。」


彼女のヘルメット越しの声は若々しく、優しく、陽太の心に穏やかに響いた。


「つまり、シャドメイラをおびき寄せたってこと?君、何か特別な力でも持っているかな?」


陽太は苦笑しながら首を振った。


「いえ、僕は普通の一般人です。」

「普通の一般人が、そんな危険な真似を?」


副隊長に叱られ、陽太は恥ずかしそうに頭を掻きながら答える。


「危ない親子を見て、考えるより先に体が動いてしまって……」


副隊長はため息をつきながら、少し笑みを浮かべた。


「幸い、腕の擦り傷だけで済んだけど、もう二度とそんな危険なことをしちゃダメよ。君に何かあったら、家族のみんながどれだけ悲しむか分かる?」


陽太は何度も首を縦に振り、素直に謝った。


「すみません……迷惑をかけました。」


すると副隊長は優しく微笑み、言葉を続けた。


「でも、可愛い顔をしてるのに、人を助けるなんて立派だね。お姉さん、ちょっと感動しちゃった。君の名前は?」


「日野陽太です。」

「陽太くんね。太陽みたいに暖かくて可愛い名前だね。」


「そうですか……」

陽太は顔を伏せ、頬を赤く染める。

――今日だけで二回も名前をそんな風に褒められるなんて……


その時、遠くから女性の声が響いた。


「陽太くん?!」


顔を上げた陽太の目に飛び込んできたのは、白衣を着た女性だった。


瑶妤たまよお姉さん?どうしてここに?」


「仕事で現場に来たけど、それより――避難しないでシャドメイラに追われるなんて、何てことを……!」

瑶妤の叱る声を聞きながら、陽太は苦笑を浮かべるのだった。


「あの…先ほど彼に言いましたけど、あなたは確かに科援隊の李部長ですか?」


「はい。あなたは?」


「UCBD重装特務隊に所属する、エージェント赤星瑠衣あかぼしるいです。この少年は部長の知り合いですか?」


「ええ、親戚の子なんです。」


すると、瑠衣のイヤホンから隊長の声が聞こえてきた。


<こちらチームA。副隊長、赤星。支援が必要だ。速やかにこちらに来てくれ!>


「了解です。すぐそちらに向かいます」


「行きなさい。この子の保護は私に任せてください」


「わかりました。陽太君、じゃあね!」


手を小さく振って、瑠衣は一言そう言うと、小走りでその場を離れ、シャドメイラ退治の支援に向かった。



現場に残る3体のゴラーテルトンは特務隊員たちと激しい戦いを繰り広げていた。

そのうち2体が大きく口を開き、エネルギー弾を吐き出す。


隊員たちは円陣を組み、盾を展開してエネルギー弾を弾き返す。さらに別の隊員たちがレールガンやビームライフルで集中砲火を浴びせ、反撃する。


隊長はバックパックに装備された特殊兵装「ビームキャノン」を右肩に構えた。武装スーツの足アーマーには、地面に釘のようなアンカーが打ち込まれる。


スーツが発光し、エネルギーがキャノン砲に集束していく。


「これで決める!」


隊長が叫ぶと、キャノン砲の口から太いビームが放たれた。そのビームは光の槍のように2体のゴラーテルトンを貫き、彼らを一瞬で爆散させた。


爆発音とともに、獣の断末魔の叫び声が響き渡る。


 残りの1体が干渉波装置を爪で切り裂き、包囲網を突破すると、その隙にシャドメイラが飛び去ってしまった。


「しまった!逃げられた!」


ゴラーテルトンは街を襲うことなく、闇に紛れて姿を消していった。

隊員の1人が通信機で報告する。


「隊長、ターゲット02の反応が消えました。シャドメイラ警報が停止しています」


隊長は悔しげに呟いた。


「くそ……逃がしたか。各チーム、しばらく現地で待機しろ。また現れる可能性がある。」

「了解しました。」


上空には、複数のテレビ局の取材ドローンが商店街を飛び回り、現場の様子を中継していた。



 夜が更け、日野家の一階からは明かりが漏れている。リビングでは、テレビが点けっぱなしになっていた。


ソファーの上で、陽菜はるなが膝を抱えながらニュースを見ている。


ダイニングテーブルには夕食が並んでおり、餃子、酢豚、油淋鶏、チャーハン、レバニラ炒めなど、豪華な中華料理が食卓を彩っていた。それ他に瓶ビールも用意された。椅子に座った黛璃まゆりは、右手で頬杖をつきながら心配そうに呟く。


「陽太、遅いわね。どこに行ったのかしら?」


「お母さん、これって、うちの商店街じゃない?」


陽菜がテレビ画面を指さすと、シャドメイラの襲撃の様子が映し出されていた。

陽菜はリモコンを手に取り、ボリュームを上げる。画面の中では、アナウンサーが現地の状況を伝えていた。


<本日18時ごろ、ネオ江戸郡八王子エリアでシャドメイラが襲撃しました。UCBD重装特務隊が現地で対応中です。>


「さっきからサイレンがうるさかったけど、火事じゃなくてシャドメイラだったなんて……」


「お兄ちゃん、避難シェルターに行っているよね?」


 <現場に中継しています、大原さん、現場の様子はどうなっているんですか?>


<こちらは八王子エリア上空です。先程、夕方6時13分にシャドマイラが突如として姿を現しました。警察の発表によると、現場では怪我人が23人、死者が3人確認され、民家の倒壊や火災も相次いでいます。現在、UCBDクーリーバ重装特務隊が対応中ですが、現場は非常に混乱しています。ここで、これまでの映像をご覧ください>


 カメラは空中からの望遠映像を映し出し、巨大なシャドマイラの姿が拡大される。その鋭い爪で建物を破壊しながら進む様子は、圧倒的な恐怖を感じさせた。周囲には倒壊した建物や燃え上がる火炎が映し出され、現場の惨状がリアルに伝わる。


 画面が切り替わり、特務隊員たちが防衛線を張り、積極的にシャドマイラに対峙する場面が映る。次々と展開されるエネルギーシールド、迫力あるビーム砲の発射音、そして炸裂する爆炎――まさに緊迫した戦闘が続いていた。


 その中で、カメラはふとシャドマイラに追われる陽太の姿を捉える。少年が必死に駆け抜ける姿は、視聴者の心を強く揺さぶる。


 「この少年は誰なのでしょうか?そしてなぜシャドマイラに狙われているんですか?」と、女性アナウンサーの疑問が映像の緊張感をさらに高めた。


そのとき、現場の中継映像に陽太の姿が映し出された。シャドメイラに追われている様子がはっきりと捉えられている。


「えっ!?お兄ちゃん!?」


陽菜は驚いて声を上げた。


一方、いつの間にか隣に移動していた黛璃は、その映像を見てショックを受け、意識を失って倒れ込んだ。


「お母さん、しっかりして!」


陽菜は慌てて崩れ落ちた黛璃を支える。



30分後、玄関のチャイムが鳴った。


「お母さん、インターホンが鳴ったよ。」


「こんな時間に誰かしら?お父さんはお風呂に入ってるし……」


「私が出るね。」


陽菜は玄関に向かい、インターホンのモニターを確認する。そこには陽太と瑶妤たまよの姿が映っていた。


「お兄ちゃん!それに瑶妤お姉さんも!」


陽菜はチェーンロックを外し、扉を開けた。


「ただいま。」


玄関には、少し汚れた陽太と瑶妤が立っていた。


「おかえり、お兄ちゃん!凄い事に巻き込まれたね?」


「えっ……陽菜が知ったのか?」


「ニュース中継に撮られたよ、お兄ちゃんは、危ない事をしたよね?」


「まさか、僕が撮られたなんて……」


「無茶な事したが、しっかり反省するよね?陽太君」


めっちゃ叱られたそうで、瑶妤にフォローされた陽太は首を縦に振った。


「はい、ごめんなさい……」


さらに後から入ってきた瑶妤たまよの姿を見て、陽菜が明るく声をかけた。


「お久しぶりです、瑶妤お姉さん!」


瑶妤は少し驚いたように目を細め、優しい微笑みを浮かべながら応じる。


「本当に久しぶりね。陽菜ちゃん、すっかり大きくなったじゃない」


その言葉に嬉しそうな笑みを浮かべた陽菜は、元気よく頷きながら答える。


「えへへ、瑶妤お姉さんにそう言ってもらえると嬉しい〜〜」


馴染み深い空気が漂う中、陽菜の笑顔に瑶妤も自然と顔をほころばせるのだった。

「はい、去年のクリスマスパーティー以来か……」


陽菜は後ろを振り向き、大きな声で呼びかける。


「お母さん〜〜!瑶妤お姉さんが来たよ!」


すると、リビングから黛璃まゆりが姿を現した。長い廊下をゆったりと歩いてきながら、穏やかな声で言う。


「あら、瑶妤が来てくれたのね?」


瑶妤が軽く頷きながら答える。


「まゆ姉、陽太を連れてきた」


「忙しい中、わざわざありがとうね。仕事の邪魔になっちゃったんじゃない?」


研究者らしい冷静で落ち着いた口調で、黛璃が瑶妤を気遣う。それに対し、瑶妤は肩をすくめて微笑む。


「いえ、大丈夫。これも私の仕事の一環だから」


黛璃は少し笑みを浮かべながら首を傾げ、柔らかい声で誘った。


「一緒に夕食でもどう?きっと、まだ何も食べてないでしょう?」


瑶妤は少し申し訳なさそうに視線を落とし、静かに答えた。


「ううん、ありがとう。でも、これからまた現場に戻らなくちゃいけない」


黛璃は優しく微笑みながら、さらに提案する。


「じゃあ、おかずを持ち帰ったらどう?忙しい中、1人で食べるのは寂しいでしょう?」


その気遣いに、瑶妤は少し照れたように笑い返した。


「分かった、じゃあお願いしようかな。まゆ姉の料理、美味しいから楽しみだよ。」


知性が感じられる柔らかな笑顔を浮かべながら、瑶妤は姉の優しさに甘えることにした。


陽太と瑶妤の帰宅をきっかけに、日野家のリビングは一気に温かな空気に包まれる。陽菜は久しぶりの再会に喜び、黛璃も疲れた様子ながら優しく迎え入れた。



陽菜は陽太に飛びつき、強く抱きしめた。陽太は驚きながらも苦笑いを浮かべ、妹の温もりと甘い匂いを感じていた。


崩れたケーキの箱を片手に陽太はぽつりと呟いた。


「ごめん……ケーキ、壊れちゃった。」


「お兄ちゃんのバカ!もう、どうでもいいよ!お兄ちゃんが無事なら……!」


陽菜の言葉に、陽太は少しだけホッとした表情を浮かべた。


 「心配を掛けてごめんなさい……」


 そう言いながら差し出されたのは、片隅が凹み、汚れた白い紙箱。微かに開いた縫い目の隙間から中身が覗く。


 苺が崩れ落ち、潰れたムースケーキとチョコケーキが混ざり合い、原形を留めない状態になっていた。それでもかすかに漂う甘い香りが、箱の中に詰まった小さな想いを伝えているようだった。

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