地獄行きに納得できないので、天国に侵攻することにした
べっ紅飴
第1話
「俺が地獄行きだと?そんなわけあるか。絶対天国だ。もう一回調べなおせ。」
トラックにひかれそうになったガキを助けて死んだと思ったら、地獄行きを言い渡された。
絶対に何かの間違いだろう。なぜなら、俺は犯罪を犯したことはないからだ。
「心当たりがないのも無理はない。たしかに、汝の人生で地獄に堕ちるような罪は犯していない。罪があるとすれば、それは前世でのこと...。」
はぁ、と閻魔らしき人物はため息を吐き、うんざりしたような顔でこちらを見ていた。
「汝の犯した罪は最も重たき罪だ。冥界規則を破るという重罪。汝は前世で地獄からの脱走を果たし、再び生を謳歌するために魂のまま現世へと舞い戻ったのだ。この試みは、半分は成功し、半分は失敗した。汝は魂のまま現世を彷徨うことになるはずだったが、奇跡的にその魂は死産するはずの赤子に宿った。しかし、成長するにつれてその記憶を失い、3歳の頃には全てを忘れてしまったのだ。汝は記憶を失い、その後の人生を凡そ善良な人物として過ごした。その行いに免じて、前世に犯した幾らかの罪は減刑された。しかし、前世を忘れて善良に生きようが、冥界規則を犯したという罪が消えるわけではない。冥界規則は神すら裁く絶対の法なのだ。記憶を失おうが、その罪は必ず償わねばならぬ。理解していただけたか?」
「理解はしたさ、お前の頭の固さをな。記憶を失ったのならそれはすでに別人だ。お前は他人の罪を俺に押し付けているだけだろう。」
「否。断じて否だ。記憶を失おうが、汝の魂は悪性のままなのだ。悪性のまま善行を成し続けた。前例のない偉業であるが、しかし数え切れぬほどの善行を成しながら、汝の魂が悪性のままであるということは、その行いに欠片の善意もなかったということの証明に他ならない。汝は常に見返りを求めていたのだろう。そして、どれほど汝が地獄行きを拒もうと、穢れた魂のまま天国へ踏み入ってはならない。これもまた冥界規則の一つだ。冥界規則の件を差し引いても、汝が天国へ行くことはない。過去の前例から見ても、汝は地獄行きが妥当なのだ。理解していただけたか?」
「それでも俺は天国だ。天国以外あり得ない。」
「そうか。しかし、後がつかえている。その不満は我にではなく、地獄で存分にたれるといい。」
閻魔らしき巨人はそういうと、右手に持った錫杖をゆるりと持ち上げると、こつんと床に石突きを打ち付けた。すると、俺と閻魔を挟み込むようにして構えていた二つの門のうち、左にあった門が勢いよく開く。
門の内側に向けて強く風が吹いた。その風は俺を門の中へ招こうとしているのか、風を受けているのは俺だけだった。閻魔の髪の一本すらその風は揺さぶらない。
「ぐっ」
徐々に強くなっていくその風に、それでも引きずり込まれぬように踏ん張って見せるが、徐々に石床を引きづられるようにして、門へと体が動いていった。
「くそっ!」
このまま踏ん張ろうが、あるいは門に背を向けようが、いつかは必ずあの地獄への門に辿り着いてしまうことだろう。
しかし、それでもなお、何もせずにあの門に連れ去られるものかと、意地でも俺は認めなかった。
身体を押す風を、両足で踏ん張りながら徐々に体の向きを門の反対へと動かしていく。そして、俺の眼には天国への門が見えた。
「あそこへ、いかなければ...」
気づけば俺は天国の門へ向けて走り出していた。
そこには善行を成したのに天国へ行けぬことへの怒りがあった。
悪性だからとそれを認めぬ閻魔への憎悪があった。
そして、一抹の恋しさがあるような気がした。
「地獄なんかに堕ちてたまるか...!!」
生きていた頃には考えられぬほどの力強さで、俺は天国の門へ走った。
風が強く吹けば、それよりも更に強く駆ける。がむしゃらにそれを繰り返す。
もし生きていたのなら、俺の体は戦闘機よりも速く走っていたことだろう。
あるいは、地球が太陽を回るよりも速かったかもしれない。
俺は常に風を上回り続け、やがて天国の門へと到達した。
そして、俺は天国の門へと触れようと手を伸ばそうとするが、閻魔はそれを許さなかった。
「ならぬ」
閻魔が再び錫杖で床を突くと、地獄の門から無数の腕が這いずるように出でた。
門から出でた何本もの巨腕は、瞬く間に俺へと迫った。
風を受けながらも飛ばされぬために走っていた俺は巨腕の襲来に対応する暇もなく、あっさりと鷲掴みにされた。
直ちに抜け出そうと、腕の中で藻掻くがその巨腕の手はびくともせず、俺を地獄の門へと連れて行った。
その途中で、俺と閻魔の視線が一瞬だけぶつかった。
そして、奴の憮然とした態度に俺は絶叫を上げた。
「閻魔ァア!閻魔ァァァァァアアアアアアアアアアッ!!!!!」
そのまま俺は門の内側へ引きづり込まれ、バタンと門が閉じられた。
地獄行きに納得できないので、天国に侵攻することにした べっ紅飴 @nyaru_hotepu
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